【完結】侯爵令嬢に毒された婚約者は、全てを失ってから私に縋る

恋せよ恋

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崩れ去る砂の城

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「嘘だ……こんなの、何かの間違いだ!」
 夜会が終わった後の応接室。カイルの声は、もはや騎士の威厳など微塵も感じられない、惨めな悲鳴となっていた。

 彼の前には、冷徹な表情のアルヴィス侯爵と、軽蔑を隠そうともしないプレストン男爵——カイルの実父が立っていた。

「間違いではない、カイル。お前が侯爵家の権威を私物化し、不貞を働いた事実は、多くの貴族の目の前で証明されたのだ」
 実父の言葉に、カイルは激しく首を振った。

「父上! 僕はエレナ様に誘われたんだ! 彼女が婿に来いと言ったんだ!」
「黙れ、見苦しい! 侯爵令嬢の気まぐれな戯言を真に受けて、婚約者であるリリア嬢を公然と辱めるとは……プレストン家の恥さらしめ!」

 一方、ソファに深く腰掛けたエレナ様は、爪を眺めながら退屈そうに欠伸をしていた。彼女にとって、カイルがどれほど窮地に立たされようと、既に「飽きた玩具」の末路などどうでもいいのだ。
「お父様、もういいじゃない。こんな男、さっさと追い出せば……」

「エレナ、お前もだ」
 侯爵の低い声が響く。エレナ様が不機嫌そうに顔を上げた。
「お前は、我が家とローゼンバーグ家の同盟を決定的に破壊した。もはや、お前に相応しい嫁ぎ先など、この国にはどこにもない」

「な……なんですって?」
「幸い、お前が弄んでいたその男……カイル・プレストンとの仲は、既に周知の事実だ。よって、お前たちは二人セットで、我が領地の最果て、荒れ果てた北の離宮へ送る。そこで二人、望み通り『夫婦』として暮らすがいい」

 その宣告に、カイルとエレナ様の顔が同時に引き攣った。
「結婚!? 私が、こんな、ただの騎士の次男坊と!?」
「僕が、没落同然の扱いで、この女と……!?」

 二人は互いを見合い、同時に嫌悪感を露わにした。昨夜まで「情熱的な恋人」を演じていた二人の間には、もはや汚泥のような憎しみしか残っていなかった。

「お前たちが撒いた種だ。責任を取れ。……それからカイル、お前はプレストン家から廃嫡する。リリア嬢への慰謝料として、お前の相続分はすべて彼女の家へ譲渡されることになった」
 カイルは崩れ落ちた。夢見た侯爵家の椅子どころか、実家の居場所も、将来の財産も、すべてを失ったのだ。

 一方、私は廊下でアルベルト様と共にその沙汰を待っていた。部屋から漏れ聞こえる二人の罵り合いを聞きながら、私は深く息を吐いた。

「……終わったのですね」
「ああ。自業自得という言葉すら、彼らには生温い」
 アルベルト様は、私の肩を優しく抱き寄せた。彼の体温が、凍りついていた私の心を溶かしていく。

「リリア嬢。君の心から、あの男の影は消えたか?」
「はい。今はもう、どうしてあんな人を信じていたのか、不思議なくらいですわ」
 私は正直な気持ちを口にした。愛が憎しみに変わったのではない。ただ、あまりにも愚かな姿を見せつけられたことで、彼に対する感情そのものが「無」に帰したのだ。

「そうか。ならば、これからは私のことだけを見てくれないか」
 アルベルト様の真剣な眼差しに、私の胸が高鳴った。

 彼はエレナ様の不貞をずっと静観していた。それは、彼女への愛がなかったからだけではない。リリアをこの地獄から救い出し、自らの手元に引き寄せるための、長い沈黙だったのだ。

「私は、君が庭園で一人、カイルを待っていた頃から知っていた。君の献身も、優しさも、そして……報われない想いに耐えていた強さも」
「アルベルト様……」

「これからは、私が君を守る。政略ではなく、私の意志として……君をローゼンバーグ伯爵家に迎えたい」
 その言葉は、カイルが口にしていた軽薄な甘言とは正反対の、重く、確かな響きを持っていた。

 私は、彼の差し伸べられた手を取り、静かに微笑んだ。
「……謹んで、お受けいたします。アルベルト様」

 背後の部屋からは、なおも「お前のせいだ!」「この無能!」と罵り合う二人の声が聞こえていたが、今の私には、それは遠い異国の騒音のようにしか感じられなかった。
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