『足指に運命の指輪がはまりました ~腹黒王太子は私の死を許さず、逃げた先で産んだ子供ごと連れ戻す~

恋せよ恋

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捕まった小鼠と、氷の微笑

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「……あ、あの、殿下。お戯れは、そのくらいに……」
 私は引き攣った笑みを浮かべ、必死に右足を引こうとした。

 しかし、ギルバート殿下の白手袋に包まれた手は、私の顎を固定したまま離してくれない。至近距離で見つめる彼の瞳は、夜の湖のように深く、透き通るほどに冷たかった。

「お戯れ? 僕がいつ、冗談を言ったように見えるかな」
 彼はふっと目を細めると、視線を私の右足へと落とした。

 サイズが合わず、無理やり足を突っ込んだせいで不格好に歪んだヒール。その奥で、指輪が脈打つような熱を放っているのが分かる。締め付けはさらに強まり、まるで「ここが私の居場所だ」と主張しているかのようだった。

「靴が脱げない……。つまり、指輪が君の足を選んだということだ。我が王家に伝わる『運命の指輪』は、一度はまれば、愛が成就するまで決して外れないと言われている。……それが、たとえ足の指であったとしてもね」
 殿下の声に、楽しげな色が混じる。

 私は絶望に目眩がした。愛が成就するまで外れない? そんな馬鹿な。私は地味で目立たない伯爵令嬢で、殿下は雲の上の人なのだ。この場合の愛の成就なんて、いつになったら訪れるというのか。

「さあ、立てるかい? 会場の皆が待っている。僕の『真の伴侶』が見つかったという報告をね」

「ま、待ってください! こんなの、何かの間違いです! 私はランバート伯爵家のフェリシアと申します。殿下の伴侶だなんて、恐れ多いにもほどがあります……!」

 私が必死に訴えると、ギルバート殿下はくっくっと喉を鳴らして笑った。人生のすべてが予定調和で、何事にも動じないと言われる彼が、こんなに愉快そうに笑うなんて…… 怖い。

「ランバート伯爵家のフェリシア、か。……聞いたことがない名だ。だが、いい。君の望み通り、今はまだ『間違い』ということにしておこう」
「本当ですか……!?」

「ああ。君が今この場で靴を脱ぎ、指輪を返してくれるなら、すべてを忘れてあげよう。……ただし、三分以内だ。三分経っても脱げなければ、君を僕の婚約者として王宮へ連れて行く」
 殿下は懐中時計を取り出し、無慈悲に秒針を刻み始めた。

「ひっ……!」
 私は慌てて東屋のベンチに座り込み、なりふり構わず右足の靴に手をかけた。

 引っ張る! 捻る! 爪を立てる! しかし、靴はまるで私の足と一体化したかのように、ビクともしない。それどころか、焦れば焦るほど中の指輪がキュッと締まり、小さな悲鳴を上げそうになる。

(どうして!? なんで、靴まで脱げなくなるの!? 足を突っ込んだ だけなのに!ストッキング越しに はまる指輪って、なによ!)

 ギルバート殿下は、そんな私の無様な姿を、優雅に壁に背を預けて眺めていた。その瞳には、今まで彼が周囲に見せてきた「完璧な王太子」の仮面はなく、底知れない意地悪な光が宿っている。

「あと、三十秒。……二十秒」
「あ、う……脱げて、お願いだから脱げてっ……!」
 額に汗が滲む。靴の中で指が熱い。

 ……カチリ。無情な音が夜の静寂に響いた。
「時間切れだ、フェリシア。残念だったね」

「……うそ……」
 私は力なく手を下ろした。結局、靴は一ミリも動かなかった。

 ギルバート殿下は私の前に跪くと、まるでお伽話の王子様のような仕草で、私の右足――汚れた靴に包まれたままのそれを、そっと手に取った。

「さて、運命からは逃げられないようだ。……だが安心するといい。僕は君を愛してなどいないし、君も僕を愛していない。政略結婚だと思えば、気が楽だろう?」
「そ、そんな……!」

「君には『指輪の秘密』を守ってもらう。指輪が足にはまっているなどと知れ渡れば、王家の威信に関わるからね。……いいかい? 君は今日から、僕の『運命の婚約者』だ。ただし、世間には『指輪は手に、ぴったりとはまった』と嘘をついてもらうよ」

 殿下は私の耳元に顔を寄せ、密やかな吐息と共に囁いた。
「もし、この秘密を漏らしたり、僕から逃げようとしたりすれば……ランバート伯爵家がどうなるか、想像がつくね?」

 ……腹黒。
 
 この人、巷で言われているような聖人君子なんかじゃない。自分の退屈を紛らわせるために、私を弄ぼうとしている、性格の歪んだ捕食者だ!

「さあ、行こうか。僕の、愛しい婚約者殿」
 ギルバート殿下は強引に私の腰を抱き寄せ、立たせた。

 右足に違和感を抱えたまま、私は引きずられるようにして、光り輝く地獄の舞踏会会場へと戻ることになった。

 この時の私はまだ知らなかった。殿下が「愛していない」と言ったのは、彼なりの照れ隠しでも何でもなく、ただ「愛」という感情そのものを理解できないほどに、彼が欠落した人間だったということを。

 そして、その欠落を埋めるために、彼がどれほどの執着を私に向けることになるのかを。
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