4 / 8
再会、白々しい微笑み
しおりを挟む
燦然と輝くシャンデリア。白亜の壁に囲まれた王太子宮のサロンは、息が詰まるほどの静謐さに包まれていた。
パドック侯爵夫妻と共に席に着いたエリザベートの前に、ついに「その男」が姿を現した。
「遅れて申し訳ない。ハーマニー公爵家が嫡男、パスカルです。本日はご足労いただき、光栄に存じます」
流れるような優雅な一礼。顔を上げた瞬間のその容姿を、エリザベートは忘れるはずがなかった。
金髪に、吸い込まれるような青い瞳。あの夜、自分を『ジャネット』と呼び、強引に唇を奪ったあの男だ。
(……っ! あ、あの時の……!?)
エリザベートの心臓が、怒りと驚きで激しく鼓動する。しかし、男――パスカルは、エリザベートと視線が合っても、その瞳に一点の動揺もなかった。それどころか、初対面の令嬢に向ける、完璧に作り込まれた淑やかな微笑みを浮かべている。
「初めまして、パドック侯爵令嬢。君の噂は予々耳にしている。今日は会えて嬉しいよ」
(……信じられない。あんな不埒な真似をしておいて、よくもそんな白々しい嘘がつけるものだわ。それとも、私の顔すら覚えていないの……?)
エリザベートの中に、形容しがたい嫌悪感が渦巻いた。自分にとっては人生を揺るがす大事件だったあの夜が、この男にとっては「覚えてもいない火遊び」のひとつに過ぎなかったのだ。
「はっはっは! パスカル、彼女かい? ハーマニー公爵家から、君という『野放しの駿馬』に手綱をかける大役を任されたのは」
快活な笑い声と共に現れたのは、この国の第一王位継承者、エドワード王太子だった。王太子は気安くパスカルの肩を叩くと、パドック侯爵夫妻へ向けて、有無を言わせぬ威圧感を含んだ笑みを向ける。
「リチャード侯爵、パスカルは私の右腕として、実に代えがたい優秀な男だ。少々浮いた噂が絶えないのは玉に瑕だが、執務に関しては完璧でね。……その彼が、これほど熱心に『パドック侯爵令嬢を』と望み、自ら仲立ちを乞うたのは初めてのことなんだ。王家としても、この縁談には大いに期待している。ぜひ、前向きに進めてやってほしい」
王太子の朗々たる声が会場に響く。だが、その言葉の裏にある「真実」を知る者は、この場に何人いただろうか。
実際は、パスカルの両親であるハーマニー公爵夫妻が仕組んだ、鮮やかな「詰みの盤面」だったのだ。
あの夜、ガーランド公爵家からの密使によって、休憩室でのパスカルとエリザベートの「アクシデント」を報告された夫妻は、これを絶好の好機と捉えた。
(あの放蕩息子を縛り付けるには、これ以上の口実はない――)
ハーマニー公爵夫妻は即座に動き、王太子エドワードに「パスカルがエリザベート嬢に一目惚れし、責任を取りたいと殊勝なことを申しております」と事実を歪めて吹き込んだ。王太子は、最側近の不品行を「情熱的な恋」へとすり替える親心と策略に、体よく担がれたに過ぎない。
王太子の無邪気なまでの後押しという「外堀」を埋められ、休憩室の醜聞という「内堀」を盾に取られたパドック侯爵家には、もはや断る選択肢など残されていなかった。王太子の言葉は、一見すれば称賛だが、その実「王太子である私が認めた縁談だ」という強力な牽制でもあった。
パスカルの派手な女性関係という欠点すらも「仕事さえできれば些事である」と王室が保証してしまったのだ。パドック侯爵夫妻は、この絶大な「王室の期待」を前に、もはや慎重な検討という名の逃げ道を完全に塞がれてしまった。
「恐縮でございます、殿下……」
父が苦渋の表情で頭を下げる横で、エリザベートは冷ややかな目でパスカルを観察していた。彼は王太子の言葉を謙遜しつつ、実に「誠実で将来有望な貴族」を演じきっている。
「エリザベート嬢、貴方のような聡明な令嬢が、我がハーマニー家に嫁いでくれたら、これほど心強いことはないわ」
同席していたハーマニー公爵夫人――カサンドラが、エリザベートに語りかけた。社交界でも厳しいことで知られる公爵夫人だが、その眼差しはエリザベートの凛とした佇まいを、品定めするように見つめている。
「……身に余るお言葉でございます、公爵夫人。私のような若輩者が、名門ハーマニー家に見合うかどうか、いささか不安に存じますわ」
エリザベートは、内から湧き上がる震えるような怒りを力ずくで抑え込んだ。そして、これ以上ないほど冷徹かつ完璧な礼儀作法で、淑女の微笑みを湛えつつ返答した。
その言葉の端々に鋭い「皮肉」を込め、一切物怖じすることなく相手を射抜く豪胆な瞳。それを見たハーマニー公爵フランソワとカサンドラ夫妻は、表面上こそ取り繕ったものの、その内心でも、驚きに目を見開いていた。
(ただの大人しい侯爵令嬢だと思っていたが……これほどまでの気概があるとは)
(ええ、この娘なら。あの放蕩息子の手綱を、あるいは――面白いわね)
「素晴らしい。殿下、そして侯爵。ぜひ、この縁談を正式に進めさせてください。パスカルには、これほどしっかりとした令嬢こそが必要なのだ」
ハーマニー公爵フランソワの一言で、周囲の空気が一気に「婚約確定」へと流れ出す。
パスカルは満足げに微笑んでいるが、エリザベートはその裏側に潜む傲慢さを感じ取っていた。
――この男は、自分が誰に何をしたのか、本当に何も分かっていない。
( いいでしょう。そこまで仰るなら、受けて立ちますわ。ただし……後悔させて差し上げますから。パスカル様 )
銀髪を揺らし、エリザベートは沈黙の中で静かに、宣戦布告の準備を始めた。
__________
エール📣いいね❤️お気に入り⭐️応援よろしくお願いします🙇♀️
パドック侯爵夫妻と共に席に着いたエリザベートの前に、ついに「その男」が姿を現した。
「遅れて申し訳ない。ハーマニー公爵家が嫡男、パスカルです。本日はご足労いただき、光栄に存じます」
流れるような優雅な一礼。顔を上げた瞬間のその容姿を、エリザベートは忘れるはずがなかった。
金髪に、吸い込まれるような青い瞳。あの夜、自分を『ジャネット』と呼び、強引に唇を奪ったあの男だ。
(……っ! あ、あの時の……!?)
エリザベートの心臓が、怒りと驚きで激しく鼓動する。しかし、男――パスカルは、エリザベートと視線が合っても、その瞳に一点の動揺もなかった。それどころか、初対面の令嬢に向ける、完璧に作り込まれた淑やかな微笑みを浮かべている。
「初めまして、パドック侯爵令嬢。君の噂は予々耳にしている。今日は会えて嬉しいよ」
(……信じられない。あんな不埒な真似をしておいて、よくもそんな白々しい嘘がつけるものだわ。それとも、私の顔すら覚えていないの……?)
エリザベートの中に、形容しがたい嫌悪感が渦巻いた。自分にとっては人生を揺るがす大事件だったあの夜が、この男にとっては「覚えてもいない火遊び」のひとつに過ぎなかったのだ。
「はっはっは! パスカル、彼女かい? ハーマニー公爵家から、君という『野放しの駿馬』に手綱をかける大役を任されたのは」
快活な笑い声と共に現れたのは、この国の第一王位継承者、エドワード王太子だった。王太子は気安くパスカルの肩を叩くと、パドック侯爵夫妻へ向けて、有無を言わせぬ威圧感を含んだ笑みを向ける。
「リチャード侯爵、パスカルは私の右腕として、実に代えがたい優秀な男だ。少々浮いた噂が絶えないのは玉に瑕だが、執務に関しては完璧でね。……その彼が、これほど熱心に『パドック侯爵令嬢を』と望み、自ら仲立ちを乞うたのは初めてのことなんだ。王家としても、この縁談には大いに期待している。ぜひ、前向きに進めてやってほしい」
王太子の朗々たる声が会場に響く。だが、その言葉の裏にある「真実」を知る者は、この場に何人いただろうか。
実際は、パスカルの両親であるハーマニー公爵夫妻が仕組んだ、鮮やかな「詰みの盤面」だったのだ。
あの夜、ガーランド公爵家からの密使によって、休憩室でのパスカルとエリザベートの「アクシデント」を報告された夫妻は、これを絶好の好機と捉えた。
(あの放蕩息子を縛り付けるには、これ以上の口実はない――)
ハーマニー公爵夫妻は即座に動き、王太子エドワードに「パスカルがエリザベート嬢に一目惚れし、責任を取りたいと殊勝なことを申しております」と事実を歪めて吹き込んだ。王太子は、最側近の不品行を「情熱的な恋」へとすり替える親心と策略に、体よく担がれたに過ぎない。
王太子の無邪気なまでの後押しという「外堀」を埋められ、休憩室の醜聞という「内堀」を盾に取られたパドック侯爵家には、もはや断る選択肢など残されていなかった。王太子の言葉は、一見すれば称賛だが、その実「王太子である私が認めた縁談だ」という強力な牽制でもあった。
パスカルの派手な女性関係という欠点すらも「仕事さえできれば些事である」と王室が保証してしまったのだ。パドック侯爵夫妻は、この絶大な「王室の期待」を前に、もはや慎重な検討という名の逃げ道を完全に塞がれてしまった。
「恐縮でございます、殿下……」
父が苦渋の表情で頭を下げる横で、エリザベートは冷ややかな目でパスカルを観察していた。彼は王太子の言葉を謙遜しつつ、実に「誠実で将来有望な貴族」を演じきっている。
「エリザベート嬢、貴方のような聡明な令嬢が、我がハーマニー家に嫁いでくれたら、これほど心強いことはないわ」
同席していたハーマニー公爵夫人――カサンドラが、エリザベートに語りかけた。社交界でも厳しいことで知られる公爵夫人だが、その眼差しはエリザベートの凛とした佇まいを、品定めするように見つめている。
「……身に余るお言葉でございます、公爵夫人。私のような若輩者が、名門ハーマニー家に見合うかどうか、いささか不安に存じますわ」
エリザベートは、内から湧き上がる震えるような怒りを力ずくで抑え込んだ。そして、これ以上ないほど冷徹かつ完璧な礼儀作法で、淑女の微笑みを湛えつつ返答した。
その言葉の端々に鋭い「皮肉」を込め、一切物怖じすることなく相手を射抜く豪胆な瞳。それを見たハーマニー公爵フランソワとカサンドラ夫妻は、表面上こそ取り繕ったものの、その内心でも、驚きに目を見開いていた。
(ただの大人しい侯爵令嬢だと思っていたが……これほどまでの気概があるとは)
(ええ、この娘なら。あの放蕩息子の手綱を、あるいは――面白いわね)
「素晴らしい。殿下、そして侯爵。ぜひ、この縁談を正式に進めさせてください。パスカルには、これほどしっかりとした令嬢こそが必要なのだ」
ハーマニー公爵フランソワの一言で、周囲の空気が一気に「婚約確定」へと流れ出す。
パスカルは満足げに微笑んでいるが、エリザベートはその裏側に潜む傲慢さを感じ取っていた。
――この男は、自分が誰に何をしたのか、本当に何も分かっていない。
( いいでしょう。そこまで仰るなら、受けて立ちますわ。ただし……後悔させて差し上げますから。パスカル様 )
銀髪を揺らし、エリザベートは沈黙の中で静かに、宣戦布告の準備を始めた。
__________
エール📣いいね❤️お気に入り⭐️応援よろしくお願いします🙇♀️
376
あなたにおすすめの小説
冷たい王妃の生活
柴田はつみ
恋愛
大国セイラン王国と公爵領ファルネーゼ家の同盟のため、21歳の令嬢リディアは冷徹と噂される若き国王アレクシスと政略結婚する。
三年間、王妃として宮廷に仕えるも、愛されている実感は一度もなかった。
王の傍らには、いつも美貌の女魔導師ミレーネの姿があり、宮廷中では「王の愛妾」と囁かれていた。
孤独と誤解に耐え切れなくなったリディアは、ついに離縁を願い出る。
「わかった」――王は一言だけ告げ、三年の婚姻生活はあっけなく幕を閉じた。
自由の身となったリディアは、旅先で騎士や魔導師と交流し、少しずつ自分の世界を広げていくが、心の奥底で忘れられないのは初恋の相手であるアレクシス。
やがて王都で再会した二人は、宮廷の陰謀と誤解に再び翻弄される。
嫉妬、すれ違い、噂――三年越しの愛は果たして誓いとなるのか。
嘘の誓いは、あなたの隣で
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢ミッシェルは、公爵カルバンと穏やかに愛を育んでいた。
けれど聖女アリアの来訪をきっかけに、彼の心が揺らぎ始める。
噂、沈黙、そして冷たい背中。
そんな折、父の命で見合いをさせられた皇太子ルシアンは、
一目で彼女に惹かれ、静かに手を差し伸べる。
――愛を信じたのは、誰だったのか。
カルバンが本当の想いに気づいた時には、
もうミッシェルは別の光のもとにいた。
どうぞお好きになさってください
みおな
恋愛
学園に入学して一ヶ月。
婚約者の第一王子殿下は言った。
「学園にいる間くらい自由にさせてくれないか。君が王太子妃になることは決定事項だ。だから、せめて学園に通う二年間は、僕は恋がしたい」
公爵令嬢はその綺麗な顔に冷酷な笑みを浮かべる。
「好きになさればよろしいわ」
私よりも姉を好きになった婚約者
神々廻
恋愛
「エミリー!お前とは婚約破棄し、お前の姉のティアと婚約する事にした!」
「ごめんなさい、エミリー.......私が悪いの、私は昔から家督を継ぐ様に言われて貴方が羨ましかったの。それでっ、私たら貴方の婚約者のアルに恋をしてしまったの.......」
「ティア、君は悪くないよ。今まで辛かったよな。だけど僕が居るからね。エミリーには僕の従兄弟でティアの元婚約者をあげるよ。それで、エミリーがティアの代わりに家督を継いで、僕の従兄と結婚する。なんて素敵なんだろう。ティアは僕のお嫁さんになって、2人で幸せな家庭を築くんだ!」
「まぁ、アルったら。家庭なんてまだ早いわよ!」
このバカップルは何を言っているの?
そんなに優しいメイドが恋しいなら、どうぞ彼女の元に行ってください。私は、弟達と幸せに暮らしますので。
木山楽斗
恋愛
アルムナ・メルスードは、レバデイン王国に暮らす公爵令嬢である。
彼女は、王国の第三王子であるスルーガと婚約していた。しかし、彼は自身に仕えているメイドに思いを寄せていた。
スルーガは、ことあるごとにメイドと比較して、アルムナを罵倒してくる。そんな日々に耐えられなくなったアルムナは、彼と婚約破棄することにした。
婚約破棄したアルムナは、義弟達の誰かと婚約することになった。新しい婚約者が見つからなかったため、身内と結ばれることになったのである。
父親の計らいで、選択権はアルムナに与えられた。こうして、アルムナは弟の内誰と婚約するか、悩むことになるのだった。
※下記の関連作品を読むと、より楽しめると思います。
あなたとの縁を切らせてもらいます
しろねこ。
恋愛
婚約解消の話が婚約者の口から出たから改めて考えた。
彼と私はどうなるべきか。
彼の気持ちは私になく、私も彼に対して思う事は無くなった。お互いに惹かれていないならば、そして納得しているならば、もういいのではないか。
「あなたとの縁を切らせてください」
あくまでも自分のけじめの為にその言葉を伝えた。
新しい道を歩みたくて言った事だけれど、どうもそこから彼の人生が転落し始めたようで……。
さらりと読める長さです、お読み頂けると嬉しいです( ˘ω˘ )
小説家になろうさん、カクヨムさん、ノベルアップ+さんにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる