政略結婚した浮気男が、今さら本気で愛を囁いてきます!

恋せよ恋

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かつての婚約者

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 王立セレスト学院の中庭は春の陽だまりの中で、アリシア・モット伯爵令嬢はいつものように婚約者のアルベールを探していた。
 彼がどこにいても、誰と話していても、目が自然と追いかけてしまう。
 周囲の令嬢たちはそんな彼を「学院一のモテ男」と呼んだ。それが誇らしくもあり、同時に、苦しかった。

 アルベールはいつも艶やかに笑っていた。金の髪が光を弾き、気取らずに貴婦人候補たちへ軽やかに言葉をかける。
 唇を寄せて冗談めかすキス。
 彼にとっては社交の延長でも、アリシアにとっては胸を抉るような行為だった。

(私は婚約者なのに……どうして、わたしだけを見てくれないの?)

 何度も泣きながら庭園を走り去った。
 彼女の涙を拭ったのは、静かな瞳の子爵家の息子――ジュリアン・セルヴァンだった。

「泣かなくていい。君が誰かを好きで傷つくなんて、もったいないよ」

 その言葉が、救いだった。
 優しい声、差し伸べられた手。
 いつしかその温もりを、求めるようになっていった。

 アルベールの浮気と、アリシアの心の揺れ。
 それが学院を卒業と同時に“婚約解消”という形で幕を閉じたとき、彼は何も言わなかった____ただ、微笑んでいた。



 婚約解消から半年後、アリシアはジュリアン子爵令息との婚約を公にし、三ヶ月後に結婚を控えていた。
 
 それでも――夜会でアルベールを見つけた瞬間、胸の奥が焼けるように痛む。

(……やっぱり、忘れられない)

 人垣の向こうで笑う彼は、昔と同じ。
 いや、昔よりもずっと妖艶で華やかでひどく魅力的に見えた。

 彼女の心は、ジュリアンとの未来と、過去の恋の間で揺れていた。
 アルベールの視線が一瞬だけこちらを掠めるーーーアリシアの心臓が跳ねる。

 偶然、街で買い物をするアルベールを見かけた。けれど彼は洗練された美貌の女性――金髪の令嬢、ロクサーヌを伴っていた。
 
 (……あの人が、噂の“奥様”)
 胸が締めつけられる。
 唇を噛みしめ、涙を堪える。

 そしてアリシアは思う。
 「わたしは、きっとあの人の浮気な性分を一生許せない」
 けれど同時に――
 「わたしは、きっとあの人を一生好きなままなのだ」と。



 煌びやかな舞踏会も終盤。
 人々が少しずつ会場を後にしていく中、アリシアはまだそこに立っていた。

 シャンデリアの光が遠のき、
 彼女の耳にはワルツの名残が微かに流れている。

 ――見つけた。

 柱の影に立つアルベール。
 黒の燕尾服に金の髪、淡く笑うその姿は、昔と少しも変わっていなかった。

 気づけば足が動いていた。
 理性が「やめなさい」と叫ぶのに、心が「もう一度だけ」と懇願していた。

「……アルベール様」

 その声に、彼がゆっくりと振り向く。
 懐かしさが胸を刺した。

「――アリシア?」
 低く、優しい声。
 名前を呼ばれただけで、涙がこぼれそうになる。

「お久しぶりですわ」
「君が来ているとは知らなかった。確か、そろそろ結婚式だろう、おめでとう」

「ありがとうございます」
 そう言いながら、笑おうとするけれど、頬が引きつる。

「...... でも……やっぱり、ずるいですわ」
「ずるい?」
「そんな顔をするから……わたくし、またあなたが好きになってしまうじゃありませんか」

 アルベールが目を見開く。
いったい何を言われたのかわからない...... と言う顔をしていた。けれど、何も言わない。

 アリシアは一歩、彼に近づいた。
 ほんの少し香水の香りが混じる距離。

「あなたが誰かのものになっても、きっとわたくしの中では――ずっと、恋のままなんです」

 震える笑み。
 その瞬間、彼の瞳に呆れが浮かび、ため息をついた。
「……アリシア。君はもう幸せになるべきだ」

「わたしも、そう思いますわ。でも......」と彼女は小さく呟く。
「一度だけでいいの。あなたの目に、昔みたいに映りたかったの」

 そう言って微笑むと、彼女はドレスの裾を翻し、去っていった。

 ――その背中を見送るアルベールの表情は、どこか痛みに満ちていた。
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