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背伸びする少年と、少女の影
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エドワードが十四歳を迎える頃、王都の社交界はその成長ぶりに沸き立っていた。
かつての病弱な面影は霧散し、すらりと伸びた背筋には鍛錬の成果が宿る。陽光を吸い込む金髪と、強い意志を湛えた青い瞳。彼は一分一秒でも早くフィオーラに追いつくため、己を削るように勉学と剣術に励んでいた。
「見て、エドワード様よ。なんて凛々しいのかしら……」
「年上のランバート侯爵令嬢には、いささか勿体ないくらいですわね」
令嬢たちの無責任な囁きが耳に届くたび、エドワードは心の中で(逆だ、僕が彼女に相応しくなりたいんだ)と、祈るように繰り返す。
しかし、十七歳になり、学園の最高学年として完成された気品を纏うフィオーラを前にすると、積み上げた自信は容易く崩れ去る。彼女の前に立つ自分は、いつまでも「庇護される子供」の域を出ないのではないか。その疑念が胸に溜まっていた。
ある日の午後。エドワードは友人たちと、クラーク伯爵邸のサロンに集まっていた。十四歳という年齢は、少年たちをより具体的で、背伸びした話題へと駆り立てる。
「……でさ、先週末、婚約者と木陰で口付けしちゃったよ。護衛が目を離した隙にね」
ジルバートが誇らしげに語れば、ベルナールが身を乗り出して応じる。
「やるな! わかるよ、侍女たちの目は本当に邪魔だよな。でも、あれがないと最後までしちゃいそうで怖いっていうか、まあ、いいブレーキだよ」
少年たちは、男としての優越感に満ちた顔で笑い合う。
エドワードは冷めた紅茶を口に含み、その輪に入れない己の幼さに、焼け付くような焦燥を感じていた。
(口付け……。僕は、彼女の指先に触れることさえ叶わないのに……)
自分たちはまだ、お茶会で向かい合い、微笑みながら菓子を勧める段階に留まっている。友人たちが享受している「熱い駆け引き」は、今の自分にはあまりに遠い。
そこへ、鈴を転がすような声と共にマリアンヌが姿を現した。
「まあ、皆様。またそんな下世話なお話を?」
十三歳の彼女は、ジルバートの父が再婚した際、男爵未亡人であった母に連れられてきた「後妻の連れ子」だ。伯爵家の籍には入れず、身分は男爵令嬢のまま。その不安定な立ち位置を生き抜く術を、彼女は本能的に理解していた。
マリアンヌは躊躇いなくエドワードの隣に滑り込む。
「エドワード様? なんだか、とっても悲しそうなお顔……」
彼女はエドワードにだけ向けた、湿り気を帯びた親愛を演出する。茶色の髪を揺らし、上目遣いで覗き込むその小さな手が、エドワードの袖をぎゅっと掴んだ。
「お義兄様たちの真似をして、無理に背伸びをなさらなくてもよろしいのですよ。私は、エドワード様が一番素敵だと思います。……たとえ、他の誰かが貴方を『まだ子供だ』と慈しんだとしても。私だけは、一人の殿方としてお慕いしていますわ」
フィオーラから向けられる「光のような眼差し」とは決定的に違う、自分を「男」として縋り付いてくる影の誘惑。
完璧であらねばならない重圧に疲れていたエドワードにとって、その卑小で一方的な賞賛は、甘い毒のように染み渡っていく。
一方、学園の中庭では、フィオーラが親友のエリザベートとティータイムを過ごしていた。
「エドワード様、見違えるようね。あんなに儚げだった子が、今ではすっかりお元気に……」
エリザベートの言葉に、フィオーラは誇らしげに目を細めた。
「ええ。彼が病床で私の手を握りしめていた時から、私の心は決まっているの。成長を隣で見守り、いつか支え合える日を待つのが、今の私の何よりの幸せよ」
「あら、本当に彼を可愛がっているのね。でも、そんなに甘やかしてばかりだと、いつか彼が貴女を追い越して、猛獣になってしまうかもしれないわよ?」
エリザベートのからかいに、フィオーラは可笑しそうに声を上げて笑った。
「まあ、まさか。あんなに優しくて、可愛らしい子が?」
その微笑みに悪意はない。けれど、そこには「自分は彼を導く側である」という絶対的な余裕があった。
その数日後、エドワードとのお茶会で、フィオーラはふと思い出して尋ねてみた。
「エドワード、来週の学園行事のことだけれど。貴方もいずれは入学なさるのだし、お迎えに上がってもいいかしら? 案内もして差し上げたいの」
エリザベートから「エドワード様は上級生の貴女を頼りにしているはずよ」と言われたことを、そのまま親切心として受け止めての提案だった。
しかし、その「当たり前の厚意」が、今のエドワードにとってどれほど鋭い刃になるか、彼女はまだ気づいていなかった。
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かつての病弱な面影は霧散し、すらりと伸びた背筋には鍛錬の成果が宿る。陽光を吸い込む金髪と、強い意志を湛えた青い瞳。彼は一分一秒でも早くフィオーラに追いつくため、己を削るように勉学と剣術に励んでいた。
「見て、エドワード様よ。なんて凛々しいのかしら……」
「年上のランバート侯爵令嬢には、いささか勿体ないくらいですわね」
令嬢たちの無責任な囁きが耳に届くたび、エドワードは心の中で(逆だ、僕が彼女に相応しくなりたいんだ)と、祈るように繰り返す。
しかし、十七歳になり、学園の最高学年として完成された気品を纏うフィオーラを前にすると、積み上げた自信は容易く崩れ去る。彼女の前に立つ自分は、いつまでも「庇護される子供」の域を出ないのではないか。その疑念が胸に溜まっていた。
ある日の午後。エドワードは友人たちと、クラーク伯爵邸のサロンに集まっていた。十四歳という年齢は、少年たちをより具体的で、背伸びした話題へと駆り立てる。
「……でさ、先週末、婚約者と木陰で口付けしちゃったよ。護衛が目を離した隙にね」
ジルバートが誇らしげに語れば、ベルナールが身を乗り出して応じる。
「やるな! わかるよ、侍女たちの目は本当に邪魔だよな。でも、あれがないと最後までしちゃいそうで怖いっていうか、まあ、いいブレーキだよ」
少年たちは、男としての優越感に満ちた顔で笑い合う。
エドワードは冷めた紅茶を口に含み、その輪に入れない己の幼さに、焼け付くような焦燥を感じていた。
(口付け……。僕は、彼女の指先に触れることさえ叶わないのに……)
自分たちはまだ、お茶会で向かい合い、微笑みながら菓子を勧める段階に留まっている。友人たちが享受している「熱い駆け引き」は、今の自分にはあまりに遠い。
そこへ、鈴を転がすような声と共にマリアンヌが姿を現した。
「まあ、皆様。またそんな下世話なお話を?」
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彼女はエドワードにだけ向けた、湿り気を帯びた親愛を演出する。茶色の髪を揺らし、上目遣いで覗き込むその小さな手が、エドワードの袖をぎゅっと掴んだ。
「お義兄様たちの真似をして、無理に背伸びをなさらなくてもよろしいのですよ。私は、エドワード様が一番素敵だと思います。……たとえ、他の誰かが貴方を『まだ子供だ』と慈しんだとしても。私だけは、一人の殿方としてお慕いしていますわ」
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完璧であらねばならない重圧に疲れていたエドワードにとって、その卑小で一方的な賞賛は、甘い毒のように染み渡っていく。
一方、学園の中庭では、フィオーラが親友のエリザベートとティータイムを過ごしていた。
「エドワード様、見違えるようね。あんなに儚げだった子が、今ではすっかりお元気に……」
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「ええ。彼が病床で私の手を握りしめていた時から、私の心は決まっているの。成長を隣で見守り、いつか支え合える日を待つのが、今の私の何よりの幸せよ」
「あら、本当に彼を可愛がっているのね。でも、そんなに甘やかしてばかりだと、いつか彼が貴女を追い越して、猛獣になってしまうかもしれないわよ?」
エリザベートのからかいに、フィオーラは可笑しそうに声を上げて笑った。
「まあ、まさか。あんなに優しくて、可愛らしい子が?」
その微笑みに悪意はない。けれど、そこには「自分は彼を導く側である」という絶対的な余裕があった。
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