三歳年下の婚約者は、嘘を覚えた

恋せよ恋

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すれ違う二人

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 王都の社交界において、フィオーラ・ランバート侯爵令嬢とエドワード・フィッチモ公爵令息の婚約は、誰もが微笑む「美しい物語」だった。

 かつて病弱だった少年を献身的に支え、立派な青年に育て上げた年上の婚約者。その構図はあまりに完成されており、それゆえに当事者であるエドワードの胸に潜む「歪み」に気づく者は誰もいなかった。

 十四歳。少年から青年へと脱皮する過渡期にあるエドワードにとって、三歳の年の差は絶望的な断絶に感じられていた。

 ある日の茶会で、最上級生として学園生活を謳歌しているフィオーラが、いつもの慈愛に満ちた微笑みで切り出した、婚約者としての義務と喜びを感じての発言が、エドワードには別の意味を持って響いた。

(まただ。彼女は僕を、いつまでも守られるべき『子供』としてしか見ていない)

 ジルバートたちが語るような、男として女を守り、時には強引に口付けるような関係。それを望んでいる自分を、彼女は欠片も想像していないのだ。

「……大丈夫。案内なら不要だよ、フィオーラ。同年代の友人たちと一緒だから。貴女の手を煩わせるほど、僕は幼くないから……」
 冷ややかな拒絶。フィオーラの瞳が驚きに揺れるのを見ても、エドワードの胸に湧いたのは後悔ではなく、ちりりとした復讐心に近い高揚だった。


 数日後、学園では公開行事である「春の園遊会」が催された。
 エドワードは宣言通り、フィオーラの迎えを断り、ジルバートら友人たち、そしてその婚約者たちと連れ立って学園を訪れた。その隣には、当然のようにマリアンヌが寄り添っている。

「エドワード様、見てくださいな! あちらの花壇、とっても素敵ですわ」
 マリアンヌは、エドワードの腕に遠慮なく自身の細い腕を絡ませる。彼女にとって、エドワードは「野心を叶えるための相手」だが、同時に好意も抱いていた。今、彼女は『可愛い友人の義妹』と言う役割を完璧に演じていた。

(フィオーラが見てくれたらいいな。僕を、一人の男として慕う女がいるのだと知れば、彼女も少しは焦るだろうから……)

 エドワードは、マリアンヌを突き放さなかった。むしろ、彼女をエスコートする「男」としての振る舞いを周囲に見せつけるように歩いた。


 やがて、噴水広場で最上級生たちの輪が見えた。中心にいたのは、フィオーラだ。
 彼女の隣には、同じく最高学年の令息たちが並んでいる。彼らは皆、エドワードにはない逞しい体躯をもち、洗練された語り口で談笑していた。彼らがフィオーラに向ける視線は、明らかに「女」を尊ぶ男のそれだ。

「フィオーラ嬢、次の観劇の予定は? 君の隣を予約したいのだが」
 一人の令息がフィオーラの指先に軽く唇を寄せ、冗談めかして囁く。フィオーラはそれを慣れた様子で、淑女らしい余裕をもって受け流した。

 その光景に、エドワードの心臓は激しく波打った。

(知らない。僕の知らない彼女だ。僕に向ける『姉』の顔じゃない、大人の男たちと対等に渡り合う、一人の女の顔をしている)

 遠くから見つめるフィオーラの姿は、あまりに眩しく、そして残酷なほど「大人」だった。自分がどんなに背伸びをしても届かない、成熟した社交の場。そこにいる彼女にとって、自分との約束や「案内」など、やはり子供への奉仕でしかなかったのだと思い知らされる。


 一方、フィオーラもまた、群衆の中にエドワードの姿を見つけていた。しかし、彼女が目を止めたのは、再会を喜ぶ心ではなかった。

(……ああ。あんなに楽しそうに笑って)

 エドワードの隣には、可憐な少女――マリアンヌがぴったりと寄り添っている。二人は、同じ若さという輝きを共有し、年相応の瑞々しい空気感を纏っていた。

 マリアンヌの屈託のない笑い声と、それに優しく応えるエドワードの横顔。それは、フィオーラがどんなに望んでも彼に与えてやれない、「若さゆえの純粋な連帯」だった。

(私と一緒にいる時のエドワード様は、いつもどこか緊張していて、私の期待に応えようと背筋を伸ばしている。けれど、あの子の前では……あんなに柔らかい顔をするのね)

 胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。嫉妬というにはあまりに悲しく、劣等感というにはあまりに重い感情。

 自分は彼を「守るべき子供」だと思っていた。けれど、あそこにいるのは、同年代の少女を導き、守り、慈しむ一人の「若き紳士」ではないか。
 フィオーラは、自分がエドワードの「今」を奪っているのではないかという、身を切るような不安に襲われた。

 十七歳の自分と、十四歳の彼。
 三年の月日は、今はまだ、互いを「大人」と「子供」という檻に閉じ込め、触れ合うことを拒んでいた。

「エドワード様、あちらへ行きましょう?」
 マリアンヌの声に促され、エドワードはこちらを見ることなく去っていく。

 フィオーラは、手元の扇を強く握りしめ、「彼を失いたくない」と願った。
 エドワードは、まっすぐ前を向き、「自分を男として見てほしい」と願った。
 
 けれど、二人の「純愛」は、マリアンヌという女と、周囲の「当たり前」という価値観に翻弄され、出口の見えない迷路へと迷い込んでいく。

 その日の夕暮れ。別々に帰路についた二人の心に残ったのは、相手への深い情愛と、それを上回るほどの「届かない」という絶望感だけだった。
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