その口付けに、愛はありましたか?

恋せよ恋

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強引な招待状

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「なぜだ! いくら王太子の側近とはいえ、家同士の縁談に、なぜ王家がこれほどまでに出張ってくるのだ……! これでは『王命』も同然ではないか!」
 パドック侯爵邸の執務室に、リチャードの怒号が響き渡った。

 ことの発端は、数日前にハーマニー公爵家から届いた婚約の申し出を、至極真っ当に辞退したことに始まる。

 女遊びの派手な男に、大切に育てた娘をやるわけにはいかない。パドック侯爵家の中では、その一件はすでに終わった話として片付いていたはずだった。

 ところが、今日になって届いたのは、王家の紋章が刻印された一通の書簡だった。

『ハーマニー公爵家嫡男パスカルと、パドック侯爵家長女エリザベートの婚約調いのため、明後日正午、王太子宮にて茶会を催す。侯爵夫妻同伴の上、登城されたし』

「どういうことだ。辞退の返事はとうに済ませている! それを無視して茶会とは……。王家は、我がパドック侯爵家をここまで軽んじているのか!」

 リチャードが書面を机に叩きつける。隣で内容を確認した母・イザベラも、いつもの優雅さを忘れて顔を青ざめさせていた。

「あなた……。この文面、ただの顔合わせではありませんわ。既成事実を作って、エリザベートをパスカル公爵令息と婚約させてしまうおつもりよ。どうしましょう、このままでは……」

 両親の間に流れる、重苦しく切迫した空気。それを、一閃の冷涼な風のように切り裂いたのは、当のエリザベートの声だった。

「お父様、お母様。どうか落ち着いてくださいまし」
 エリザベートは、邸内に漂う深刻な空気を飲み込むように静かに微笑んだ。

「王家からの『お招き』を断れば、それは不敬となります。家門を守るためにも、ここは覚悟を決めて、明後日は王太子宮へ登城するしかございませんわ」

 あまりにも悟りきったような、そして豪胆な娘の言葉に、リチャードとイザベラは一瞬、呆気に取られて顔を見合わせた。

「……そ、そうだな。確かに、無視をすればパドック家が窮地に立たされる。行くしかない、か」
「……ええ。逃げてばかりでは、事態は悪化する一方ですものね」

 娘の凛とした姿勢に毒気を抜かれたのか、夫妻はようやく肩の力を抜いた。

 こうして、王家が仕組んだ強引な『お見合い』は確定した。パドック侯爵家は、お茶会への出席を了承する旨の返信を使いに出す。

 エリザベートは窓の外を見つめながら、まだ見ぬ「パスカル公爵令息」という男に思いを馳せていた。

( 王太子殿下まで動かして無理やり縁談を進めようとするなんて……。よほど傲慢で、思い通りの人生を歩んできた方なのでしょうね )

 きっと、あの夜の、あの美しい不埒な男と同じように……。
 エリザベートは、まだ知らない。その二つの影が、明後日の王太子宮で重なることを。


 王家からの呼び出しを承諾した翌日、エリザベートは重い足取りで学園へと向かった。そこには、いつものように親友のステファニーと、その婚約者である第三王子クリスチャンが揃っていた。

「王太子宮でお見合い、ですって!? そんな話、聞いたことがないわね……」
 エリザベートの報告に、ステファニーは、公爵令嬢としては珍しく、目を大きく見開き、驚きを隠せなかった。

「ええ。ハーマニー公爵家からの申し出を一度お断りしたのに、まさか王家が動くなんて。一体、パスカル公爵令息は何を考えていらっしゃるのかしら」

 エリザベートの困惑に、ステファニーは隣のクリスチャンと一瞬だけ視線を交わした。実は、ガーランド公爵家ではすでに独自の調査を終え、あの夜の男を特定していた。ステファニーの父ガブリエル公爵がすぐにハーマニー公爵フランソワへ事実確認を行い、嫡男パスカルの不祥事を厳しく突き上げたのだ。

 しかし、ステファニーはその事実を、今この場でエリザベートに明かす気はなかった。傷ついた親友に、あえてあの不快な記憶を呼び起こさせる名前を突きつける必要はないと判断したのだ。エリザベートもまた、ステファニーの瞳に宿る密やかな決意を読み取り、あえて何も聞きはしなかった。それが、二人の長年の信頼の形だった。

 エリザベートの溜息に、隣に座っていたクリスチャンが神妙な顔で口を開いた。

「パスカルか……。彼は兄上――王太子殿下の懐刀だからね。兄上はパスカルをひどく買っていて、『パスカルが初めて女の前で本気の素振りを見せた』と面白がりながら、協力しているらしいよ。彼はこれまで、婚姻に関心はなく、将来的にはハーマニー公爵家の利益のために婚姻するつもりだが、これまでのところは軽い後腐れのない女遊びばかりを繰り返してきた――まさに、王家の影の策士でありつつ、遊び人としての顔も持つ男、というわけだ。」

「面白がって……? そんな理由で、一族の命運を左右する婚約に口を出されたのですか?」
 エリザベートが眉をひそめると、クリスチャンは少し申し訳なさそうに肩をすくめた。

 クリスチャンが、家門同士の思惑を補足するように語りだす。

「ハーマニー公爵は、嫡男パスカルの派手な女遊びと、いつまでも婚約者を決めない不誠実な態度に、長年業を煮やしていたんだ。そこへ今回、ガーランド公爵家から、『あの夜』の報告が入った。ハーマニー公爵は即座に君の身上調査を行い、その聡明な評判を聞いて『放蕩息子の手綱を握るにはエリザベートしかいない』と踏んだのだろうね」

「……そんな。私の知らないところで、そんな事務的な理由で話が進んでいたなんて」
 エリザベートは愕然とした。

 パスカル本人の気まぐれか、あるいは父親による「火消し」と「更生」という貴族的な利害の一致か。いずれにせよ、王家という巨大な権力さえ動員した、盤石なまでの包囲網はすでに完成していたのだ。

「エリザベート、気をつけて。パスカル様は欲しいものは手段を選ばず手に入れる強引さでも有名よ」
 ステファニーが、静かにけれど強くエリザベートの手を握る。

「ありがとう、二人とも。……でも、覚悟は決まったわ。王家が舞台を用意してくださるのなら、そこでお相手の『正体』をしっかりと見極めてきますわ。なぜ私でなければならなかったのかも含めて」
 
 クリスチャンのもたらした情報は、エリザベートの心に警戒の火を灯した。たとえ背後にどんな思惑があろうとも、自分を駒のように扱う男に屈するつもりはない。銀髪を揺らし、エリザベートは決意を胸に、王太子宮への登城に向けて背筋を伸ばした。
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