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夜会での小さな違和感
数日後、王宮で開催された春の夜会。
豪奢なシャンデリアが輝き、着飾った貴族たちが談笑する中で、私は完璧な「献身的な婚約者」を演じていた。
「フレデリック様、あちらに財務卿がお見えですわ。以前、ベルトラン侯爵家が関心を持たれていた関税の件、今がご挨拶の好機ではありませんか?」
私は甲斐甲斐しくフレデリックの胸元を整え、彼が最も得意とする「仕事のできる貴族」の場をお膳立てしてあげる。
フレデリックは、鼻を鳴らして傲慢に頷いた。
「ふむ、気が利くじゃないか。君は黙って僕の後ろを歩いていればいい」
彼は私の手助けを当然の権利として受け取り、さも自分の実力であるかのように財務卿の元へ歩き出す。その後ろ姿を見送りながら、私は周囲の視線が自分に集まるのを感じていた。
「……ダイアナ様は、本当においたわしいわね」
「ええ。ベルトラン侯爵家の苦しい台所事情を支えているのはローゼンタール公爵家なのに。フレデリック様は、ご自分がダイアナ様にどれほど依存しているか、気づいていらっしゃらないのかしら」
壁際で囁き合う令嬢たちの声。
これだ。周囲はまだ、私がフレデリックを「心から愛し、尽くしている」と信じている。そして、そんな私の献身を踏みにじるフレデリックへの反感は、少しずつ、着実に積もっていた。
そこへ、場をわきまえない明るい声が響く。
「フレデリック様! あちらのテラスに珍しいお花が咲いていてよ。私、どうしてもお話をお聞きしたくて……」
現れたのはアグネスだ。
彼女は、婚約者である私が隣にいることなど無視して、フレデリックの腕に絡みついた。
公の場で、他家の婚約者にここまで露骨に触れるのは、本来なら社交界での致命的なマナー違反。しかし、アグネスは「ダイアナから奪っている」という全能感に酔いしれ、周囲の冷ややかな視線に気づいてさえいない。
フレデリックもまた、私の「献身」を当たり前のものとして軽視する一方で、アグネスの「甘い誘惑」こそが自分の男としての価値を証明するものだと思い込んでいる。
「やあ、アグネス嬢。『 珍しい花』か、いいだろう。ダイアナ、僕は少し席を外す。君は適当に壁の花にでもなっているがいい」
フレデリックが放った無神経な言葉に、周囲の貴族たちが一瞬、静まり返った。
あまりに露骨な軽視。あまりに不誠実な態度。
私はわざと、顔を青ざめさせ、震える唇を噛み締めてみせた。
「……はい、フレデリック様。お気をつけて」
寂しげに微笑み、二人を見送る私の姿は、誰の目から見ても「不実な婚約者に耐え忍ぶ悲劇の令嬢」そのものだった。
アグネスは去り際、私を振り返って勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
(見て、ダイアナ。あなたがどんなに甲斐甲斐しく尽くしても、彼はそれを当然の権利として消費するだけ。そこに愛なんてないのよ。でも私には違う、彼は私を『特別』だと思って選んでくれたの。あなたの席は、もう私のものよ)
そんな声が聞こえてきそうだ。
けれど、アグネス。あなたは気づいてさえいない。
あなたが今、得意顔で腕を組んでいるその男の衣装一式が、私のポケットマネーで支払われたものであることに。
そして今、この会場にいる重鎮たちの目に、あなたが「友人の婚約者を公然と誘惑する品性のない泥棒猫」として刻み込まれたことに。
私は一人、壁際へ下がり、差し出されたシャンパンを口にした。
「……ダイアナ嬢。……大丈夫かね?」
声をかけてきたのは、王国の法務を司るエリオット侯爵だった。彼は私の亡き父の友人でもあり、厳格な人物として知られている。
「エリオット閣下……。お見苦しいところを。失礼いたしました」
「いや……君がどれほどベルトラン家のために心を砕いているか、我々は知っている。だが、度が過ぎるのではないか? あのような無礼、許されるものではない」
「フレデリック様は、少し自由な方なのです。私が至らないばかりに……」
私は俯き、健気な婚約者の仮面を突き通した。
これでいい。
周囲の「同情」が「フレデリックへの怒り」に変わる時、私の婚約破棄は「正当な権利」として、誰からも祝福されるものになる。
テラスの方からは、アグネスの甘ったるい笑い声が聞こえてくる。
彼女は、自分が「ダイアナの宝物」を奪った快感に浸っているけれど。
その実、彼女が奪っているのは、社交界での自分の居場所と、実家の未来そのものだというのに。
私は、冷えたグラス越しに二人を見つめた。
違和感は、やがて確信に変わる。そして、私が「愛想を尽かした」と宣言する舞台は、もうすぐ整う。
「さあ、もっと踊りなさい。二人とも」
私は静かに、次の駒を動かした。
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📢新連載🌹【婚約者は最低なのに、どうしても嫌いになれない】
豪奢なシャンデリアが輝き、着飾った貴族たちが談笑する中で、私は完璧な「献身的な婚約者」を演じていた。
「フレデリック様、あちらに財務卿がお見えですわ。以前、ベルトラン侯爵家が関心を持たれていた関税の件、今がご挨拶の好機ではありませんか?」
私は甲斐甲斐しくフレデリックの胸元を整え、彼が最も得意とする「仕事のできる貴族」の場をお膳立てしてあげる。
フレデリックは、鼻を鳴らして傲慢に頷いた。
「ふむ、気が利くじゃないか。君は黙って僕の後ろを歩いていればいい」
彼は私の手助けを当然の権利として受け取り、さも自分の実力であるかのように財務卿の元へ歩き出す。その後ろ姿を見送りながら、私は周囲の視線が自分に集まるのを感じていた。
「……ダイアナ様は、本当においたわしいわね」
「ええ。ベルトラン侯爵家の苦しい台所事情を支えているのはローゼンタール公爵家なのに。フレデリック様は、ご自分がダイアナ様にどれほど依存しているか、気づいていらっしゃらないのかしら」
壁際で囁き合う令嬢たちの声。
これだ。周囲はまだ、私がフレデリックを「心から愛し、尽くしている」と信じている。そして、そんな私の献身を踏みにじるフレデリックへの反感は、少しずつ、着実に積もっていた。
そこへ、場をわきまえない明るい声が響く。
「フレデリック様! あちらのテラスに珍しいお花が咲いていてよ。私、どうしてもお話をお聞きしたくて……」
現れたのはアグネスだ。
彼女は、婚約者である私が隣にいることなど無視して、フレデリックの腕に絡みついた。
公の場で、他家の婚約者にここまで露骨に触れるのは、本来なら社交界での致命的なマナー違反。しかし、アグネスは「ダイアナから奪っている」という全能感に酔いしれ、周囲の冷ややかな視線に気づいてさえいない。
フレデリックもまた、私の「献身」を当たり前のものとして軽視する一方で、アグネスの「甘い誘惑」こそが自分の男としての価値を証明するものだと思い込んでいる。
「やあ、アグネス嬢。『 珍しい花』か、いいだろう。ダイアナ、僕は少し席を外す。君は適当に壁の花にでもなっているがいい」
フレデリックが放った無神経な言葉に、周囲の貴族たちが一瞬、静まり返った。
あまりに露骨な軽視。あまりに不誠実な態度。
私はわざと、顔を青ざめさせ、震える唇を噛み締めてみせた。
「……はい、フレデリック様。お気をつけて」
寂しげに微笑み、二人を見送る私の姿は、誰の目から見ても「不実な婚約者に耐え忍ぶ悲劇の令嬢」そのものだった。
アグネスは去り際、私を振り返って勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
(見て、ダイアナ。あなたがどんなに甲斐甲斐しく尽くしても、彼はそれを当然の権利として消費するだけ。そこに愛なんてないのよ。でも私には違う、彼は私を『特別』だと思って選んでくれたの。あなたの席は、もう私のものよ)
そんな声が聞こえてきそうだ。
けれど、アグネス。あなたは気づいてさえいない。
あなたが今、得意顔で腕を組んでいるその男の衣装一式が、私のポケットマネーで支払われたものであることに。
そして今、この会場にいる重鎮たちの目に、あなたが「友人の婚約者を公然と誘惑する品性のない泥棒猫」として刻み込まれたことに。
私は一人、壁際へ下がり、差し出されたシャンパンを口にした。
「……ダイアナ嬢。……大丈夫かね?」
声をかけてきたのは、王国の法務を司るエリオット侯爵だった。彼は私の亡き父の友人でもあり、厳格な人物として知られている。
「エリオット閣下……。お見苦しいところを。失礼いたしました」
「いや……君がどれほどベルトラン家のために心を砕いているか、我々は知っている。だが、度が過ぎるのではないか? あのような無礼、許されるものではない」
「フレデリック様は、少し自由な方なのです。私が至らないばかりに……」
私は俯き、健気な婚約者の仮面を突き通した。
これでいい。
周囲の「同情」が「フレデリックへの怒り」に変わる時、私の婚約破棄は「正当な権利」として、誰からも祝福されるものになる。
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彼女は、自分が「ダイアナの宝物」を奪った快感に浸っているけれど。
その実、彼女が奪っているのは、社交界での自分の居場所と、実家の未来そのものだというのに。
私は、冷えたグラス越しに二人を見つめた。
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