【完結】侯爵令嬢に毒された婚約者は、全てを失ってから私に縋る

恋せよ恋

文字の大きさ
1 / 11

初恋の婚約者は蜘蛛の巣の中

しおりを挟む
「リリア、喜んでくれ! ついに僕の才能が認められたんだ!」

 王都の寄宿制学院、その中庭の片隅で、婚約者であるカイルは、頬を紅潮させ、私の両手を強く握りしめた。
 幼馴染でもある彼の、見たこともないほど高揚した表情。けれど、その瞳に映っているのは私ではなく、自らの輝かしい未来だけのように見えた。

「……おめでとう、カイル様。侯爵家の侍従に選ばれたというのは、本当だったのね」
 私は精一杯の祝辞を口にする。

 カイルは、我が家が代々仕える主家——アルヴィス侯爵家の長女、エレナ様の「学院内侍従」兼「護衛」に抜擢されたのだ。
 それは騎士の家系である彼の家にとって、この上ない名誉のはずだった。

「ああ、エレナ様直々のご指名なんだ。『あなたの剣筋は、誰よりも情熱的で素敵ね』と仰ってくださって……。リリア、これで僕が侯爵家へ婿入りする道も、夢ではなくなったかもしれない!」

「……え?」
 私の手が、ぴくりと震えた。
 私たちは親同士が決めた婚約者だ。カイルの家も私の家も、侯爵家に連なる下位貴族。身分相応に寄り添い、支え合っていくものだと疑ったことはなかった。

 なのに、彼は今、平然と言い放った。「侯爵家への婿入り」と。

「カイル様、何を仰っているの? 私たちは婚約しているのですよ。それに、エレナ様にはすでに、名門伯爵家のアルベルト様という立派な婚約者が……」

「分かっているさ、政略結婚だろう? あんな冷徹な男、情熱的なエレナ様にはお似合いじゃない。彼女はもっと、自分を強く守ってくれる存在を求めているんだ」
 カイルの声は熱を帯び、どこか夢遊病者のようだった。彼の脳内では、自分が高貴な姫君に見初められた騎士にでもなっているのだろう。

 その時だった。

「あら、そこにいたの? 私の、可愛い子犬さん」
 鈴を転がすような、けれど背筋が凍るほど甘い声。

 振り返ると、そこには金糸の髪をなびかせた、圧倒的な美貌の令嬢が立っていた。この学園の女王であり、私たちの主君の娘、エレナ・アルヴィス侯爵令嬢。

「エレナ様!」
 カイルが弾かれたように私の手を放し、彼女の前で跪く。その動作には、私に向けたことのないような、陶酔しきった献身がこもっていた。

「お呼びでしょうか、我が主」
「ええ。喉が渇いたわ。……あら、そちらはリリアね? 仲睦まじいことで」

 エレナ様が、扇の隙間から私を値踏みするように見た。彼女の瞳に宿るのは、慈しみではない。——それは、子供が他人の持っている玩具を欲しがる時の、残酷な好奇心だった。

「リリア、あなたに感謝しなくてはね。こんなに『使い勝手のいい男』を、今日まで大切に育てておいてくれて」
「……エレナ様、それはどういう……」

「言葉通りの意味よ。ねえ、カイル? あなたはもう、私のものよね?」
 エレナ様が細い指先でカイルの顎を掬い上げる。

 カイルは頬を赤らめ、うっとりと目を細めた。私の存在など、もう彼の視界には入っていない。
「もちろんです、エレナ様。私の剣も、この心も、すべて貴女に捧げると誓いました」

 幼い頃、私を守ると言ってくれた初恋の人の面影は、そこにはなかった。目の前にいるのは、美しい毒婦に魂を売り渡した、ただの「色香に骨抜きにされた男」だった。

 エレナ様が、勝ち誇ったような笑みを浮かべて私を見る。
「ふふ、ごめんなさいね、リリア。私が魅力的なせいで、あなたのカイルを独り占めしてしまって。だって、素敵じゃない……あなたのような真面目な子が、必死に守っているものは」
 彼女はカイルの腕をとり、密着するようにして歩き出した。
 カイルは一度も振り返ることなく、まるで魔法にかけられたかのように彼女の後に続く。
 
 残された私は、西日に伸びる自分の影を見つめることしかできなかった。胃の奥がせり上がるような不快感と、冷めていく心。
 この時、私の中で「初恋」という名の輝きが、音を立てて崩れ去った。

(……カイル様。貴方は気づいていないのね。彼女が求めているのは貴方の愛ではなく、奪う快感だけだということに)

 そして、この光景を校舎の窓から静かに見つめる、鋭い双眸があることにも、私はまだ気づいていなかった。
______________

エール📣いいね❤️お気に入り⭐️応援よろしくお願いします🙇‍♀️
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王太子に婚約破棄されてから一年、今更何の用ですか?

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しいます。 ゴードン公爵家の長女ノヴァは、辺境の冒険者街で薬屋を開業していた。ちょうど一年前、婚約者だった王太子が平民娘相手に恋の熱病にかかり、婚約を破棄されてしまっていた。王太子の恋愛問題が王位継承問題に発展するくらいの大問題となり、平民娘に負けて社交界に残れないほどの大恥をかかされ、理不尽にも公爵家を追放されてしまったのだ。ようやく傷心が癒えたノヴァのところに、やつれた王太子が現れた。

どう見ても貴方はもう一人の幼馴染が好きなので別れてください

ルイス
恋愛
レレイとアルカは伯爵令嬢であり幼馴染だった。同じく伯爵令息のクローヴィスも幼馴染だ。 やがてレレイとクローヴィスが婚約し幸せを手に入れるはずだったが…… クローヴィスは理想の婚約者に憧れを抱いており、何かともう一人の幼馴染のアルカと、婚約者になったはずのレレイを比べるのだった。 さらにはアルカの方を優先していくなど、明らかにおかしな事態になっていく。 どう見てもクローヴィスはアルカの方が好きになっている……そう感じたレレイは、彼との婚約解消を申し出た。 婚約解消は無事に果たされ悲しみを持ちながらもレレイは前へ進んでいくことを決心した。 その後、国一番の美男子で性格、剣術も最高とされる公爵令息に求婚されることになり……彼女は別の幸せの一歩を刻んでいく。 しかし、クローヴィスが急にレレイを溺愛してくるのだった。アルカとの仲も上手く行かなかったようで、真実の愛とか言っているけれど……怪しさ満点だ。ひたすらに女々しいクローヴィス……レレイは冷たい視線を送るのだった。 「あなたとはもう終わったんですよ? いつまでも、キスが出来ると思っていませんか?」

わたくし、残念ながらその書類にはサインしておりませんの。

朝霧心惺
恋愛
「リリーシア・ソフィア・リーラー。冷酷卑劣な守銭奴女め、今この瞬間を持って俺は、貴様との婚約を破棄する!!」  テオドール・ライリッヒ・クロイツ侯爵令息に高らかと告げられた言葉に、リリーシアは純白の髪を靡かせ高圧的に微笑みながら首を傾げる。 「誰と誰の婚約ですって?」 「俺と!お前のだよ!!」  怒り心頭のテオドールに向け、リリーシアは真実を告げる。 「わたくし、残念ながらその書類にはサインしておりませんの」

婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!

みかぼう。
恋愛
公爵令嬢クラリッサ・エインズワースは、王太子ルーファスの婚約者。 幼い日に「共に国を守ろう」と誓い合ったはずの彼は、 いま、別の令嬢マリアンヌに微笑んでいた。 そして――年末の舞踏会の夜。 「――この婚約、我らエインズワース家の名において、破棄させていただきます!」 エインズワース公爵が力強く宣言した瞬間、 王国の均衡は揺らぎ始める。 誇りを捨てず、誠実を貫く娘。 政の闇に挑む父。 陰謀を暴かんと手を伸ばす宰相の子。 そして――再び立ち上がる若き王女。 ――沈黙は逃げではなく、力の証。 公爵令嬢の誇りが、王国の未来を変える。 ――荘厳で静謐な政略ロマンス。 (本作品は小説家になろうにも掲載中です)

政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。

恩知らずの婚約破棄とその顛末

みっちぇる。
恋愛
シェリスは婚約者であったジェスに婚約解消を告げられる。 それも、婚約披露宴の前日に。 さらに婚約披露宴はパートナーを変えてそのまま開催予定だという! 家族の支えもあり、婚約披露宴に招待客として参加するシェリスだが…… 好奇にさらされる彼女を助けた人は。 前後編+おまけ、執筆済みです。 【続編開始しました】 執筆しながらの更新ですので、のんびりお待ちいただけると嬉しいです。 矛盾が出たら修正するので、その時はお知らせいたします。

【完結】精神的に弱い幼馴染を優先する婚約者を捨てたら、彼の兄と結婚することになりました

当麻リコ
恋愛
侯爵令嬢アメリアの婚約者であるミュスカーは、幼馴染みであるリリィばかりを優先する。 リリィは繊細だから僕が支えてあげないといけないのだと、誇らしそうに。 結婚を間近に控え、アメリアは不安だった。 指輪選びや衣装決めにはじまり、結婚に関する大事な話し合いの全てにおいて、ミュスカーはリリィの呼び出しに応じて行ってしまう。 そんな彼を見続けて、とうとうアメリアは彼との結婚生活を諦めた。 けれど正式に婚約の解消を求めてミュスカーの父親に相談すると、少し時間をくれと言って保留にされてしまう。 仕方なく保留を承知した一ヵ月後、国外視察で家を空けていたミュスカーの兄、アーロンが帰ってきてアメリアにこう告げた。 「必ず幸せにすると約束する。どうか俺と結婚して欲しい」 ずっと好きで、けれど他に好きな女性がいるからと諦めていたアーロンからの告白に、アメリアは戸惑いながらも頷くことしか出来なかった。

冤罪で処刑された悪女ですが、死に戻ったらループ前の記憶を持つ王太子殿下が必死に機嫌を取ってきます。もう遅いですが?

六角
恋愛
公爵令嬢ヴィオレッタは、聖女を害したという無実の罪を着せられ、婚約者である王太子アレクサンダーによって断罪された。 「お前のような性悪女、愛したことなど一度もない!」 彼が吐き捨てた言葉と共に、ギロチンが落下し――ヴィオレッタの人生は終わったはずだった。 しかし、目を覚ますとそこは断罪される一年前。 処刑の記憶と痛みを持ったまま、時間が巻き戻っていたのだ。 (またあの苦しみを味わうの? 冗談じゃないわ。今度はさっさと婚約破棄して、王都から逃げ出そう) そう決意して登城したヴィオレッタだったが、事態は思わぬ方向へ。 なんと、再会したアレクサンダーがいきなり涙を流して抱きついてきたのだ。 「すまなかった! 俺が間違っていた、やり直させてくれ!」 どうやら彼も「ヴィオレッタを処刑した後、冤罪だったと知って絶望し、時間を巻き戻した記憶」を持っているらしい。 心を入れ替え、情熱的に愛を囁く王太子。しかし、ヴィオレッタの心は氷点下だった。 (何を必死になっているのかしら? 私の首を落としたその手で、よく触れられるわね) そんなある日、ヴィオレッタは王宮の隅で、周囲から「死神」と忌み嫌われる葬儀卿・シルヴィオ公爵と出会う。 王太子の眩しすぎる愛に疲弊していたヴィオレッタに、シルヴィオは静かに告げた。 「美しい。君の瞳は、まるで極上の遺体のようだ」 これは、かつての愛を取り戻そうと暴走する「太陽」のような王太子と、 傷ついた心を「静寂」で包み込む「夜」のような葬儀卿との間で揺れる……ことは全くなく、 全力で死神公爵との「平穏な余生(スローデス)」を目指す元悪女の、温度差MAXのラブストーリー。

処理中です...