『足指に運命の指輪がはまりました ~腹黒王太子は私の死を許さず、逃げた先で産んだ子供ごと連れ戻す~

恋せよ恋

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脱げない靴と転がってきた運命

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 眩いシャンデリアの光も、一流の楽団が奏でる軽やかなワルツも、私にとってはただの苦痛でしかなかった。

 ローザリア王国の王宮で開催された、建国記念舞踏会。着飾った貴族たちが色とりどりの花のようにホールを埋め尽くす中、私は壁際で息を潜めている。

「……痛い。もう、限界だわ……」

 私はフェリシア・ランバート。地味で目立たないことだけが取り柄の、伯爵家ののような令嬢だ。

 今日の私は、義母から押し付けられた「お下がり」のドレスに身を包んでいる。ドレスはまだいい。問題は、この一回り小さいサイズのヒールだ。
 一歩歩くたびに、つま先に鋭い痛みが走る。義母は「王宮の床を傷つけないように、しっかり足を押し込みなさい」と笑っていたけれど、これではダンスどころか、まともに歩くことさえままならない。

 私は周囲の目を盗み、逃げるようにバルコニーへと滑り出した。
 夜風が火照った頬に心地よい。幸い、庭園へと続く東屋には人影がなかった。私はそこに逃げ込むと、誰にも見られていないことを確認し、そっとヒールを脱ぎ捨てた。

「ふう……生き返るわ……」
 解放された足指を動かし、ふかふかの絨毯の上に裸足を沈める。貴族の令嬢としてあるまじき行為だが、背に腹は代えられない。ストッキング越しに伝わる夜の冷気が、ジンジンと痛む足を癒やしてくれた。

 ぼんやりと月を見上げ、あと一時間もすれば馬車が迎えに来るはずだ、と計算していたその時。
 コツ、コツ、と。静かな足音が、こちらに向かって近づいてきた。

「誰……っ?」
 慌てて靴を履き直そうとしたが、焦れば焦るほど、浮き上がった足はキツい靴に収まってくれない。

 暗がりの向こうから現れたのは、夜の闇を溶かしたような漆黒の燕尾服に身を包んだ、一人の青年だった。

 プラチナブロンドの髪が月に照らされ、冷徹なまでに整った顔立ちが露わになる。
 ギルバート・フォン・ローザリア王太子殿下。
 この国の次期国王にして、十歳で政務を完璧にこなし、十五歳で騎士団長を打ち負かしたという、人生に「敗北」も「挫折」も知らない完璧超人。

(どうして、こんなところに殿下が……!)

 彼は手の中で、小さな「何か」を弄んでいた。それは、王家に代々伝わる魔道具であり、真の伴侶を見つけ出すと言われる『運命の指輪』だった。

「やあ。こんなところで、ネズミが迷い込んでいるとはね」
 ギルバート殿下の声は、低く、そしてひどく退屈そうだった。

 彼は私をまともに見ることもせず、手の中の指輪を親指で弾いた。コインのように高く舞い上がった指輪が、銀色の弧を描く。

「あ……」
 私の目の前で、指輪が床に落ちた。

 カラン、カランと硬質な音を立てて転がった指輪は、吸い込まれるように、私が脱ぎ捨てたままの靴の中へと消えたのだ。

「申し訳ございません、殿下! すぐに、すぐにお返しします!」
 私はパニックになりながら、無理やりその靴に右足を突っ込んだ。とにかく返さなければ。王家の至宝を、私の薄汚れたお下がりの中に放置するわけにはいかない!

 ――その瞬間だった。
 ズキン、と。靴の中で、何かが私の足の指を強く締め付けた。
 熱い。まるで生き物のように、それは私の右足の薬指に、吸い付くように絡みついたのだ。

「え……?」
「おや」
 ギルバート殿下が、初めて興味深そうに目を細めた。

 彼はゆっくりと私に歩み寄り、逃げ腰になる私の顎をクイと持ち上げた。
「今の音……僕の指輪は、君の靴の中に消えたように見えたけれど?」

「そ、それは……その……」
「返してくれないか。あれがないと、婚約者選びが終わらなくて困っているんだ」

 私は必死に足を抜こうとした。けれど、靴の中で「それ」はガッチリと固定され、ビクともしない。脱げない! 靴も、そしておそらく、その中にある指輪も。

「……あ、あの。殿下」
「なんだい?」

「靴が……脱げなくなって、しまいました」

 ギルバート殿下の唇が、三日月のような形に吊り上がる。それは、退屈な人生にようやく獲物を見つけた捕食者の笑みだった。

「面白い。指輪は手の指にはまるものだと誰もが思い込んでいたが……まさか、足だったとはね」

 この日、私の平穏な人生は、最悪な形で幕を閉じた。
 そして、逃げられない執着の日々が、幕を開けたのである。
______________

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