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因果応報の村
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王都の喧騒が遠のき、馬車の揺れが激しくなるにつれ、パメラの顔色は土色に変わっていった。
彼女が、かつて「二度と戻りたくない」と呪った場所、クック子爵領への道。しかし、今彼女が乗っているのは、フィッツ侯爵家の豪華な紋章入り馬車ではなく、窓に建付けの悪い、実用性だけを重視した質素な荷馬車であった。
「嘘よ……こんなの、何かの間違いだわ。私は公爵夫人になるはずだったのに!」
パメラは、埃っぽい馬車の床を拳で叩いた。身に纏っているのは、卒業パーティーで着ていたあの黄金色のドレスではない。バウワー公爵家から支給された、貴族の娘が着るにはあまりに地味で、丈夫さだけが取り柄の麻混じりのワンピースだ。
「……うるさいな、パメラ。騒いだところで状況は変わらないよ。父上は本気だ。僕たちはもう、バウワー公爵家とは何の関係もないんだ」
向かい側に座るアルバートは、魂が抜けたような顔で窓の外を眺めていた。
公爵家の嫡男として、常に最高級の教育と生活を約束されていた彼にとって、この格下げは肉体的な苦痛を伴う屈辱だった。
「あんたがしっかりしてないからでしょう! あんな生意気なテリオスに家督を譲るなんて! 私を幸せにするって言ったのは嘘だったのね!」
「君こそ、オーデリアへの嫌がらせさえしていなければ、こんなことには……!」
かつて愛を語り合った二人の口から出るのは、今や醜いなすりつけ合いの言葉だけだった。
数時間の揺れの末、馬車はクック子爵邸に到着した。
かつてのパメラの両親が住んでいた邸宅。質素ではあるが、手入れが行き届いていたはずのその場所は、主を失ってからの数ヶ月で、どこか寂れた空気を纏っていた。
馬車の扉が開くと、そこには数十人の領民たちが集まっていた。
パメラは一瞬、「自分を迎えに来てくれたのだ」と勘違いし、表情を明るくした。
「ああ、良かった! やっぱり私が戻るのを待っていたのね。さあ、早く荷物を運んで。お腹が空いたわ、最高の食事を用意しなさい!」
パメラが馬車を降り、高慢な態度で言い放った。
しかし、領民たちの反応は、彼女の予想とは正反対のものだった。
「……これが、あのお嬢様かい?」
「王都で俺たちの冬の備蓄を使い込んで、宝石に変えてたっていう……」
低い、地這うような声。
一人の老人が、一歩前に出た。クック子爵家に長年仕えてきた村長だ。
「パメラ様。そして、アルバート様。……お帰りなさいませ。皆様、お待ちしておりましたよ」
「そうでしょう! さあ、案内しなさい。お風呂も沸いているわね?」
「いいえ。お風呂を沸かす薪も、今のこの家にはございません。……パメラ様がバウワー公爵家からの前借りとして使い込まれた『税金』。その穴埋めのために、この邸宅の調度品や蓄えは、すべてフィッツ侯爵家によって差し押さえられました」
パメラの顔から、さっと血の気が引いた。
「な……っ!? 差し押さえ!? 私の家なのよ!」
「はい、お嬢様のお家です。ですから、この家の借金もお嬢様のもの。……今日から、お二人にはこの領地の立て直しのために、粉骨砕身働いていただきます」
村長が合図を出すと、若い男たちが二人の前に大きな籠と鎌を置いた。
「これは何よ……!」
「今から、裏山の薬草摘みです。この時期の薬草は貴重な現金収入になります。お二人の食事は、その労働の成果次第となりますので」
「ふざけないで! 私は貴族よ! アルバート様、なんとか言って!」
アルバートは震える手で鎌を手に取った。
「……やめるんだ、パメラ。やらなければ、本当に食べるものがないんだ。父上からの送金は一切断たれている。テリオスからも『働かざる者食うべからず』という手紙が届いているんだ……」
「そんな……!」
パメラは泣き崩れた。
しかし、彼女を慰める者は誰もいない。
領民たちは、彼女を主としてではなく、自分たちの生活を脅かした負債として見ていた。
その頃、王都のオーデリアは、バウワー公爵邸の図書室で、テリオスと共に新しい領地経営の資料を広げていた。
「オーデリア、例の報告が届きましたよ。……兄上たちは、初日から薬草摘みで腰を痛めて泣き言を言っているそうです」
テリオスが、おかしくてたまらないといった様子で手紙を畳んだ。
オーデリアは、羽ペンを置いて静かに微笑む。
「……厳しいようですが、当然の報いですわ。パメラは、他人のものを欲しがる前に、自分が持っているものの価値を知るべきでした。子爵領の領民たちは、彼女の両親を慕っていました。本来なら、温かく迎え入れられたはずなのに」
「全くだ。……ところで、オーデリア。君が提案してくれた、クック子爵領での『魔導植物の栽培』計画ですが。これ、本格的に始動させましょう」
オーデリアが作成したその計画書は、クック子爵領の土壌に合わせた、付加価値の高い作物の栽培案だった。これを成功させれば、領地は豊かになり、アルバートとパメラが作った借金も数年で完済できる。
「ええ。領民たちを救うためにも、早急に進めましょう。……あの二人が、その恩恵を自分たちの手で生み出さなければならないのは、皮肉な話ですけれど」
オーデリアのサファイアの瞳は、未来を見据えていた。
かつてパメラが「ちょうだい!」と強請ったリボンやハンカチ。そんな小さなものにこだわっていた頃が、遠い昔のように感じられる。
「テリオス様。……私、今、とても充実していますわ。誰かに寄りかかるのではなく、自分の足で立ち、あなたと共に歩めることが」
「僕もだよ、オーデリア。……愛している、なんて言葉だけでは足りないくらい、君に感謝している」
テリオスがオーデリアの手を取り、指先にそっと唇を寄せた。
王都に流れる穏やかな時間。それは、自らの意志で道を切り拓いた二人への、神様からの贈り物のような安らぎだった。
一方、クック子爵領の山中。泥にまみれ、美しい爪を割りながら、パメラは必死に薬草を摘んでいた。
隣では、かつて「白馬の王子」だと思っていたアルバートが、鼻水を垂らしながら「もう嫌だ、帰りたい」と呟いている。
「……私のせいじゃない。あいつよ。あいつが……オーデリアが全部悪いのよ……っ!」
パメラは憎しみを込めて、地面の草を引き抜いた。しかし、その憎しみが自分を救わないことに、彼女はまだ気づいていなかった。
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「嘘よ……こんなの、何かの間違いだわ。私は公爵夫人になるはずだったのに!」
パメラは、埃っぽい馬車の床を拳で叩いた。身に纏っているのは、卒業パーティーで着ていたあの黄金色のドレスではない。バウワー公爵家から支給された、貴族の娘が着るにはあまりに地味で、丈夫さだけが取り柄の麻混じりのワンピースだ。
「……うるさいな、パメラ。騒いだところで状況は変わらないよ。父上は本気だ。僕たちはもう、バウワー公爵家とは何の関係もないんだ」
向かい側に座るアルバートは、魂が抜けたような顔で窓の外を眺めていた。
公爵家の嫡男として、常に最高級の教育と生活を約束されていた彼にとって、この格下げは肉体的な苦痛を伴う屈辱だった。
「あんたがしっかりしてないからでしょう! あんな生意気なテリオスに家督を譲るなんて! 私を幸せにするって言ったのは嘘だったのね!」
「君こそ、オーデリアへの嫌がらせさえしていなければ、こんなことには……!」
かつて愛を語り合った二人の口から出るのは、今や醜いなすりつけ合いの言葉だけだった。
数時間の揺れの末、馬車はクック子爵邸に到着した。
かつてのパメラの両親が住んでいた邸宅。質素ではあるが、手入れが行き届いていたはずのその場所は、主を失ってからの数ヶ月で、どこか寂れた空気を纏っていた。
馬車の扉が開くと、そこには数十人の領民たちが集まっていた。
パメラは一瞬、「自分を迎えに来てくれたのだ」と勘違いし、表情を明るくした。
「ああ、良かった! やっぱり私が戻るのを待っていたのね。さあ、早く荷物を運んで。お腹が空いたわ、最高の食事を用意しなさい!」
パメラが馬車を降り、高慢な態度で言い放った。
しかし、領民たちの反応は、彼女の予想とは正反対のものだった。
「……これが、あのお嬢様かい?」
「王都で俺たちの冬の備蓄を使い込んで、宝石に変えてたっていう……」
低い、地這うような声。
一人の老人が、一歩前に出た。クック子爵家に長年仕えてきた村長だ。
「パメラ様。そして、アルバート様。……お帰りなさいませ。皆様、お待ちしておりましたよ」
「そうでしょう! さあ、案内しなさい。お風呂も沸いているわね?」
「いいえ。お風呂を沸かす薪も、今のこの家にはございません。……パメラ様がバウワー公爵家からの前借りとして使い込まれた『税金』。その穴埋めのために、この邸宅の調度品や蓄えは、すべてフィッツ侯爵家によって差し押さえられました」
パメラの顔から、さっと血の気が引いた。
「な……っ!? 差し押さえ!? 私の家なのよ!」
「はい、お嬢様のお家です。ですから、この家の借金もお嬢様のもの。……今日から、お二人にはこの領地の立て直しのために、粉骨砕身働いていただきます」
村長が合図を出すと、若い男たちが二人の前に大きな籠と鎌を置いた。
「これは何よ……!」
「今から、裏山の薬草摘みです。この時期の薬草は貴重な現金収入になります。お二人の食事は、その労働の成果次第となりますので」
「ふざけないで! 私は貴族よ! アルバート様、なんとか言って!」
アルバートは震える手で鎌を手に取った。
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パメラは泣き崩れた。
しかし、彼女を慰める者は誰もいない。
領民たちは、彼女を主としてではなく、自分たちの生活を脅かした負債として見ていた。
その頃、王都のオーデリアは、バウワー公爵邸の図書室で、テリオスと共に新しい領地経営の資料を広げていた。
「オーデリア、例の報告が届きましたよ。……兄上たちは、初日から薬草摘みで腰を痛めて泣き言を言っているそうです」
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オーデリアは、羽ペンを置いて静かに微笑む。
「……厳しいようですが、当然の報いですわ。パメラは、他人のものを欲しがる前に、自分が持っているものの価値を知るべきでした。子爵領の領民たちは、彼女の両親を慕っていました。本来なら、温かく迎え入れられたはずなのに」
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オーデリアのサファイアの瞳は、未来を見据えていた。
かつてパメラが「ちょうだい!」と強請ったリボンやハンカチ。そんな小さなものにこだわっていた頃が、遠い昔のように感じられる。
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