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地獄の夜会
王太子殿下主催、建国記念祝賀夜会。
王宮の広間に足を踏み入れた瞬間、ビオレッタ・ノータリー侯爵令嬢は、肌を刺すような違和感に身を震わせた。
天井から吊り下げられた巨大なクリスタルのシャンデリアが、数千の蝋燭の光を乱反射させ、出席者たちの欲望と虚飾を白日の下に晒している。
家宝のエメラルドでまとめ上げた金糸の髪。瞳の色をより美しく引き立てる淡いグリーンのドレス。背筋を伸ばし、完璧な次期侯爵夫人として立つビオレッタの姿は、誰もが目を奪われるほどに気高かった。けれど、そんな彼女の献身に報いるはずの温もりは、今は存在しなかった。
婚約者であるロマリオ・グラノマ侯爵令息は、別行動をとっていた。
「カタリナが急に貧血を起こしてね。従兄として、放っておくわけにはいかないだろう? 先に行っていてくれ、ビオレッタ。君なら一人でも完璧に振る舞えるはずだ」
そう言って、彼はビオレッタを両親に預け、従妹のカタリナの元へ駆けつけたのだ。
会場の壁際で、ビオレッタは静かに扇を広げた。
周囲の貴族たちが、彼女を遠巻きに見ながらひそひそと囁き合っている。その視線は、尊敬ではなく、どこか「憐れみ」と「嘲笑」が混じった、粘り気のあるものだった。
その時、広間の入り口が騒がしくなった。
現れたのは、誇らしげに胸を張るロマリオだった。そしてその腕には、ビオレッタが今夜纏っている最高級のシルクドレスをなぞるような、白く甘いフリルのドレスを着たカタリナが縋り付いていた。
カタリナは、体調不良など微塵も感じさせない、弾けるような笑顔を浮かべている。
彼女はロマリオの腕を抱きしめるようにして、ビオレッタの正面まで歩み寄ってきた。
「皆様! 今夜、この素晴らしい祝宴の場で、私とロマリオ様から大切なご報告がございますわ!」
カタリナの、鈴を転がすような、けれど鼓膜を逆撫でするような高い声が、音楽を止めた。
会場中の視線が三人に集中する。
カタリナは、わざとらしく自分の平坦なお腹に、両手をそっと当てた。
「私の中に、ロマリオ様の『赤ちゃん』が宿ってしまったのです……!」
静寂。
時間が止まったかのような沈黙の後、会場は氷が割れるような音を立てて崩れ、侯爵家の前代未聞の不祥事を嘲る下卑た笑いと、毒を含んだ囁き声に呑み込まれた。
「なんと、不潔な……」
「婚約者がいる身で、従妹を?」
「あちらの令嬢も、まだ学園生でしょう。なんて破廉恥な!」
ビオレッタは、目の前が白く染まるのを感じた。
昨夜、執務室のドア越しに聞いた「練習」という悍ましい言葉。それが、今、最悪の形となって公衆の面前に晒されたのだ。
「……ロマリオ様。これは、何の冗談ですの?」
ビオレッタの声は、自分でも驚くほど冷えていた。
ロマリオは、責められるどころか、どこか聖人のような慈悲深い表情でビオレッタを振り返った。
「冗談なものか、ビオレッタ。事実だ。……驚かせてすまないが、これは僕たちが幸せな家庭を築くための『準備』の結果なんだよ。君は潔癖で、男女の機微には疎いだろう? だから、カタリナが身を挺して、僕を『教育』してくれたんだ。この子は、僕たちが円満な夫婦になるための、愛の礎と言ってもいい」
「……愛の、礎……?」
「そうだ。カタリナは君にない経験を持ち、僕を男として成長させてくれた。君は有能で、寛容な女性だ。僕の血を引くこの子を、慈悲深く受け入れ、育てる義務が君にはある。……だが、カタリナにも母親としての権利を認めてやりたい」
ロマリオは、カタリナの肩を抱き寄せ、高らかに宣言した。
「ビオレッタ・ノータリー! 僕は今、この場で君との婚約を破棄する! 代わりに、僕の弱さを癒やしてくれたカタリナを正妻に迎え、君には『第二夫人』あるいは『顧問』として、僕たちを支えてもらいたい。それが、君の能力を最も活かせる道だろう?」
会場から、ひときわ大きな嘲笑が沸き起こった。
「婚約破棄」と、同時に突きつけられた「無償の奉仕」。
カタリナは、ロマリオの胸に顔を埋めながら、ビオレッタだけに聞こえる声で、毒を吐き出した。
「……ねえ、ビオレッタ様。聞こえて? 皆、貴方のことを笑っているわ。完璧なだけの面白みのない女、誰も愛さないって。ロマリオ様を『私仕様』に作り変えたのは、私なの。貴方はもう、用済みですわよ」
ビオレッタの視界で、シャンデリアの光が歪んだ。
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王宮の広間に足を踏み入れた瞬間、ビオレッタ・ノータリー侯爵令嬢は、肌を刺すような違和感に身を震わせた。
天井から吊り下げられた巨大なクリスタルのシャンデリアが、数千の蝋燭の光を乱反射させ、出席者たちの欲望と虚飾を白日の下に晒している。
家宝のエメラルドでまとめ上げた金糸の髪。瞳の色をより美しく引き立てる淡いグリーンのドレス。背筋を伸ばし、完璧な次期侯爵夫人として立つビオレッタの姿は、誰もが目を奪われるほどに気高かった。けれど、そんな彼女の献身に報いるはずの温もりは、今は存在しなかった。
婚約者であるロマリオ・グラノマ侯爵令息は、別行動をとっていた。
「カタリナが急に貧血を起こしてね。従兄として、放っておくわけにはいかないだろう? 先に行っていてくれ、ビオレッタ。君なら一人でも完璧に振る舞えるはずだ」
そう言って、彼はビオレッタを両親に預け、従妹のカタリナの元へ駆けつけたのだ。
会場の壁際で、ビオレッタは静かに扇を広げた。
周囲の貴族たちが、彼女を遠巻きに見ながらひそひそと囁き合っている。その視線は、尊敬ではなく、どこか「憐れみ」と「嘲笑」が混じった、粘り気のあるものだった。
その時、広間の入り口が騒がしくなった。
現れたのは、誇らしげに胸を張るロマリオだった。そしてその腕には、ビオレッタが今夜纏っている最高級のシルクドレスをなぞるような、白く甘いフリルのドレスを着たカタリナが縋り付いていた。
カタリナは、体調不良など微塵も感じさせない、弾けるような笑顔を浮かべている。
彼女はロマリオの腕を抱きしめるようにして、ビオレッタの正面まで歩み寄ってきた。
「皆様! 今夜、この素晴らしい祝宴の場で、私とロマリオ様から大切なご報告がございますわ!」
カタリナの、鈴を転がすような、けれど鼓膜を逆撫でするような高い声が、音楽を止めた。
会場中の視線が三人に集中する。
カタリナは、わざとらしく自分の平坦なお腹に、両手をそっと当てた。
「私の中に、ロマリオ様の『赤ちゃん』が宿ってしまったのです……!」
静寂。
時間が止まったかのような沈黙の後、会場は氷が割れるような音を立てて崩れ、侯爵家の前代未聞の不祥事を嘲る下卑た笑いと、毒を含んだ囁き声に呑み込まれた。
「なんと、不潔な……」
「婚約者がいる身で、従妹を?」
「あちらの令嬢も、まだ学園生でしょう。なんて破廉恥な!」
ビオレッタは、目の前が白く染まるのを感じた。
昨夜、執務室のドア越しに聞いた「練習」という悍ましい言葉。それが、今、最悪の形となって公衆の面前に晒されたのだ。
「……ロマリオ様。これは、何の冗談ですの?」
ビオレッタの声は、自分でも驚くほど冷えていた。
ロマリオは、責められるどころか、どこか聖人のような慈悲深い表情でビオレッタを振り返った。
「冗談なものか、ビオレッタ。事実だ。……驚かせてすまないが、これは僕たちが幸せな家庭を築くための『準備』の結果なんだよ。君は潔癖で、男女の機微には疎いだろう? だから、カタリナが身を挺して、僕を『教育』してくれたんだ。この子は、僕たちが円満な夫婦になるための、愛の礎と言ってもいい」
「……愛の、礎……?」
「そうだ。カタリナは君にない経験を持ち、僕を男として成長させてくれた。君は有能で、寛容な女性だ。僕の血を引くこの子を、慈悲深く受け入れ、育てる義務が君にはある。……だが、カタリナにも母親としての権利を認めてやりたい」
ロマリオは、カタリナの肩を抱き寄せ、高らかに宣言した。
「ビオレッタ・ノータリー! 僕は今、この場で君との婚約を破棄する! 代わりに、僕の弱さを癒やしてくれたカタリナを正妻に迎え、君には『第二夫人』あるいは『顧問』として、僕たちを支えてもらいたい。それが、君の能力を最も活かせる道だろう?」
会場から、ひときわ大きな嘲笑が沸き起こった。
「婚約破棄」と、同時に突きつけられた「無償の奉仕」。
カタリナは、ロマリオの胸に顔を埋めながら、ビオレッタだけに聞こえる声で、毒を吐き出した。
「……ねえ、ビオレッタ様。聞こえて? 皆、貴方のことを笑っているわ。完璧なだけの面白みのない女、誰も愛さないって。ロマリオ様を『私仕様』に作り変えたのは、私なの。貴方はもう、用済みですわよ」
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