赤い糸で結ばれたのに王子はよそ見中!赤髪令嬢のジレジレ恋物語

恋せよ恋

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赤い糸が揺れ止むとき

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「マクシミリアン、気になる令嬢はいたかい? 利発で聡明な令嬢もいたと思うが」
 アレクサンドロ陛下が、王としてではなく、父親としての顔をのぞかせる。

「ふふふ。美しい令嬢が多い世代ね。これからの社交界が華やぎそうだわ」
 エスメラルダ王妃は、笑顔を浮かべていた。

「そうだね。でも、どこか目がギラついている令嬢も多かったな。それぞれの家を背負っているのだから、無理もないけれど」
「僕の時もそうだったけど、みんな殺気立ってて怖かったな」
 兄王子たちも、かつての自分たちの婚約者を決めるお茶会を思い返している。

 アレクサンドロ陛下は、父としての顔で、息子である三人の王子たちを温かな眼差しで見つめていた。
「で、誰が気になった? できるなら、お前の希望に沿う令嬢を、婚約者に選んでやりたいのだが」

「……誰と言われても……全員と話せたわけでもないし……」
 マクシミリアンは、煮え切らない返答を繰り返した。

「それでは、数名の令嬢を選んで、改めて茶会を開こう。気になる令嬢を何名か考えておきなさい」
 アレクサンドロ陛下の言葉を受け、初のお茶会は終了した。



 マクシミリアンは、二人の兄に婚約者選びについて相談していた。

「……何を基準に選べばいいの? 兄上たちは、どうやって婚約者を選んだの?」

 王太子である第一王子エイドリアンは十七歳。
 婚約者のエマニュエル・レーヴェン公爵令嬢とは、七歳の頃に婚約している。同い年ということもあり、周囲からは仲睦まじい婚約者同士として知られていた。

「ああ。僕とエマニュエルの場合は、国王と王妃となるための政略だ。
 次期国王となる僕にとって、レーヴェン公爵家は後ろ盾として最適だったからね。
 もちろん、最終的にエマニュエルを選んだのは僕自身だよ。
 彼女の知性と、凜とした在り方に……自然と惹かれたんだ」

 エイドリアンは、王太子らしい落ち着いた口調でそう語った。

「エイディ兄上、それじゃあマックスの“初恋”がなくなっちゃうじゃないか。
 もう少し、夢を見せてあげてもいいと思うよ?」

 十三歳の第二王子ルードヴィヒが、くすりと苦笑して口を挟む。

「じゃあ、ルディ兄様は?
 兄様とパトリシア侯爵令嬢の婚約は……兄様が、パトリシア嬢を選んだの?」

「うん。お茶会に参加していた令嬢の中で、パトリシアが一番、優秀だったからね」

 ルードヴィヒは、肩の力を抜いた様子で答える。

「僕はいずれ臣下として、兄上の治世を支える立場になる。
 その点で言えば、ベルフォード侯爵家は、その役割を十分に果たせる家柄だったしね」

 マクシミリアンは、兄たちの話を聞きながら、眉間にわずかにしわを寄せた。

「それじゃあ……僕も、エイディ兄様を支える家門の令嬢を選ぶべきなの?
 ……ルディ兄様とは、違う派閥から選んだ方がいいのかな」

 二人の兄は顔を見合わせ、同時に苦笑を浮かべてから、マクシミリアンを見た。

「マックス、そこまで考えなくていいよ。
 ――好きな子を、選びなさい」

「そうだね。父上と母上が選んだ令嬢たちだ。
 どの家を選んだとしても、後ろ盾としても、君の婿入り先としても申し分ない」

「……わかった。よく、考えてみるよ」

 そう答えたとき――
 『好きな子を選びなさい』という言葉とともに、マクシミリアンの脳裏に浮かんだのは、
 赤い髪の、あの子の笑顔だった。




 二週間後の王宮白薔薇の庭園。
 陽射しは柔らかく、爽やかな風が白薔薇の芳しい香りを運んで吹き抜けていた。
 お茶会が始まると、三名の令嬢たちの間には、表向きは和やかな空気が流れる。

「今日は、わざわざ登城してくれてありがとう。先日の茶会では人数が多く、十分にお話もできなかったでしょう。ですから今日は、あらためて交流を持ってもらおうと思って」

 エスメラルダ王妃は、隣に並ぶマクシミリアンの肩にそっと手を置き、
集まった令嬢たちへと、美しい微笑みを向けながら語りかけた。

「マクシミリアン。前回のお茶会で顔合わせは済んでいるけれど、あらためて紹介するわね。
 こちらは――」

 王妃は一人ずつ名を呼ぶ。

「ベルフォード公爵家のキンバリー嬢。
 ボルジア侯爵家のパトリシア嬢。
 そして、ラッセル侯爵家のアリアドネ嬢。」
 三名の令嬢が紹介された。

「今日は皆さんと、じっくり交流してね。それでは、美味しいお菓子もたくさん用意しましたから、どうぞ楽しんでちょうだい」
 王妃は最後にマクシミリアン殿下へ意味ありげな視線を向けると、その場を後にした。

 アリアドネは、そっと小指に視線を落とす。
 赤い糸は揺れ、くっついては離れ、そよぐようにマクシミリアン殿下の小指へと触れていた。

(……やっぱり、マクシミリアン殿下が運命の相手だわ)

 その瞬間、アリアドネは勇気を振り絞り、静かに顔を上げる。
 瞳に明るい笑みを浮かべ、マクシミリアン殿下へと微笑みを向けた。

 王子には、その笑顔の意図はわからない。
 ただ、三人の令嬢の中で、ひときわ目を引く美しい容姿を持つ少女が、自分をまっすぐに見つめていることだけは、はっきりと感じ取れた。

 もちろん――赤い糸の存在など、知る由もない。

 アリアドネの赤い糸は、揺れながらも、確かにマクシミリアンへと触れている。
 それは、見えなくとも確実な、運命の繋がりの証だった。

 マクシミリアンは、わずかに眉をひそめ、戸惑いを滲ませながらアリアドネを見つめ返す。

(……この子、やっぱり綺麗だな。……けど、やけに無邪気に笑うな……?前回は、僕には関心がなさそうだったけど……)

 他の二人の令嬢たちが放つ、張りつめた――殺気立った空気とは対照的に。
 アリアドネの微笑みは柔らかく、風に揺れる白薔薇の花のように、静かに王子の心へと触れていく。

 赤い糸は見えない。
 けれど、運命は確かに動き始めていた。

 二人の未来を、静かに、しかし確実に紡ぎながら――。




 お茶会が終了した後、王妃エスメラルダは、マクシミリアンと静かに向き合っていた。

「それで――どちらの令嬢を、婚約者に指名するか。もう決められた?」
「……はい。……ラッセル侯爵家の、アリアドネ嬢が。」

「ああ。艶やかな赤い髪に、紫の瞳のご令嬢ね。とても美しい令嬢だわ」
 エスメラルダは、穏やかな微笑みを浮かべて続ける。

「それに、ラッセル侯爵家は名門の貴族家で、『縁を誤らぬ家』としても知られている。あなたの婿入り先として、申し分ないわね」
 満足げに、王妃は大きく頷いた。

 こうして、王家からラッセル侯爵家へ、正式な婚約の申し込みがなされた。




 婚約の知らせがラッセル侯爵家に届けられたのは、その日の夕刻だった。

 王家の紋章が刻まれた封蝋を前に、執事が一礼して文書を差し出す。
 それを受け取った父ウォルターは、静かに内容へ目を通し、やがて小さく息をついた。

「……王家より、正式な婚約の申し込みだ」

 その言葉に、室内の空気がわずかに揺れた。

「アリアドネ。マクシミリアン第三王子殿下から、君を婚約者に望むという書状が届いたよ」

 アリアドネは、ゆっくりと瞬きをした。
 驚きはなかった。ただ――胸の奥が、きゅっと締めつけられるような感覚だけがあった。

「はい。お受け……したいです」

 短く答えながら、彼女はそっと、小指へと視線を落とす。

 そこにあった赤い糸は、もう揺れてはいなかった。
 迷うように触れては離れ、そよいでいたあの糸は、今は――確かに、結ばれていた。

 遠く離れた王宮の、その人の小指と。
 ほどけることのない、静かな結び目を作って。

(……これで、選ばれたのね)

 胸の奥に、あたたかな喜びが広がる。
 同時に、その影のように、ほんのわずかな痛みも残った。

 ――選ばれなかった、誰かの未来を。自分は、もう見てしまったのだから。

「アリアドネ?」

 母カトリーヌの声に、はっと顔を上げる。

 母は、いつものように穏やかな表情で娘を見つめていた。
 喜びも、憂いも、その奥に静かに包み込んだまなざしで。

「……大丈夫よ」

 アリアドネは、そう言って微笑んだ。
 赤い糸を見る《見える者》として。そして、マクシミリアンの婚約者として。
 この選択が、誰かを傷つけるものであったとしても――それでも、語らずに抱え、生きていくと。
 その覚悟を、小さな胸に、そっと結びながら。

 申し込みを受けたラッセル侯爵家は、婚約の申し込みを恭しく受諾。
 かくして、アリアドネとマクシミリアンの婚約は、滞りなく成立したのである。

 アリアドネの心は、まだ名も持たぬ感情のまま、運命の赤い糸の相手へと傾いていった。
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