「君は特別だ」は嘘の告白でした〜二十歳のバレンタインに離縁します〜

恋せよ恋

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転落したクロエ・ダグラス伯爵令嬢 〜二十歳のバレンタインに拾われて、裏通りの母になります〜

元親友 クロエ 泥に沈んだひまわり

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 エレナが侯爵邸を去り、アルベルトが「人が変わったように」辺境へと志願していった後、王都の社交界に取り残された者がいた。

 伯爵令嬢、クロエ・ダグラス。

 彼女は、エレナが去った日の夜、自室で勝利の美酒に酔いしれていた。
「ふふ、ようやくあの『石像』がいなくなったわ。これでアルベルト様の隣は私のもの。侯爵夫人の座も、すぐそこね」

 クロエにとって、エレナは「自分を輝かせるための引き立て役」でしかなかった。地味で真面目なエレナが、必死に家政を切り盛りする姿を横目に、彼女の夫と密会を重ねる背徳感。それが彼女にとっての最高の娯楽だったのだ。

 だが、彼女の誤算は、アルベルトが「エレナという土台」の上にのみ成立していたハリボテの英雄だったこと。そして、エレナがいなくなった後の侯爵家が、一瞬で凍土と化したことだった。

 エレナが去って一ヶ月。
 
 クロエは意気揚々と侯爵邸を訪れたが、門前で冷たくあしらわれた。
「ローゼイ侯爵夫人からの伝言です。『我が家の恥辱を煽った不届き者に、跨がせる門などない』とのことです」

「な、なんですって!? 私はアルベルト様の……!」
「アルベルト様はすでに騎士団の地位を返上し、最前線の砦へ向かわれました。貴女宛の手紙などは一通も預かっておりません」
 執事の蔑むような視線に、クロエは顔を真っ赤にして引き下がった。

 だが、本当の地獄はそこからだった。

 エレナは去り際、自身の人脈を駆使して、クロエがこれまで行ってきた不貞の証拠、およびアルベルトの友人らと交わしていた「エレナを陥れるための手紙」を、王都の有力な令嬢たちの元へ「匿名」で届けていたのだ。

 エレナを高く評価していたマリアンヌら上位貴族の令嬢たちは、一斉にクロエを排斥した。
「あら、クロエ様。親友の夫を寝取ったお方は、どのようなお顔をして夜会にいらっしゃるのかしら?」
「近寄らないでくださる? 不実の香りが移りそうですわ」

 扇で口元を隠した冷笑。招待状は途絶え、かつて彼女をチヤホヤしていた男たちも、アルベルトが彼女を切り捨てたと知るや否や、掌を返した。
「アルベルトの『おこぼれ』だと思っていたから相手をしていただけだ。あんな性悪女、こちらから願い下げだよ」

 一年後。

 ダグラス伯爵家は、クロエの醜聞のせいで縁談がことごとく破談となり、家門の評判は地に落ちた。怒り狂った父伯爵は、クロエを無理やり「借金まみれの放蕩貴族」の後妻として差し出そうとした。

「嫌よ! あんな老いぼれと結婚するなんて! 私はアルベルト様の侯爵夫人に……!」
「黙れ! お前のせいで我が家は破滅だ! アルベルト卿は今や辺境で英雄として名高く、お前の名前など出すだけで唾を吐かれる始末だぞ!」

 クロエは家を飛び出した。彼女に残されたのは、わずかな宝石と、かつての栄光への執着だけだった。

 さらに一年が経ち、彼女は王都の片隅、安酒場の片隅で「かつて侯爵夫人の座を争った」と虚しい自慢を繰り返す、零落した女になっていた。かつての艶やかな金髪はパサつき、塗りたくった化粧は安物の脂の匂いがする。

 ある日、彼女は街頭で配られていた新聞を目にした。
 そこには、辺境で自立し、聖女のように慕われるエレナと、彼女の側を片時も離れない「誠実な騎士」となったアルベルトの姿が描かれていた。

『真実の愛、ここに結実。ヴィリアーズ商会の躍進と、ローゼイ卿の献身』

「……嘘よ。ありえない。あんな女、ただの地味な、私がいないと何もできない女だったはずなのに……っ!」
 クロエは新聞を破り捨て、泥水の中に踏みつけた。だが、その拍子に足を踏み外し、自身もまた冷たい泥の中に転がった。

 通り過ぎる人々は、泥だらけで泣き叫ぶ女を一瞥し、「またあの狂った女か」と避けて通る。
彼女の叫びに応える者は、もう誰もいない。

 かつて友を欺き、愛をあざ笑った向日葵は、誰にも見取られることなく、自らが作り出した汚泥の中に、永遠に沈んでいったのである。
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