【完結】侯爵令嬢に毒された婚約者は、全てを失ってから私に縋る

恋せよ恋

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呪いのような新婚生活

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 北の地からの報告は、アルベルト様を通じて私の元に届いていた。

「……エレナ様は毎日、鏡を叩き割って泣き叫び、カイル様は酒に溺れようにも金がなく、村の荒れ仕事で泥まみれになっている、と」

 アルベルト様が差し出した報告書を、私は静かに閉じた。
 かつてあれほど私を苦しめた二人の惨状を聞いても、胸に去来するのは、復讐の喜びではなく、ただただ深い虚無感だった。

「リリア。まだ、彼らの影に怯えているのか?」
 庭園の東屋で、アルベルト様が私の手の上に、自らの大きな手を重ねた。春の陽光が、彼が用意してくれた最高級の茶葉の香りをふわりと立たせる。

「いいえ。……ただ、あんなに美しかった二人が、どうしてあそこまで醜くなってしまったのか。それが悲しいだけですわ」
「彼らは変わったのではない。隠していた本性が、皮を剥がされて露わになっただけだ。カイルは己の虚栄心に、エレナは己の強欲に、自分自身で食い荒らされたのだよ」

 アルベルト様の言葉は厳しい。けれど、その瞳は私を見つめる時だけ、驚くほど柔らかく細められる。
「君は、もうあの泥沼を振り返る必要はない。……リリア、明日の夜会のドレスは、もう決まったかな?」

 明日の夜会。それは、私とアルベルト様の正式な婚約お披露目の場だ。
 アルベルト様は、私がカイルに婚約破棄を言い渡されたあの最悪の夜会を、最高の記憶で塗り替えようとしてくれていた。

「はい。アルベルト様が贈ってくださった、あの空色のドレスを」
「……ああ、よく似合うはずだ。君の瞳の色と同じ、澄んだ色だからね」
 彼は私の指先に、慈しむように口づけを落とした。

 カイル様の口づけは、いつもどこか自分への酔いを感じさせるものだった。けれど、アルベルト様の触れ方は、まるでもろい宝物を扱うかのような、切ないほどの誠実さに満ちている。

 その日の午後、私はかつてカイル様と歩いた学院の並木道を一人で歩いてみた。
 以前は、彼の不機嫌そうな顔を伺い、エレナ様の影に怯えながら歩いた道。けれど今は、風の音や花の香りが、こんなにも鮮やかに感じられる。

「リリア様!」
 ふと声をかけられ振り返ると、カイル様の実家の元使用人が立っていた。彼は申し訳なさそうに、一通の汚れた手紙を差し出してきた。

「カイル坊ちゃ……いえ、カイル様から、プレストン家に届いたものです。旦那様は『焼き捨てろ』と仰いましたが、どうしてもリリア様に一言謝りたいと書かれていたようで……」
 私は迷った末に、その手紙を受け取った。

 そこには、かつての流麗な筆跡は影も形もない、震える文字で、恨み言と後悔が書き連ねられていた。

『リリア、助けてくれ。あいつ(エレナ)は狂っている。僕を召使いのように扱い、毎日罵倒するんだ。食い物もまともにない。君が作ってくれたあのスープが食べたい。僕が悪かった。君こそが僕の女神だったんだ。今すぐアルベルトに言って、僕をここから連れ出してくれ——』

 読み進めるうちに、私は乾いた笑い声を漏らしてしまった。

 彼は、最後まで分かっていない。私に助けを求めるその浅ましさが、どれほど私を失望させるか。
 彼は「愛」を取り戻したいのではない。ただ、今の「不遇」から逃げるために、かつて自分を無償で愛した女を、また「都合のいい道具」として利用しようとしているだけなのだ。

 私はその手紙を、読み終えると同時に細かく破り捨てた。春風に舞い散る紙片は、まるで私の心の中に残っていた最後の未練の破片のようだった。

「さようなら、カイル様。貴方が求めているリリアは、もうどこにもいないわ」

 夕暮れ時、迎えに来てくれたアルベルト様の馬車に乗り込む。彼は私の手を取り、少しだけ心配そうに私の顔を覗き込んだ。

「顔色が悪いようだが。……何かあったか?」
「いいえ。……ただ、とても清々しい気分なのです」
 私は彼に寄り添い、その胸に顔を埋めた。アルベルト様の鼓動は、力強く、そして穏やかだ。
この鼓動こそが、私のこれからの人生を支えるリズムになるのだ。

「明日は、世界で一番幸せな婚約者にしてみせる」
 アルベルト様の囁きに、私は心の底から微笑んだ。

 北の空の下、互いを呪い合う二人の未来は、もう私の人生とは一秒も交差することはない。
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