その口付けに、愛はありましたか?

恋せよ恋

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王女の非常識な執着

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 会場の視線を一身に集める二人の姿は、皮肉なほど完璧な調和を見せていた。

 エリザベートは、パスカルの瞳の色である深青ミッドナイトブルーのドレスを纏っている。夜空を閉じ込めたような布地には繊細な銀刺繍が施され、歩くたびに淡く光を返す。サファイアを添えた彼女の紫の瞳は、いっそう深く、冷ややかな輝きを帯びていた。

 一方、傍らに立つパスカルは、エリザベートの瞳の色である黒紫の正装に身を包んでいる。金髪を際立たせる重厚な生地に、アメジストの銀ブローチが鈍く光る。
 互いの色を交換し、宿命的な結びつきを誇示するかのように踊る二人に、周囲からは溜息が漏れた。

「お似合いね。あの遊び人の首に、ようやく鈴をつける令嬢が現れたのかしら」
「ええ、見惚れてしまいますわ……」
 社交界の評判は、概ね「完璧な美男美女の婚約」として好意的に受け止められていた。

 だが、その調和を切り裂くように、一人の女性が歩み寄ってきた。
「パスカル。挨拶もしてくれないなんて、つれないわね」
「……王国の太陽、フローレンス王子殿下にご挨拶申し上げます」

 第一王女フローレンス。彼女の視線はパスカルだけに注がれ、その隣にいるエリザベートを「石ころ」か何かのように徹底して無視していた。

「ねえパスカル、私と踊りましょう? せっかくの夜会なのに、つまらなくて嫌気がさすわ」
「……後ほどリッチモンド次期公爵アルベール殿にご挨拶してから、機会があればあらためて」

「もう! 私たちの間でそんな堅苦しい許可なんて必要ないでしょう? さあ、行きましょう!」
 駄々をこねる子供のような王女の振る舞いに、会場の空気が凍りつく。そこでようやく、フローレンスは気がついたように、エリザベートへ侮蔑に満ちた視線を投げた。

「ねえ、あなた。パスカルの婚約者らしいけれど、私と彼は『特別』なの。パスカルはあなたごときが手に入れられるものではないわ。勘違いしないでちょうだい」

( は? なんなのこの王女様。常識がないのか、それとも頭がどうかしているのかしら……。ああもう、注目されているじゃない!本当に迷惑だわ!)

 エリザベートが内心で毒づいた瞬間、パスカルが彼女を庇うように一歩前へ出た。その表情からは、先ほどまでの甘い微笑みが消え失せている。

「フローレンス王女殿下。私の『最愛の婚約者』に絡むのはやめていただきたい」
「なっ……最愛!? 嘘よ、パスカル! あなたは私のものだわ!」

「ご婚約された身で、誤解を招く発言はどうぞお控えください」
「でも! 私の心はあなたと共にあるわ! パスカル、愛しているのよ!」
 公衆の面前での厚顔無恥な愛の告白。エリザベートは、もう、心底ゲンナリしていた。

(なんなの、この茶番。巻き込まれるのも、当事者として見られるのもごめん被るわ)

「パスカル様、私は失礼させていただきますわ。ダンスは終わりましたし、あとはご自由にお過ごしくださいませ」
 冷たく言い捨てると、エリザベートは早足でその場を去った。
 
 呆然と立ち尽くす二人を背後に置き去りにし、遠くの壁際に目ざとく見つけたステファニーとクリスチャンのもとへ、ツカツカと歩み寄った。

「……聞いて。信じられないことが起きたわ」
 目線でテラスへと促し、エリザベートは先ほどのやり取りを早口でぶちまけた。

 話を聞き終えたステファニーは「傑作ね!」と爆笑し、一方のクリスチャンは、姉の醜態に顔を覆って詫びた。

「すまない、エリザベート嬢。フローレンス姉上は昔からパスカルに執着していてね……。言っておくが、完全な一方通行だ。それにしても、婚約してなおそんな非常識な戯言を。さっそく陛下と王妃殿下に報告し、厳重に注意させておくよ」

 二人はエリザベートを気にかけながらも社交のために会場へ戻り、その後、エリザベートは一人でテラスに立ち、夜風を浴びていた。

(どいつもこいつも、私の平穏をかき乱して……どうして、こんなことになっちゃったのよ、もう)

 星を眺め、深く溜息をついたその時。

 背後から、静かな、けれど逃れられない重みを持った足音が近づいてきた。

「ふふふ。……随分と、酷い目に遭わされたようだね」

 振り返るとそこにいたのは、先ほど両親と挨拶したばかりの男――フローレンス王女の婚約者であり、この家の次期当主、アルベール・リッチモンドであった。

「――我が婚約者殿が失礼をしたね。彼女は、自分が世界の中心だと思い込んでいるようでね」

 不意にかけられた穏やかな声に振り返ると、そこにはアルベールが立っていた。月の光に照らされた彼は、金髪に翠の瞳を持つ、中性的で柔和な顔立ちの令息だ。

「笑い事ではございませんわ。……あっ、失礼いたしました」
 思わず本音が漏れたエリザベートに、アルベールはふっと目元を和ませた。

「ははは、いや、まったく構わないよ。君は一方的な被害者じゃないか。怒って当然だ」

 エリザベートは改めてアルベールを見つめた。

 隣にいるだけで神経を逆撫でするパスカルのような派手な色気はない。だが、公爵家の正嫡らしい揺るぎない威厳と、すべてを包み込むような風格が備わっている。

「こんなに素敵な婚約者様がいらっしゃるのに……。あの王女殿下は、一体どこが不満なのかしら。私だったら交換して欲しいくらいよ……」

「え?」
「あ!」
 無意識の呟きが零れていたことに気づき、エリザベートは顔を赤らめた。

「申し訳ございません! つい、不敬な本音が口から……! 失礼いたしました!」
「ふふふ。いや、謝らないでくれ。こんなに若くて聡明なお嬢さんから、そんな勿体ない本音が聞けて、これほど嬉しいことはないよ。……ありがとう、エリザベート嬢」
 アルベールの微笑みは、夜風のように心地よかった。

 その時、会場から一際大きな歓声が上がり、オーケストラの華やかな旋律がテラスまで流れ込んできた。

「ああ、そろそろお開きの合図だね。――では、エリザベート嬢。最後に一曲、この『哀れな男』と一曲、お付き合いいただけますか?」
 
 差し出されたその手は、大きく、温かかった。
「……はい、喜んで」

 導かれるまま、二人は夜空の星に見守られながら、テラスで静かにワルツを踊り始めた。

 パスカルとのダンスが、視線を奪い合う火花のような時間だったのに対し、アルベールとのそれは、深い森の中で休息しているような安らぎがあった。

 不思議と心が落ち着き、背負っていた緊張が解けていく。エリザベートは、初めて覚えるこの穏やかな心地よさに身を委ね、夢のような時間を静かに刻んでいた。
__________

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