「義姉が気の毒だ」 は?彼女は泥棒猫の従姉ですわ、婚約者様

恋せよ恋

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逆転の歯車

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 クック子爵領の冬は、王都に比べて数段厳しかった。

 かつての「煌びやかな世界」の記憶は、今やパメラにとって心を引き裂く拷問でしかない。朝から晩まで、ひび割れた手で冷たい水に耐え、汚れた野菜を洗い、領民たちの厳しい監視の下で労働に従事する日々。

「ねえ、アルバート様……。もう、死んでしまいそうだわ……」
 パメラは、隙間風の吹く子爵邸の台所で、薄いスープを啜りながら呟いた。

 かつて彫刻のように美しかったアルバートの顔は、不規則な食事と労働のストレスでやつれ、その瞳からはかつての自信に満ちた輝きが完全に失われていた。

「パメラ……。僕たちは、どこで間違えたんだろう……。オーデリアは、今頃テリオスと、温かい暖炉の前で最高級のワインを楽しんでいるというのに」

「言わないで! その名前を、私の前で出さないで!」
 パメラは、欠けたスープ皿を叩きつけた。

 彼女の中で、絶望は徐々に、どす黒い殺意へと形を変えていた。

 自分たちがこれほどまでに惨めなのは、すべてオーデリアが自分を陥れたからだ。あの日、パーティーで恥をかかせなければ。テリオスをそそのかして公爵家を乗っ取らせなければ。

「あいつさえ……あいつさえいなければ、テリオスは家督を継げないわ。そうすれば、長男であるアルバート様が呼び戻されるはずよ。そうよ、そうなのよ!」

「パメラ……? 何を言っているんだ」
 
 アルバートの怯えた視線を無視し、パメラは狂気に満ちた笑みを浮かべた。

 彼女の手元には、数日前に薬草摘みの最中に見つけた「銀蛇の草」が隠されていた。少量で激しい麻痺を引き起こし、多量に摂取すれば心臓を止める、この地方特有の毒草だ。

 ちょうどその頃、クック子爵領には吉報が届いていた。

 オーデリアとテリオスが、領地復興の視察と、新たな魔導植物の種子を携えて、この地を訪れるというのだ。

「オーデリア様が直々にいらっしゃるなんて!」

「さすがはフィッツ侯爵家の令嬢だ。俺たちのことを見捨てないでいてくださる」

 領民たちが歓喜に沸く中、パメラは邸宅の片隅で密かに毒草を煎じ、小さな瓶に詰めていた。

「いいわ、来なさい。オーデリア。あなたが大好きな『慈悲深い聖女』の顔をして、私を笑いに来ればいい。……それがあなたの最期になるのよ」


 数日後。バウワー公爵家の紋章が刻まれた、しかし堅牢な馬車が子爵邸に到着した。
 
 馬車から降り立ったのは、以前にも増して美しく、凛としたオーデリアと、彼女を慈しむように見つめるテリオスだった。

「ご機嫌よう、皆様。……大変な状況の中、よく耐えてくださいました」
 オーデリアが領民たちに微笑みかけると、場は温かい拍手に包まれた。その光景を、邸宅の二階の窓からパメラが血走った目で見下ろしていた。

「……パメラ、やめるんだ。そんなことをしても、僕たちはもう戻れない……」
 背後でアルバートが力なく止めるが、パメラは彼を突き飛ばした。

「黙ってなさいよ、この意気地なし! 私が全部やり直してあげるって言ってるの!」

 視察の後、子爵邸でのささやかな茶会が催された。

 オーデリア、テリオス、そして「形だけ」の当主夫妻として、アルバートとパメラが席に着く。

「……お久しぶりですわね、パメラ、アルバート様」
 オーデリアは、目の前に座る二人の変わり果てた姿に、一瞬だけ瞳を曇らせた。しかし、その声に甘えはない。

「領地での生活はいかがかしら? 労働の尊さを学んでいると、テリオスから聞いておりますけれど」

「ええ……。おかげさまで、毎日充実しておりますわ、オーデリア『様』」

 パメラは、わざとらしく恭しい態度でティーポットを手に取った。

「せっかくの再会ですもの。私に、お茶を淹れさせてくださいな。これでも、ここではこれくらいしかできることがございませんの」

 テリオスが不審げにパメラの手元を凝視する。しかし、パメラは巧妙に袖の中に隠した小瓶から、オーデリアのカップへと透明な液体を垂らした。

「さあ、どうぞ。最高級の茶葉ではございませんけれど……心を込めて淹れましたわ」

 オーデリアは、差し出されたカップを手に取った。

 パメラの心臓が、耳元でうるさいほどに鳴る。

(飲め。飲め! それを飲めば、私はまた公爵夫人への道が開ける……!)

 オーデリアがカップを唇に寄せようとした、その時。

「待ってください、オーデリア」
 テリオスが、彼女の手首を優しく、しかし確実に掴んで止めた。

「テリオス様?」

「……パメラ嬢。あなたは、随分と詰めが甘い。この部屋に入った時から、ひどく刺激的な『薬草』の匂いが漂っていましたよ。僕がこの数ヶ月、オーデリアと共にどれだけの植物学を修めたと思っているのですか?」

 パメラの顔が、一瞬で凍りついた。
「……何、何を言っているの? ただのハーブティーよ……」

「では、あなたがそのカップを飲み干してくださいますか?」
 テリオスが冷徹な視線をパメラに突き刺す。

 パメラはガタガタと震え、後ずさりした。
「い、嫌よ……。どうして私が……!」

「テリオス様、もうよろしいわ」
 オーデリアは、静かにカップをテーブルに置いた。

「パメラ。……悲しいわね。あなたは最後まで、自らの手で何かを成し遂げるのではなく、他人を排除することで幸せを得ようとする。その考えこそが、あなたをその泥沼に留めていることに、まだ気づかないの?」

「うるさい! うるさいわよ! あなたがいなければ、私は今頃公爵邸で……!」

 パメラが叫びながらオーデリアに掴みかかろうとした瞬間、控えていた騎士たちが彼女を取り押さえた。

「パメラ・クック。親族に対する殺人未遂の疑いで、拘束させていただきます」

「離して! 私は子爵家の当主なのよ! アルバート様、助けて! 助けてよ!」

 しかし、アルバートはただ顔を覆い、ガタガタと震えるばかりだった。

「……もう、終わりだ。全部、終わりなんだ……」

 オーデリアは、連行されていくパメラの背中を、静かに見送った。そこには怒りも、復讐の快感もない。ただ、救いようのない魂への、深い憐憫だけがあった。

「オーデリア、大丈夫ですか?」
 テリオスが心配そうに肩を抱く。

「ええ。……ただ、少し疲れましたわ。……でも、これでようやく、本当の意味でクック子爵領の再生が始まります。負の遺産は、すべて取り除かれましたから」

 窓の外では、オーデリアたちが持ち込んだ新たな種子を植えるために、領民たちが希望を持って大地を耕していた。

 冷たい風の中に、微かな春の予感が混じり始めていた。
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