身勝手な王女の騎士様、離縁して差し上げますわ。えっ!なぜ泣きそうな顔で私を抱きしめるのですか?

恋せよ恋

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断ち切られた鎖、差し込む光

  王宮の深奥、重厚な扉に守られた「真実の間」には、張り詰めた沈黙が満ちていた。
 正面に座すのは、この国の至尊たる国王夫妻。その傍らには、冷徹な筆致で事態を収束させようとする王太子アルバートが控えている。そして彼らと向き合うのは、カークランド公爵夫妻、そして嫡男パスカルであった。

「――以上が、昨夜エリック・フォックスから提出された報告、および王宮医師による調査結果だ。アレクシアは、自らの我儘を通すために病を偽り、あろうことか他家の婚姻の平穏を害した」

 国王の声は低く、苦渋に満ちていた。実の娘の愚行を、忠臣たちの前でなじらねばならない屈辱。だが、事態はもはや身内の不始末では済まされない段階に来ていた。

「パスカル・カークランド次期公爵。君の意見を聞きたい。君はアレクシアの婚約者として、この事態をどう見る」

 促されたパスカルは、静かに顔をあげた。その表情は鉄面皮のように動かなかったが、内心では荒れ狂う嵐のような解放感と、千載一遇の好機に対する昂揚が渦巻いていた。

「恐れながら、陛下。幼き頃より婚約者としてアレクシア王女殿下の後嫁先としての栄誉を賜りましたが、殿下ご本人が納得しておられないように感じておりました。近衛騎士のエリック・フォックス殿をお慕いされておられることは、もはや公然の秘密。我がカークランド公爵家としては、王女殿下のお気持ちには添えないと言わざるを得ません」

 パスカルの言葉は、一見すれば王女の恋心を慮った殊勝なものに聞こえる。しかしその実、王女の心の不貞と不実を痛烈に突きつける刃であった。

 それを受け継ぐように、傍らに立つカークランド公爵が重々しく口を開いた。

「僭越ながら、息子パスカルの述べた通り、我が家に王女殿下をお迎えするというお話は白紙に戻していただいたほうが良いかもしれませんな。我が家としても、王家との絆は宝でございますが、不信の種を抱えたままでは、将来的に国を揺るがす火種となりかねませぬ」

「ええ、左様でございますわ」

 公爵夫人が扇を閉じ、冷ややかな、しかし隙のない微笑を浮かべた。

「先日のお茶会でも、ジュリエット・フォックス次期侯爵に対して、それはそれは居丈高な態度を取られておいででしたわ。私共は王家を支える家臣ではございますが、王女殿下の振る舞いには、いささか眉をひそめざるを得ませんわね」

 家臣団の筆頭たるカークランド公爵家からの、事実上の三行半。
 それは、王女のアレクシアが「王家の盾」であるフォックス家と、「王家の剣」であるカークランド家の双方を敵に回したことを意味していた。

 国王は深く息を吐き、隣の王妃と視線を交わした。王妃の瞳にも、もはや娘を庇う色はない。

「……相分かった。アレクシアの行いは王族としての品位を著しく欠き、忠臣たる諸君らへの信頼を裏切るものであった。よって、アレクシアとパスカルの婚約は本日を以て白紙とする。また、多大なる心労をかけたカークランド公爵領に対し、迷惑料として今年度分の納税を減免することを許そう」

「寛大なる御裁定、感謝の極みに存じます」

 パスカルは深く頭を下げた。視線を床に落としたその瞬間、彼は思わず拳を握りしめた。
 
 喜びが、熱い奔流となって全身を駆け巡る。

(――終わった。ようやく、あの呪縛が終わったのだ)

 十三歳の冬。王女の後嫁先に決まったと告げられたあの日、パスカルは自分の人生を半分諦めていた。高貴な血筋に生まれた嫡男の義務。愛のない婚姻、我儘な王女の影に怯える日々。それが「公爵家」という器に生きる者の宿命だと、自分に言い聞かせてきた。

 しかし、そのモノクロの視界に、ある時から一輪の花が咲いた。

 フォックス侯爵家の三女、ローレッタ。
 姉のジュリエットのような凛とした堅さはなく、春の陽だまりのような温かさと、時折見せる悪戯っぽい瞳。彼女が笑うたびに、パスカルの凍りついていた心は少しずつ、音を立てて解けていった。

 婚約者がいる身で、彼女を想うことは許されない。だからこそ、彼はその想いを心の最深部に埋め、鍵をかけていた。

 だが今、その鍵は粉々に砕け散った。

(ローレッタ嬢。君はまだ、私のことなど不愛想な先輩程度にしか思っていないだろうが……)

 パスカルの脳内では、すでに冷徹な「次期公爵」としての計算が始まっていた。
 今の自分は「王女に捨てられた哀れな婚約者」ではない。「王女の身勝手に耐え抜いた悲劇の貴公子」だ。社交界の同情は今、最高潮にある。このカードをどう切れば、最短でローレッタを捕まえられるか。

 エリックがジュリエットへ向ける直情的な愛とは違う。パスカルの愛は、獲物を確実に追い詰める執念に近い。

 フォックス侯爵家への謝罪を名目に、まずは彼女との接点を増やす。王太子に恩を売り、将来の義父となるフォックス侯爵からの信頼を盤石にする。

「パスカル、顔を上げよ」

 王太子のアルバートが、どこか見透かしたような目で義弟になるはずだった男を見つめていた。

「お前もエリックと同様、これからは自由だ。……だが、あまり無茶な真似はするなよ。お前の狙いがどこにあるか…… 察しがついているからな」

 パスカルは薄く唇を歪め、不敵な笑みを返した。

「滅相もございません。私はただ、失った時間を取り戻したいだけですので」

 会議を終え、王宮の回廊に出ると、昨夜の雨が嘘のように晴れ渡っていた。

 パスカルは迷いのない足取りで歩き出す。
 エリックが愛する妻のもとへ馬を飛ばしている頃、パスカルもまた、自分の光――ローレッタをその腕に抱くための、冷徹かつ情熱的な一歩を踏み出していた。
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