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「君は特別だ」は嘘の告白でした〜二十歳のバレンタインに離縁します〜
姑との密約
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冬の足音が近づく十一月の末。侯爵邸の奥まった場所にある茶室で、エレナは姑である侯爵夫人・カトリーヌと二人きりで向かい合っていた。
カトリーヌは、代々の侯爵家を支えてきた誇り高い女性だ。彼女は、エレナが差し出した茶を一口含むと、静かにカップを置いた。
「エレナ。あなた、侯爵家を去るつもりね」
その言葉に、エレナの指先が一瞬止まる。隠し通せていたと思っていた。完璧な仮面を被っていたはずだった。
エレナは視線を落とし、小さく微笑んだ。
「……お気づきでしたか、お義母様」
「気づいていないのは、愚かな息子だけよ。あなたの心は、すでに息子を離れているわ。何か大きな決意を秘めた、冷たく澄んだ目をしている」
カトリーヌは溜息をつき、窓の外の枯れ葉を見つめた。
「アルベルトの不貞、そして学園時代から始まった不誠実な行いの数々。……すべて、調べさせました。親として、そしてこの家の主として、恥ずかしくて顔も上げられないわ。あの子は、自分が何を手に入れ、何を失おうとしているのか、これっぽっちも理解していない」
「お義母様を責めるつもりはありません。私は、この家で多くのことを学ばせていただきました。ここでの経験は、私の誇りです」
エレナの言葉に嘘はなかった。カトリーヌは厳しくも慈愛に満ちた師であり、実の母以上にエレナを導いてくれた。
カトリーヌは、エレナの手の上に自分の手を重ねた。
「あの子は、無意識のうちにあなたに惚れているわ。けれど、あまりに恵まれすぎて、失う恐怖を知らずに育ってしまった。このままでは、あの子は真の騎士にも、侯爵にもなれないでしょう」
カトリーヌの瞳に、鋭い光が宿った。
「エレナ、あなたにお願いがあるの。……いえ、これは提案よ。あの子に、人生最大の『絶望』を味わわせてやってちょうだい」
エレナは驚いて顔を上げた。
「お灸を据えるのです。徹底的に。あなたが去った後、あの子がどれほど無力で、どれほどあなたを愛していたか、血を吐くような思いで理解させる。……あなたは私の領地にある隠居所に隠れなさい。公式には『行方不明』として扱うわ。あの子には一切、行き先を教えない」
「お義母様……、よろしいのですか? 跡取り息子に、そこまでの試練を」
「あの子のためよ。そして、何よりあなたの心に決着をつけるため。隠居所で二年間、ゆっくり過ごしなさい。その後、あの子が本当に生まれ変わってあなたの前に現れるか、それともあなたが別の道を選ぶか……。その権利は、すべてあなたにあるわ」
カトリーヌは棚から一通の封筒を取り出し、エレナに差し出した。そこには、侯爵夫人としての権限で署名された、エレナを全面的に保護するための書類が入っていた。
「二十歳のバレンタインデー。その日、あなたはここを出る。……それで、いいのね?」
エレナは深く、深く頭を下げた。
視界が涙で潤む。夫への未練ではなく、自分をここまで認め、救おうとしてくれる姑の情愛が、冷え切った心に染みた。
「ありがとうございます。……お義母様」
密約は成った。エレナはその後、カトリーヌの密かな手助けを得て、さらに巧妙に準備を進めた。
アルベルトが把握しているはずの家政の資料に、わざと複雑な罠を仕込み、彼が自分一人では何もできないことを証明するための「仕掛け」を施していく。
一方のアルベルトは、母と妻が裏で何を話しているかなど露ほども知らず、相変わらず夜会でクロエと密会を重ねていた。
「アルベルト、最近エレナが以前より優しくない? あなたは自由に出かけてばかりだし、なんだか独身の頃みたい」
「ああ、彼女もようやく僕のやり方を認めたんだろう。女は結局、居場所をくれる男に従うものさ」
アルベルトは得意げに笑い、ワインを煽った。
彼がその幸福な傲慢に浸れるのも、あとわずか。
二月十四日まで、残り三ヶ月。エレナは、最後の日まで「理想の妻」を演じきることを自分に誓った。
それが、自分を愛さなかった夫への、最大で最後の報復になると信じて。
______________
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カトリーヌは、代々の侯爵家を支えてきた誇り高い女性だ。彼女は、エレナが差し出した茶を一口含むと、静かにカップを置いた。
「エレナ。あなた、侯爵家を去るつもりね」
その言葉に、エレナの指先が一瞬止まる。隠し通せていたと思っていた。完璧な仮面を被っていたはずだった。
エレナは視線を落とし、小さく微笑んだ。
「……お気づきでしたか、お義母様」
「気づいていないのは、愚かな息子だけよ。あなたの心は、すでに息子を離れているわ。何か大きな決意を秘めた、冷たく澄んだ目をしている」
カトリーヌは溜息をつき、窓の外の枯れ葉を見つめた。
「アルベルトの不貞、そして学園時代から始まった不誠実な行いの数々。……すべて、調べさせました。親として、そしてこの家の主として、恥ずかしくて顔も上げられないわ。あの子は、自分が何を手に入れ、何を失おうとしているのか、これっぽっちも理解していない」
「お義母様を責めるつもりはありません。私は、この家で多くのことを学ばせていただきました。ここでの経験は、私の誇りです」
エレナの言葉に嘘はなかった。カトリーヌは厳しくも慈愛に満ちた師であり、実の母以上にエレナを導いてくれた。
カトリーヌは、エレナの手の上に自分の手を重ねた。
「あの子は、無意識のうちにあなたに惚れているわ。けれど、あまりに恵まれすぎて、失う恐怖を知らずに育ってしまった。このままでは、あの子は真の騎士にも、侯爵にもなれないでしょう」
カトリーヌの瞳に、鋭い光が宿った。
「エレナ、あなたにお願いがあるの。……いえ、これは提案よ。あの子に、人生最大の『絶望』を味わわせてやってちょうだい」
エレナは驚いて顔を上げた。
「お灸を据えるのです。徹底的に。あなたが去った後、あの子がどれほど無力で、どれほどあなたを愛していたか、血を吐くような思いで理解させる。……あなたは私の領地にある隠居所に隠れなさい。公式には『行方不明』として扱うわ。あの子には一切、行き先を教えない」
「お義母様……、よろしいのですか? 跡取り息子に、そこまでの試練を」
「あの子のためよ。そして、何よりあなたの心に決着をつけるため。隠居所で二年間、ゆっくり過ごしなさい。その後、あの子が本当に生まれ変わってあなたの前に現れるか、それともあなたが別の道を選ぶか……。その権利は、すべてあなたにあるわ」
カトリーヌは棚から一通の封筒を取り出し、エレナに差し出した。そこには、侯爵夫人としての権限で署名された、エレナを全面的に保護するための書類が入っていた。
「二十歳のバレンタインデー。その日、あなたはここを出る。……それで、いいのね?」
エレナは深く、深く頭を下げた。
視界が涙で潤む。夫への未練ではなく、自分をここまで認め、救おうとしてくれる姑の情愛が、冷え切った心に染みた。
「ありがとうございます。……お義母様」
密約は成った。エレナはその後、カトリーヌの密かな手助けを得て、さらに巧妙に準備を進めた。
アルベルトが把握しているはずの家政の資料に、わざと複雑な罠を仕込み、彼が自分一人では何もできないことを証明するための「仕掛け」を施していく。
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「ああ、彼女もようやく僕のやり方を認めたんだろう。女は結局、居場所をくれる男に従うものさ」
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彼がその幸福な傲慢に浸れるのも、あとわずか。
二月十四日まで、残り三ヶ月。エレナは、最後の日まで「理想の妻」を演じきることを自分に誓った。
それが、自分を愛さなかった夫への、最大で最後の報復になると信じて。
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