【完結】侯爵令嬢に毒された婚約者は、全てを失ってから私に縋る

恋せよ恋

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ゴミ溜めの新婚生活

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 王都から馬車で一週間。辿り着いたのは、雪が深く降り積もる北の果ての離宮――とは名ばかりの、石造りの古びた監獄のような館だった。

「……何よ、これ。冗談でしょう?」
 馬車から降りたエレナが、泥の跳ね返ったドレスの裾を摘み上げながら絶叫した。

 かつて彼女の周囲を飾っていた豪華な宝石や、大勢の侍女たちは一人もいない。あるのは、吹き抜ける隙間風と、カビの臭いが漂う冷え切った広間だけだった。

「エレナ様、お気をつけて。……くそっ、なんて寒さだ。誰かいないのか! 暖炉をつけろ!」
 カイルが虚勢を張って叫ぶが、返ってくるのは虚しい木霊だけだ。

 侯爵閣下から言い渡されたのは、「二人きりでの自給自足の生活」。名目上の夫婦として放り出された二人に、世話をする使用人など用意されているはずもなかった。

「誰に向かって指図しているの、この無能! そもそもあなたが、あんな場所で婿入りなんて口走らなければ、お父様だってここまで怒らなかったはずよ!」
「なんだと!? 僕は君が『アルベルトなんて冷徹な男は捨てて、あなたを選ぶ』と言ったから……!」

「社交辞令に決まっているでしょう、そんなの! あなたみたいな単純な男、ちょっと耳元で囁けばすぐに尻尾を振るから、面白くてからかってあげただけよ!」
 エレナの口から飛び出したのは、カイルの魂を切り刻むような真実だった。

 カイルの顔から血の気が引いていく。彼は、リリアという誠実な婚約者を捨て、家も地位も、騎士としての誇りさえもすべてを賭けて、彼女の「遊び」に全振りしたのだ。その結果が、この凍える廃屋での二人暮らしだった。

「……遊び? からかっただけだと? 僕は君のために、リリアを捨てたんだぞ! 彼女は僕に尽くしてくれていたのに!」
「今さら何を言っているの? 自分の色欲に負けて、女に溺れたのはあなたでしょう。あんな地味な女、私がいなくてもそのうち捨てていたくせに!」

 エレナの言葉に、カイルは激昂して彼女の肩を掴んだ。だが、エレナも負けてはいない。彼女は鋭い爪でカイルの手を振り払い、その頬を強く打ち据えた。

「触らないで! 穢らわしい……。ああ、最悪。どうして私が、こんな貧乏騎士の次男坊と一生を過ごさなきゃいけないの。アルベルト様の方が、よっぽどマシだったわ」
 カイルは頬を押さえながら、憎しみに満ちた目で彼女を睨みつけた。

 かつて「情熱的な瞳」と称賛したその目は、今や自分の人生を台無しにした魔女への殺意に染まっていた。

 二人は、その夜から別の部屋に閉じこもった。

 食事と言っても、支給されるのは最低限の乾パンと塩漬けの肉だけ。王都では贅の限りを尽くしていたエレナは、慣れない手つきで火を起こそうとして顔を煤だらけにし、カイルは凍える手で薪を割りながら、かつてリリアが淹れてくれた温かいお茶の味を思い出しては、嗚咽を漏らした。

「リリア……リリア……。僕は、なんてことを……」
 雪の降る夜、カイルは冷たい床にうずくまり、届くはずのない名前を呼ぶ。

 だが、彼が扉の向こうに求める安らぎは、もう二度と戻らない。
 隣の部屋からは、エレナが「お父様のバカ!」「アルベルト様、助けて!」と狂ったように叫び、壁を叩く音が聞こえてくる。

 二人は知っていた。この憎しみ合う生活が、死ぬまで続くということを。
 侯爵家は二人を「死んだもの」として扱い、世間から隔離した。逃げ出そうにも、周囲は険しい山と狼の群れだけだ。

 互いを呪い、罵り合い、かつての栄光を思い返しては絶望する。
 それこそが、アルベルトが用意し、侯爵が容認した、二人への「一生終わらない刑罰」だった。

 一方、その頃。王都では、新しい季節の訪れを告げる準備が始まっていた。
 北の地獄のような静寂とは対照的に、リリアの周囲には、穏やかで温かい光が満ち始めていた。
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