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清算する日
嵐のような卒業パーティーから数ヶ月。
季節は移ろい、トルモン侯爵邸の庭園には、瑞々しい夏のバラが咲き誇っていた。
私は、窓辺の机で一冊の手帳を手に取っていた。
十年間、私の善意と、そしてバレリーたちの欲を記録し続けてきたあの手帳だ。最後のページには、公証人の印が鮮やかに押されている。
ビオレッタ子爵夫人が修道院へ発ち、バレリーが領地で厳しい監視下に入ったあの日、シシリア家がこれまで不正に得てきた利益はすべて「法的な負債」として確定した。シモンおじ様は、家宝や領地の権利の一部を売り払い、十年かけて私にその全額を返済することを誓った。
私は、羽ペンをインクに浸し、最後の行に静かに線を引いた。
「……これで、終わりね」
貸し借りでもなく、押し付けでもない。
私を縛っていた「偽りの従姉妹」という呪縛は、この帳簿を閉じることで、ようやく過去のものとなったのだ。
「ずいぶんと晴れやかな顔をしているね、グレース」
不意に背後から声をかけられ、私は微笑んで振り返った。
そこには、公務の合間を縫って訪ねてきてくれたエドワード殿下が立っていた。
「エドワード殿下。……ええ、とても気分が良いのです。ようやく、自分の人生を歩き出せるような気がして」
「それは重畳だ。……実は今日、君に『新しい契約書』を持ってきたんだ」
殿下は悪戯っぽく笑い、懐から一通の書状を取り出した。
それは、パトリオット侯爵家との婚約が正式に破棄された私に対する、王家からの正式な打診。
「僕の隣で、この国の未来を一緒に描いてくれないか? 君のその正確な眼と、不正を許さない強さは、これからの王室にこそ必要なものだ」
殿下の手が、優しく私の手に重ねられる。
スティーブのような独りよがりの救済ではなく、パトリック兄様のような突き放した愛でもない。対等なパートナーとして、共に歩もうとする者の温もり。
「……とても高いものになりますわよ?」
「望むところだ。君が僕に費やす時間と愛情に対しては、僕の人生すべてを掛けて、一生かけて支払わせてもらうよ」
私たちは顔を見合わせ、声を上げて笑った。
贅沢への未練を修道院で叫ぶ女。領地の泥の中で、失った輝きを惜しんで震える少女。北の荒野で、絶望に打ちひしがれる青年。
彼らはもう、私の人生の「過去」になった。私の背中を追い、真似ることでしか存在できなかった「彼女」は、もうどこにもいない。
私はエドワード殿下の手を取り、輝く夏の日差しの中へ、誇りを持って歩み出した。
ハッピーエンド
___________
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季節は移ろい、トルモン侯爵邸の庭園には、瑞々しい夏のバラが咲き誇っていた。
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私は、羽ペンをインクに浸し、最後の行に静かに線を引いた。
「……これで、終わりね」
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私を縛っていた「偽りの従姉妹」という呪縛は、この帳簿を閉じることで、ようやく過去のものとなったのだ。
「ずいぶんと晴れやかな顔をしているね、グレース」
不意に背後から声をかけられ、私は微笑んで振り返った。
そこには、公務の合間を縫って訪ねてきてくれたエドワード殿下が立っていた。
「エドワード殿下。……ええ、とても気分が良いのです。ようやく、自分の人生を歩き出せるような気がして」
「それは重畳だ。……実は今日、君に『新しい契約書』を持ってきたんだ」
殿下は悪戯っぽく笑い、懐から一通の書状を取り出した。
それは、パトリオット侯爵家との婚約が正式に破棄された私に対する、王家からの正式な打診。
「僕の隣で、この国の未来を一緒に描いてくれないか? 君のその正確な眼と、不正を許さない強さは、これからの王室にこそ必要なものだ」
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スティーブのような独りよがりの救済ではなく、パトリック兄様のような突き放した愛でもない。対等なパートナーとして、共に歩もうとする者の温もり。
「……とても高いものになりますわよ?」
「望むところだ。君が僕に費やす時間と愛情に対しては、僕の人生すべてを掛けて、一生かけて支払わせてもらうよ」
私たちは顔を見合わせ、声を上げて笑った。
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彼らはもう、私の人生の「過去」になった。私の背中を追い、真似ることでしか存在できなかった「彼女」は、もうどこにもいない。
私はエドワード殿下の手を取り、輝く夏の日差しの中へ、誇りを持って歩み出した。
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