「姉なんだから妹に従え」と命じる両親。でも、その妹、お父様の子じゃありませんよ?

恋せよ恋

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孤立するマデリーン

  翌日から、学園の空気は一変していた。
 マデリーンが廊下を歩けば、ひそひそという囁き声が波のように広がり、彼女が近づくと、生徒たちはあからさまに距離を取る。

「……聞いた? コルディア家の姉君、病弱な妹君が倒れたのに、婚約者とのデートを優先しろって詰め寄ったんですって」

「まあ、恐ろしい。あんなに可憐なフローディア様を医務室で怒鳴りつけるなんて、嫉妬も極まれりね」

「成績がいいからって、心まで高慢になっちゃったのかしら。地味な自分に自信がないから、妹を虐めることでしか自尊心を保てないのよ」

 事実を歪ませ、悪意を煮詰めたような噂。
 それが、フローディアを信奉する熱狂的な令息たちや、彼女の「儚さ」に同情する令嬢たちの間で瞬く間に広まっていた。
 
 マデリーンは顔を上げ、背筋を伸ばして歩き続けた。
 否定したところで、今の学園で「黄金の妖精」に牙を剥く者の言葉を信じる者などいない。説明しようとすれば「言い訳」と取られ、黙っていれば「肯定」と見なされる。


 昼休みの食堂。マデリーンがいつもの席に座ろうとすると、先に座っていた令嬢たちが一斉に席を立った。

「あら、ごめんなさい。空気が澱んでいる気がして。行きましょう、皆様」

 聞こえるように放たれた言葉に、マデリーンは無言で食事を口に運んだ。味などしなかった。
 そんな彼女の前に、一人の影が差した。クリスチャンだった。
 彼は以前のように隣に座ることはせず、立ったまま、冷淡な眼差しをマデリーンに落とした。

「マデリーン嬢、まだそんな平気な顔をして食事ができるのか。学園中の噂になっているんだぞ」

「……事実でない噂に、私が心を乱す必要を感じませんわ。クリスチャン様」

 マデリーンが淡々と答えると、クリスチャンは深く、心底落胆したような溜息を吐いた。

「君のそういう『正しさ』だけを盾にする態度が、どれほど周囲を傷つけているか分からないのか。フローディア嬢は、君を庇っているんだよ。彼女は泣きながら、『お姉様が悪く言われるのは嫌、私が病弱なのがいけないの』と周囲を宥めて回っている。……それに比べて、君はどうだ」

 マデリーンは箸を止め、ゆっくりと顔を上げた。

「彼女が『宥めて回っている』からこそ、この噂がこれほどまでに速く広がったとはお考えになりませんか? クリスチャン様。彼女が健気であればあるほど、私は悪役になる。それが彼女のやり方です」

「いい加減にしろ!」

 クリスチャンの怒声が食堂に響き、周囲の視線が集まる。

「君はもう少し、フローディアを見習って優しくなれないのか。彼女の爪の垢でも煎じて飲んだらどうだ。知性があるなら、その知性を人を愛するために使え。……今の君は、見ていて見苦しいだけだ」

 見苦しい。
 かつて「君の知性を尊敬している」と言った口が、今はそれを凶器としてマデリーンを切り裂く。
 
 クリスチャンはそれだけ言うと、背を向けて去っていった。
 
 その背中を見送りながら、マデリーンは胸の奥で、自分を繋ぎ止めていた最後の一本の糸が、ぷつりと音を立てて切れるのを感じた。

(……ああ、そう。見苦しいのは、私の方なのね)

 フローディアが望む通り、マデリーンは完全に孤立した。
 味方は誰もいない。両親は妹の嘘を信じ、婚約者は妹の毒に当てられ、学園は妹の劇場と化した。
 
 けれど、絶望の底に沈んだマデリーンの心には、冷徹な静寂が訪れていた。
 
 一人になったからこそ、見えるものがある。邪魔が入らないからこそ、調べられることがある。
 マデリーンは残りのパンを咀嚼し、飲み込んだ。「優しさ」も「理解」も、今の彼女には不要だった。
 彼女が必要なのは、この歪んだ舞台そのものを叩き壊すための「真実」という名の斧だけだ。
 
 放課後、マデリーンは再び図書室の奥、立ち入り禁止区域に近い書架へと向かった。
 そこには、昨晩見つけたカークランド公爵家の系譜が眠っている。
 
 「不貞の子」
 「オーレリア」
 「黄金の色彩の魔力」
 
 断片的な点と点が、マデリーンの脳内で一本の線へと繋がり始めていた。
 
 「クリスチャン様……貴方が見苦しいと切り捨てたこの知性が、貴方の世界を終わらせる刃になることを、楽しみにしていてくださいませ」
 
 夕闇の迫る図書室で、マデリーンは一人、古びた頁をめくり始めた。
 孤独は、もはや彼女にとって恐怖ではなく、最強の武器となっていた。
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📢新連載🌹【不治の病の姉の身代わりとして生きてきた私ですが、姉の完治と同時に婚約者も継承権も奪われました】

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