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白い結婚の提案
ら出たのは、最も彼を絶望させる言葉だった。
「ですから、約束しましょう。……私たちは、形だけの夫婦でいましょう。この家では貴方の自由を尊重します。夜、どなたの元へ通われようと、私は一切関知いたしません。いわゆる、『白い結婚』として、友人や同居人のような関係でいられたらと……」
言い終えた瞬間、部屋の温度が一段下がったような気がした。
エリック様は、まるで石像になったかのように固まった。
彼の脳裏には、学生時代からずっと守りたかったジュリエットの笑顔、そして王命が下った瞬間の「これでようやく彼女を独占できる」という浅ましくも切実な喜びが、走馬灯のように駆け巡っていた。
それを、今。
愛する人自身から、「貴方の心には別の人がいる」「閨は共にしない」と、引導を渡されたのだ。
「……本気で、言っているのか」
エリック様の声は、地を這うように低かった。
ショックのあまり、彼は怒りとも悲しみともつかない、歪な表情を浮かべていた。それをジュリエットは「自分の不貞……と彼女が思っている王女への恋を指摘されたことへの不快感」だと受け取った。
(ああ、やっぱり。図星だったのだわ……)
沈黙は、雄弁な肯定だった。
エリック様は、叫びたかった。『君が好きなんだ!他の誰でもない、君が初夜から欲しくてたまらなかったんだ――』、と。
けれど、彼が口を開こうとした瞬間、アレクシア王女の「エリックは私のもの」という嘲笑うような声が脳裏をよぎった。今ここで彼女を強く抱き寄せれば、王女の毒牙がフォックス侯爵家に向けられるかもしれない。
結局、彼は何も言えなかった。
深い、深い絶望の沈黙。
「……分かった。君が、そう望むのなら」
それが、彼が絞り出した精一杯の答えだった。
その一言で、私たちの寝室の扉は、物理的にも精神的にも、固く閉ざされることになった。
「ありがとうございます、エリック様。……おやすみなさいませ」
私は深く一礼し、自分の部屋へと戻った。
扉を閉めた瞬間、溢れ出した涙を止めることはできなかった。彼を解放してあげられたはずなのに、どうしてこんなに胸が苦しいのだろう。
一方、リビングに残されたエリック様は、拳を血が滲むほど握りしめ、月明かりの下で立ち尽くしていた。
彼がジュリエットに贈ろうとして、ポケットの中に隠し持っていた、小さなエメラルドの指輪が。渡される機会を永遠に失ったまま、冷たく光っていた。
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