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平穏を切り裂く申し込み
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怒涛の週末が明け、エリザベートは学園へと足を踏み入れた。
学園の三年生である彼女には、幼い頃からの親友、ステファニー公爵令嬢という心強い存在がいる。
ステファニーはあの夜、エリザベートを保護した後、独自に『休憩室の利用者』を洗っていたようだった。だが、彼女はその詳細を一切口にしない。
公爵令嬢である彼女が沈黙を守るということは、相手がそれ相応の権力者であるか、あるいは「触れぬが勝ち」の人物であるということ。エリザベートはそんな親友の判断を全面的に信頼し、あえて深くは追求しなかった。
「おはよう、エリザベート。体調は落ち着いたかしら?」
「ええ。ありがとう、ステファニー。いたって元気よ」
二人の会話は、何事もなかったかのように穏やかだった。
金髪に青い瞳のステファニーと、銀髪に紫の瞳のエリザベート。光と月影のように対照的な美貌を持つ二人が並んで歩けば、その場の空気は自然と張りつめ、学園の生徒たちは思わず息を呑む。
気高く、威厳をその身に宿した公爵令嬢ステファニー。一方で、名門侯爵家の令嬢でありながら身分の隔てなく人を惹きつけ、微笑ひとつで周囲を和ませるエリザベート。
その姿はあまりに完成されていて、同じ学園に通う存在でありながら、どこか遠い――まるで物語の中から抜け出してきた女神たちを仰ぎ見るかのようだった。二人の令嬢に憧れを抱かぬ者など、この学園にはいない。そう囁かれるのも、無理からぬことだった。
そして、その二人に並び立つ、もう一人の学園の憧れ――第三王子クリスチャンがいた。
王家の象徴たるプラチナブロンドの巻き毛に、紺碧の奥に青い星を宿したかのような瞳。彫像めいた均整の取れた容姿は、まさしく「憧れの王子様」という言葉を体現している。
「おはよう、ステファニー。エリザベート嬢も、おはよう」
朗らかに声をかけてきたのは、第三王子クリスチャン殿下だった。
彼はステファニーの婚約者であり、将来は彼女の生家であるガーランド公爵家へ婿入りすることが、すでに決まっている。
「おはよう、クリスチャン」
「おはようございます、殿下」
「どうしたんだい? 二人して神妙な顔をして。……なにか悪巧みかな?」
茶目っ気たっぷりに笑うクリスチャンに、ステファニーは愛おしげな視線を向け、静かに微笑み返した。
「まあ、人聞きの悪い。私たちはいつだって『淑女の鑑』ですわ。それに、悪巧みならクリスチャンの方がお上手でしょう?」
睦まじい二人の様子を眺めながら、エリザベートは心の片隅で安堵していた。あの悪夢のような夜も、この平穏な学園生活があれば、いつか遠い記憶として消えてくれるはずだ――そう、信じていた。
しかし、その淡い期待は、自宅に届いた一通の書状によって無惨に打ち砕かれる。その釣り書きに記されていたのは、予想だにしない大物の名だった。
「エリザベート、ハーマニー公爵家の嫡男、パスカル殿から君に婚約の申し込みが届いた。彼と面識はあったかな?」
父・リチャードの問いに、エリザベートは記憶を辿るが、思い当たる節はない。
「……いえ。ご挨拶したことはないと思いますわ。夜会へは、ほとんど参加しておりませんし」
「そうか……。彼は王太子殿下のご学友であり、最側近だ。年齢は二十一歳で、君とは四歳も離れている。まだ第二王子殿下ならば、ウィリアムの学友でもあるからわかるのだがな……」
父は首を捻り、不可解そうに考え込んでいる。そんな夫を横目に、母・イザベラがエリザベートへ静かに語りかけた。
「パスカル公爵令息は、王太子殿下の従兄弟君でもあられるわ。優秀な次期公爵であり、政務の腕も大層な評判よ。……ただ」
母にしては珍しく、奥歯に物の挟まったような言い方だった。
「すらりとした痩躯に金髪、青い瞳の整ったお顔立ちで、常に婦人方の噂の中心においでだわ。そして……それに見合った『遊び』も派手だと有名よ。二十二歳の青年貴族の火遊びは、ある程度は大目に投影される傾向にあるけれど、それでも……わたくしは、エリザベートの嫁ぎ先としては反対ですわ」
母の言葉を受けて、父も難しい顔で頷いた。
「ああ、確かにな。私も、エリザベートには幸せで平穏な結婚生活を送ってほしい。パスカル殿の派手な遊びが、婚前だけで済むとも思えないしな……。この申し出は、こちらの役不足ということでお断りしよう」
両親の言葉を聞きながら、エリザベートは「そんな方がなぜ私に?」と不思議でならなかった。会ったこともない、接点もないはずの公爵令息。
(きっと、どこかで私の名前を適当に耳にしただけなのでしょう。そんな不誠実そうな方とお会いしなくて済むなら、それが一番だわ)
自分を想ってくれる両親の温かさに幸せを感じながら、エリザベートは心から安堵していた。こうして、パドック侯爵家の総意として、ハーマニー公爵家へは辞退の返答が送られた。
だが、事態はパドック侯爵家の願いとは裏腹に、王家を巻き込んでの更なる展開へと進展していく。
__________
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学園の三年生である彼女には、幼い頃からの親友、ステファニー公爵令嬢という心強い存在がいる。
ステファニーはあの夜、エリザベートを保護した後、独自に『休憩室の利用者』を洗っていたようだった。だが、彼女はその詳細を一切口にしない。
公爵令嬢である彼女が沈黙を守るということは、相手がそれ相応の権力者であるか、あるいは「触れぬが勝ち」の人物であるということ。エリザベートはそんな親友の判断を全面的に信頼し、あえて深くは追求しなかった。
「おはよう、エリザベート。体調は落ち着いたかしら?」
「ええ。ありがとう、ステファニー。いたって元気よ」
二人の会話は、何事もなかったかのように穏やかだった。
金髪に青い瞳のステファニーと、銀髪に紫の瞳のエリザベート。光と月影のように対照的な美貌を持つ二人が並んで歩けば、その場の空気は自然と張りつめ、学園の生徒たちは思わず息を呑む。
気高く、威厳をその身に宿した公爵令嬢ステファニー。一方で、名門侯爵家の令嬢でありながら身分の隔てなく人を惹きつけ、微笑ひとつで周囲を和ませるエリザベート。
その姿はあまりに完成されていて、同じ学園に通う存在でありながら、どこか遠い――まるで物語の中から抜け出してきた女神たちを仰ぎ見るかのようだった。二人の令嬢に憧れを抱かぬ者など、この学園にはいない。そう囁かれるのも、無理からぬことだった。
そして、その二人に並び立つ、もう一人の学園の憧れ――第三王子クリスチャンがいた。
王家の象徴たるプラチナブロンドの巻き毛に、紺碧の奥に青い星を宿したかのような瞳。彫像めいた均整の取れた容姿は、まさしく「憧れの王子様」という言葉を体現している。
「おはよう、ステファニー。エリザベート嬢も、おはよう」
朗らかに声をかけてきたのは、第三王子クリスチャン殿下だった。
彼はステファニーの婚約者であり、将来は彼女の生家であるガーランド公爵家へ婿入りすることが、すでに決まっている。
「おはよう、クリスチャン」
「おはようございます、殿下」
「どうしたんだい? 二人して神妙な顔をして。……なにか悪巧みかな?」
茶目っ気たっぷりに笑うクリスチャンに、ステファニーは愛おしげな視線を向け、静かに微笑み返した。
「まあ、人聞きの悪い。私たちはいつだって『淑女の鑑』ですわ。それに、悪巧みならクリスチャンの方がお上手でしょう?」
睦まじい二人の様子を眺めながら、エリザベートは心の片隅で安堵していた。あの悪夢のような夜も、この平穏な学園生活があれば、いつか遠い記憶として消えてくれるはずだ――そう、信じていた。
しかし、その淡い期待は、自宅に届いた一通の書状によって無惨に打ち砕かれる。その釣り書きに記されていたのは、予想だにしない大物の名だった。
「エリザベート、ハーマニー公爵家の嫡男、パスカル殿から君に婚約の申し込みが届いた。彼と面識はあったかな?」
父・リチャードの問いに、エリザベートは記憶を辿るが、思い当たる節はない。
「……いえ。ご挨拶したことはないと思いますわ。夜会へは、ほとんど参加しておりませんし」
「そうか……。彼は王太子殿下のご学友であり、最側近だ。年齢は二十一歳で、君とは四歳も離れている。まだ第二王子殿下ならば、ウィリアムの学友でもあるからわかるのだがな……」
父は首を捻り、不可解そうに考え込んでいる。そんな夫を横目に、母・イザベラがエリザベートへ静かに語りかけた。
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母にしては珍しく、奥歯に物の挟まったような言い方だった。
「すらりとした痩躯に金髪、青い瞳の整ったお顔立ちで、常に婦人方の噂の中心においでだわ。そして……それに見合った『遊び』も派手だと有名よ。二十二歳の青年貴族の火遊びは、ある程度は大目に投影される傾向にあるけれど、それでも……わたくしは、エリザベートの嫁ぎ先としては反対ですわ」
母の言葉を受けて、父も難しい顔で頷いた。
「ああ、確かにな。私も、エリザベートには幸せで平穏な結婚生活を送ってほしい。パスカル殿の派手な遊びが、婚前だけで済むとも思えないしな……。この申し出は、こちらの役不足ということでお断りしよう」
両親の言葉を聞きながら、エリザベートは「そんな方がなぜ私に?」と不思議でならなかった。会ったこともない、接点もないはずの公爵令息。
(きっと、どこかで私の名前を適当に耳にしただけなのでしょう。そんな不誠実そうな方とお会いしなくて済むなら、それが一番だわ)
自分を想ってくれる両親の温かさに幸せを感じながら、エリザベートは心から安堵していた。こうして、パドック侯爵家の総意として、ハーマニー公爵家へは辞退の返答が送られた。
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