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遊び人の別邸と、初めての夜
ビオレッタを乗せた馬車が止まったのは、王都の喧騒から隔絶された、深い森の奥に佇む石造りの別邸だった。
ステファン・ノースクリフ公爵令息に横抱きにされたまま、ビオレッタは拒むこともなくその胸に顔を埋めていた。上質な香水の香りと、微かに混じる煙草の匂い。それは、石鹸の香りしかしなかったロマリオとは正反対の、退避的な大人の男の香りだった。
「……降ろして。歩けますわ」
「いいや。傷ついた令嬢には、これくらいの甘やかしが必要だ。それに、今の君はあまりに脆くて、地面に足をつけたら消えてしまいそうだ」
ステファンの声には、慈悲などなかった。ただ、壊れ物を弄ぶような残酷な愛おしさだけが宿っている。
豪奢な寝室へと運び込まれたビオレッタは、天蓋付きのベッドに横たえられた。泥で汚れたグリーンのドレスが、真っ白なシーツの上で無惨に際立つ。
「さて。……望み通り、ここへ連れてきた。次は、君が私に何を差し出してくれるのかな?」
ステファンはジャケットを脱ぎ捨て、シャツのボタンを指先で外しながら、ベッドの縁に腰をかけた。遊び人として数多の浮名を流す彼の瞳は、獲物を追い詰めた肉食獣そのものだ。
「……何でも、差し上げます。私が持っているものなら」
「潔いね。だが、今の君が持っているものなんて、精々その美しい身体と、ズタズタに引き裂かれたプライドくらいだろう?」
ステファンの手が、ビオレッタの頬をなぞり、そのまま首筋へと滑り降りる。
ビオレッタは、ビクリと肩を震わせた。
十三歳から六年間、ロマリオのために「完璧な淑女」であることを自らに強いてきた。手をつなぐことさえ、清廉であるべきだと控えてきた。そのすべてが、あんな無知な男と泥棒猫の「練習」のために、嘲笑の対象となったのだ。
「……ロマリオ様の、痕跡を消して。……あの男を、忘れさせて」
「いいよ。……ただし、上書きはもっと強烈で、逃げられない毒になるが、構わないかい?」
ステファンが覆いかぶさる。
彼の唇が、ビオレッタの耳元で「復讐の契約」を囁いた。
「君を公爵夫人として迎えよう。……もちろん、形だけの契約だ。君は私の『お気に入り』として、社交界の頂点で輝き、あの男を見下ろせばいい。私が君の後ろ盾になり、グラノマ侯爵家を社会的に抹殺してあげる。……その代わり、君の心も身体も、すべて私の所有物になってもらう。いいかな?」
「……ええ、いいわ。……私を、壊して」
その瞬間、ビオレッタの中で何かが決定的に壊れ、同時に熱く燃え上がった。
ステファンの口づけは、ロマリオとの淡い思い出を焼き尽くすほどに深く、暴力的なまでに甘かった。
遊び慣れたステファンの指先がドレスの紐を解き、白い肌を露わにする。
真面目一辺倒だったビオレッタにとって、それは未知の快楽への招待状だった。ステファンは彼女の反応を楽しむように、執拗に、そして丁寧に彼女を大人の女へと作り替えていく。
「……あ、っ……ステファン、様……」
「そう、私の名を呼んで。あの男の名など、二度と思い出せないように刻み込んであげる」
自暴自棄の果てに、よく知りもしない男に身を委ねた夜。
ビオレッタは初めて知った。誰かのために「正しく」ある必要がないことが、これほどまでに官能的であることを。
泥の中に落ちたエメラルドは、ステファンという闇の中で、かつてないほどの妖艶な輝きを放ち始めた。
一方、王都のグラノマ侯爵邸では――。
夜会から逃げ帰ったロマリオが、顔を真っ青にして父の前に跪いていた。
そしてその隣には、カタリナが婚約者ジョセフからの執拗な追及に耐えかね、震えながら縋り付いている。
「父上、誤解です! 私はただ、ビオレッタとの幸せのために……!」
「黙れ、この愚か者が!」
フレデリック侯爵の怒声が響く。
さらにそこへ、ジョセフが突きつけた「疑惑」が追い打ちをかけた。
「カタリナ。……君は私とも関係があった。その腹の子、本当にロマリオ様の子だと、神に誓えるのか?」
静まり返る広間。
ロマリオの顔から、一気に血の気が引いていった。
自分が「愛ゆえの犠牲」と信じていたものが、ただの汚れた不貞の連鎖であった可能性。地獄の幕は、まだ上がったばかりだった。
___________
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📢新連載🌹【「それならいっそ、本当に不貞してみる?」~浮気婚約者に濡れ衣を着せられたので、本物の恋で復讐します~】
ステファン・ノースクリフ公爵令息に横抱きにされたまま、ビオレッタは拒むこともなくその胸に顔を埋めていた。上質な香水の香りと、微かに混じる煙草の匂い。それは、石鹸の香りしかしなかったロマリオとは正反対の、退避的な大人の男の香りだった。
「……降ろして。歩けますわ」
「いいや。傷ついた令嬢には、これくらいの甘やかしが必要だ。それに、今の君はあまりに脆くて、地面に足をつけたら消えてしまいそうだ」
ステファンの声には、慈悲などなかった。ただ、壊れ物を弄ぶような残酷な愛おしさだけが宿っている。
豪奢な寝室へと運び込まれたビオレッタは、天蓋付きのベッドに横たえられた。泥で汚れたグリーンのドレスが、真っ白なシーツの上で無惨に際立つ。
「さて。……望み通り、ここへ連れてきた。次は、君が私に何を差し出してくれるのかな?」
ステファンはジャケットを脱ぎ捨て、シャツのボタンを指先で外しながら、ベッドの縁に腰をかけた。遊び人として数多の浮名を流す彼の瞳は、獲物を追い詰めた肉食獣そのものだ。
「……何でも、差し上げます。私が持っているものなら」
「潔いね。だが、今の君が持っているものなんて、精々その美しい身体と、ズタズタに引き裂かれたプライドくらいだろう?」
ステファンの手が、ビオレッタの頬をなぞり、そのまま首筋へと滑り降りる。
ビオレッタは、ビクリと肩を震わせた。
十三歳から六年間、ロマリオのために「完璧な淑女」であることを自らに強いてきた。手をつなぐことさえ、清廉であるべきだと控えてきた。そのすべてが、あんな無知な男と泥棒猫の「練習」のために、嘲笑の対象となったのだ。
「……ロマリオ様の、痕跡を消して。……あの男を、忘れさせて」
「いいよ。……ただし、上書きはもっと強烈で、逃げられない毒になるが、構わないかい?」
ステファンが覆いかぶさる。
彼の唇が、ビオレッタの耳元で「復讐の契約」を囁いた。
「君を公爵夫人として迎えよう。……もちろん、形だけの契約だ。君は私の『お気に入り』として、社交界の頂点で輝き、あの男を見下ろせばいい。私が君の後ろ盾になり、グラノマ侯爵家を社会的に抹殺してあげる。……その代わり、君の心も身体も、すべて私の所有物になってもらう。いいかな?」
「……ええ、いいわ。……私を、壊して」
その瞬間、ビオレッタの中で何かが決定的に壊れ、同時に熱く燃え上がった。
ステファンの口づけは、ロマリオとの淡い思い出を焼き尽くすほどに深く、暴力的なまでに甘かった。
遊び慣れたステファンの指先がドレスの紐を解き、白い肌を露わにする。
真面目一辺倒だったビオレッタにとって、それは未知の快楽への招待状だった。ステファンは彼女の反応を楽しむように、執拗に、そして丁寧に彼女を大人の女へと作り替えていく。
「……あ、っ……ステファン、様……」
「そう、私の名を呼んで。あの男の名など、二度と思い出せないように刻み込んであげる」
自暴自棄の果てに、よく知りもしない男に身を委ねた夜。
ビオレッタは初めて知った。誰かのために「正しく」ある必要がないことが、これほどまでに官能的であることを。
泥の中に落ちたエメラルドは、ステファンという闇の中で、かつてないほどの妖艶な輝きを放ち始めた。
一方、王都のグラノマ侯爵邸では――。
夜会から逃げ帰ったロマリオが、顔を真っ青にして父の前に跪いていた。
そしてその隣には、カタリナが婚約者ジョセフからの執拗な追及に耐えかね、震えながら縋り付いている。
「父上、誤解です! 私はただ、ビオレッタとの幸せのために……!」
「黙れ、この愚か者が!」
フレデリック侯爵の怒声が響く。
さらにそこへ、ジョセフが突きつけた「疑惑」が追い打ちをかけた。
「カタリナ。……君は私とも関係があった。その腹の子、本当にロマリオ様の子だと、神に誓えるのか?」
静まり返る広間。
ロマリオの顔から、一気に血の気が引いていった。
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2021/08/08