その口付けに、愛はありましたか?

恋せよ恋

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再会、白々しい微笑み

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 燦然と輝くシャンデリア。白亜の壁に囲まれた王太子宮のサロンは、息が詰まるほどの静謐さに包まれていた。

 パドック侯爵夫妻と共に席に着いたエリザベートの前に、ついに「その男」が姿を現した。
「遅れて申し訳ない。ハーマニー公爵家が嫡男、パスカルです。本日はご足労いただき、光栄に存じます」
 流れるような優雅な一礼。顔を上げた瞬間のその容姿を、エリザベートは忘れるはずがなかった。

 金髪に、吸い込まれるような青い瞳。あの夜、自分を『ジャネット』と呼び、強引に唇を奪ったあの男だ。

(……っ! あ、あの時の……!?)

 エリザベートの心臓が、怒りと驚きで激しく鼓動する。しかし、男――パスカルは、エリザベートと視線が合っても、その瞳に一点の動揺もなかった。それどころか、初対面の令嬢に向ける、完璧に作り込まれた淑やかな微笑みを浮かべている。

「初めまして、パドック侯爵令嬢。君の噂は予々耳にしている。今日は会えて嬉しいよ」

(……信じられない。あんな不埒な真似をしておいて、よくもそんな白々しい嘘がつけるものだわ。それとも、私の顔すら覚えていないの……?)

 エリザベートの中に、形容しがたい嫌悪感が渦巻いた。自分にとっては人生を揺るがす大事件だったあの夜が、この男にとっては「覚えてもいない火遊び」のひとつに過ぎなかったのだ。

「はっはっは! パスカル、彼女かい? ハーマニー公爵家から、君という『野放しの駿馬』に手綱をかける大役を任されたのは」

 快活な笑い声と共に現れたのは、この国の第一王位継承者、エドワード王太子だった。王太子は気安くパスカルの肩を叩くと、パドック侯爵夫妻へ向けて、有無を言わせぬ威圧感を含んだ笑みを向ける。

「リチャード侯爵、パスカルは私の右腕として、実に代えがたい優秀な男だ。少々浮いた噂が絶えないのは玉に瑕だが、執務に関しては完璧でね。……その彼が、これほど熱心に『パドック侯爵令嬢を』と望み、自ら仲立ちを乞うたのは初めてのことなんだ。王家としても、この縁談には大いに期待している。ぜひ、前向きに進めてやってほしい」

 王太子の朗々たる声が会場に響く。だが、その言葉の裏にある「真実」を知る者は、この場に何人いただろうか。
 実際は、パスカルの両親であるハーマニー公爵夫妻が仕組んだ、鮮やかな「詰みの盤面」だったのだ。

 、ガーランド公爵家からの密使によって、休憩室でのパスカルとエリザベートの「アクシデント」を報告された夫妻は、これを絶好の好機と捉えた。

(あの放蕩息子を縛り付けるには、これ以上の口実はない――)

 ハーマニー公爵夫妻は即座に動き、王太子エドワードに「パスカルがエリザベート嬢に一目惚れし、責任を取りたいと殊勝なことを申しております」と事実を歪めて吹き込んだ。王太子は、最側近の不品行を「情熱的な恋」へとすり替える親心と策略に、体よく担がれたに過ぎない。

 王太子の無邪気なまでの後押しという「外堀」を埋められ、休憩室の醜聞という「内堀」を盾に取られたパドック侯爵家には、もはや断る選択肢など残されていなかった。王太子の言葉は、一見すれば称賛だが、その実「王太子である私が認めた縁談だ」という強力な牽制でもあった。

 パスカルの派手な女性関係という欠点すらも「仕事さえできれば些事である」と王室が保証してしまったのだ。パドック侯爵夫妻は、この絶大な「王室の期待」を前に、もはや慎重な検討という名の逃げ道を完全に塞がれてしまった。

「恐縮でございます、殿下……」
 父が苦渋の表情で頭を下げる横で、エリザベートは冷ややかな目でパスカルを観察していた。彼は王太子の言葉を謙遜しつつ、実に「誠実で将来有望な貴族」を演じきっている。

「エリザベート嬢、貴方のような聡明な令嬢が、我がハーマニー家に嫁いでくれたら、これほど心強いことはないわ」
 同席していたハーマニー公爵夫人――カサンドラが、エリザベートに語りかけた。社交界でも厳しいことで知られる公爵夫人だが、その眼差しはエリザベートの凛とした佇まいを、品定めするように見つめている。

「……身に余るお言葉でございます、公爵夫人。私のような若輩者が、名門ハーマニー家に見合うかどうか、いささか不安に存じますわ」

 エリザベートは、内から湧き上がる震えるような怒りを力ずくで抑え込んだ。そして、これ以上ないほど冷徹かつ完璧な礼儀作法で、淑女の微笑みを湛えつつ返答した。

 その言葉の端々に鋭い「皮肉」を込め、一切物怖じすることなく相手を射抜く豪胆な瞳。それを見たハーマニー公爵フランソワとカサンドラ夫妻は、表面上こそ取り繕ったものの、その内心でも、驚きに目を見開いていた。

(ただの大人しい侯爵令嬢だと思っていたが……これほどまでの気概があるとは)
(ええ、この娘なら。あの放蕩息子の手綱を、あるいは――面白いわね)

「素晴らしい。殿下、そして侯爵。ぜひ、この縁談を正式に進めさせてください。パスカルには、これほどしっかりとした令嬢こそが必要なのだ」
 ハーマニー公爵フランソワの一言で、周囲の空気が一気に「婚約確定」へと流れ出す。

 パスカルは満足げに微笑んでいるが、エリザベートはその裏側に潜む傲慢さを感じ取っていた。
 ――この男は、自分が誰に何をしたのか、本当に何も分かっていない。

( いいでしょう。そこまで仰るなら、受けて立ちますわ。ただし……後悔させて差し上げますから。パスカル様 )

 銀髪を揺らし、エリザベートは沈黙の中で静かに、宣戦布告の準備を始めた。
__________

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