幼馴染が義兄になった日から、彼の愛は行き場を失った

恋せよ恋

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甘い檻と、豹変する幼馴染

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 十四歳。少女から大人へと体が変化し始めるこの時期、私はかつてないを感じていた。

 ローデン伯爵邸での新しい生活。お母様とオリビエ様は仲睦まじく、弟のクロフォードも広い邸を駆け回って元気に過ごしている。家族としては、これ以上ないほど満たされた環境のはずだった。

 ただ一つ、シモンの存在を除いては。

「メルローズ、まだ起きていたのか」
 寝る前に図書室で本を返そうとした私を、背後から呼び止める声があった。

 振り返るよりも早く、私の背中に熱い感覚が押し寄せた。シモンだ。彼は私の肩越しに手を伸ばし、書棚に手を突いて、私を自身の体と棚の間に閉じ込めた。

「シ、シモン……近すぎるわ。離れて」

「どうして? 俺たちは兄妹じゃないだろう。遠慮する必要なんてないはずだ」
 耳元で囁かれる低く掠れた声。その振動が肌に直接伝わり、心臓が跳ね上がる。

 見上げるシモンの瞳は、かつての澄んだ青ではなく、夜の海のように深く、昏い色をしていた。その瞳に見つめられるたび、私は自分が一羽の小鳥になり、大きな蛇に睨まれているような錯覚に陥る。

 同居が始まってから、シモンの接触は日に日に過激さを増していた。

 廊下ですれ違うたびに腰を引き寄せられ、挨拶代わりに髪を掬って口づけを落とされる。時には背後から抱きしめられ、首筋に熱い吐息をかけられることもあった。

 それは、幼馴染としてのの範疇を、とうに踏み越えていた。

「ねえ、シモン。オリビエ様やお母様が見たら、きっと驚くわ。こういうことは、もっと節度を持って……」

「父上たちは俺たちの仲を認めている。それに、籍を入れていないんだから、俺がお前をどう扱おうと自由だ。……それとも、嫌か?」

 シモンの指先が、私の頬をなぞり、そのまま唇の端に触れた。親指をぐい、と押し込まれる感触に、私は声を失う。

「嫌……じゃないけれど。でも、怖いの。今の貴方は、私の知っているシモンじゃないみたいで」

 その言葉を聞いた瞬間、シモンの表情がふっと凍りついた。
 彼はそのまま、私の唇を奪うかのような勢いで顔を近づけたが、寸前で思いとどまったように額を私の肩に預けた。

「……怖い、か。そうだろうな。俺だって、自分の中にこんな獣が飼い慣らされずに残っていたなんて、知らなかった」

 彼の呼吸は荒い。肩越しに回された腕の力が強まり、骨が軋むほどに抱きしめられる。

「メルローズ、お前が悪いんだ。そんな無防備な顔をして、俺の隣にいるから……。俺がどれだけ、お前をめちゃくちゃにしてしまいたい衝動と戦っているか、お前は一生知らない方がいい」

 その夜、私は部屋に戻っても震えが止まらなかった。

 かつてのシモンは、私が転べば真っ先に駆け寄り、泣きじゃくる私の頭を優しく撫でてくれる騎士のような少年だった。

 けれど、今の彼は違う。私を「守る」と言いながら、その実、その鋭い牙を私に向け、今にも喉元に食らいつこうとしている捕食者の目。

 私に向けられる執着心。それは愛というにはあまりに重く、暴力的なまでの熱量を持っていた。

 そんな歪な同居生活が一年ほど続いた頃。私たちは十五歳になり、王都にある貴族学園への入学の日を迎えた。

 私は少しだけ、期待していた。学園という公の場に出れば、彼も少しは冷静になり、私を婚約者候補の一人として、節度ある態度で接してくれるようになるのではないか、と。

 全寮制の学園生活なら、あの息の詰まる邸から解放される。シモンとの距離も、少しは適切に戻るはずだ。

 しかし、その期待は最悪の形で裏切られることになる。

「聞いたか? ローデン伯爵令息の放蕩ぶりを。あんなに端正な顔立ちで、家柄もいいのに、夜な夜な街へ繰り出しているらしい」

「相手は年上の未亡人や、すでに世継ぎを産み終えた貴族夫人たちだって。なんともマセたこと……」

 入学早々、学園の廊下で囁かれるのは、シモンの醜聞ばかりだった。
 シモンは学園に入った途端、邸での執拗なまでの私への執着を、嘘のように表に出さなくなった。

 その代わりに彼が始めたのは、学外での奔放な「火遊び」だった。

 学園の授業が終われば、彼は取り巻きたちを連れて夜の街へと消えていく。翌朝、少し疲れたような、けれどどこか充足したような顔で登校してくるシモンの制服からは、私以外の女の香水の匂いが漂っていた。

「シモン、最近あまり眠れていないの? 顔色が悪いわ」

 食堂で顔を合わせた際、心配で声をかける私に、シモンは冷ややかな視線を向けた。

「……お前には関係ないことだ、メルローズ。お前はただ、その純粋な箱入り娘のままでいればいい」

「でも、悪い噂が立っているわ。もしオリビエ様に知られたら……」

「言ったはずだ。俺が何をしようと自由だとな。……お前を壊さないために、俺が何を選んでいるか、考えたこともないだろう?」
 シモンはそう言い捨てると、私を置いて席を立った。

 彼の背中を追うこともできず、私はただ立ち尽くす。邸でのギラつくような視線。そして、学園での突き放すような冷たさ。

 どちらが本当のシモンなのか、私にはもう分からなかった。

 ただ一つ確かなのは、シモンが外で女性たちと遊び回れば回るほど、私に対する周囲の視線は冷酷なものに変わっていくということだった。

「あら、ローデン様の『可愛い妹』さん。お兄様が昨晩、誰と過ごしていたか、教えて差し上げましょうか?」

 扇で口元を隠し、クスクスと笑う令嬢たち。私とシモンの間に、決して埋めることのできない溝と、最悪の誤解が積み重なり始めていた。
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