「従妹は病弱なんだ」と私を放置する婿入り婚約者はいりません 〜帰国した義兄に、身も心も奪い尽くされる〜

恋せよ恋

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血の繋がり、その終わりと始まり

  王都の大夜会。金箔が施された柱が並ぶ豪華な会場に、カルロスはいつものようにビビアンを連れて現れた。

 ロクサーヌは少し遅れて入場したが、その姿を目にしたカルロスは、傲慢に顎を上げた。

「遅かったじゃないか、ロクサーヌ。君がいない間、ビビアンが心細がって大変だったんだ。さあ、挨拶を済ませたら彼女を休ませる椅子を探して――」

 その言葉は、ロクサーヌの背後に立つ影によって遮られた。
 会場全体の空気が、一瞬にして凍りつく。現れたのは、漆黒の夜のような燕尾服を完璧に着こなした、圧倒的な美貌と威圧感を放つ男。

「……君が、アステリア家の次期婿養子を気取っているカルロス・チャーチルか」

 低く、冷徹な声。カルロスは、その男から放たれる「格」の違いに気圧され、数歩後ずさった。

「だ、誰だ君は。アステリア家の部外者が、ロクサーヌの隣に立つな」

「部外者? 勘違いするな」

 男は不敵に微笑むと、懐から国王の印章が捺された爵位授与の親書を取り出した。

「私はオリビエ・ロンゲール。国王陛下より、ロンゲール伯爵家の全権継承を認められた、現伯爵だ。同時に、アステリア家とは切っても切れぬ縁がある」

 会場にどよめきが広がる。あの「家を追われた少年」が、隣国の外交権を握る最強の伯爵として帰還したという噂は、一瞬で確信に変わった。

 カルロスは顔を真っ青にし、隣で震えるビビアンの手を握りしめた。伯爵家次男の彼にとって、現伯爵であるオリビエは、文字通り手も足も出ない雲の上の存在だ。

「さあ、ロクサーヌ。こんな雑音の多い場所はもういいだろう。行こうか」

 オリビエはカルロスを一瞥もせず、ロクサーヌの腰を抱き寄せ、静まり返る会場を悠然と後にした。


 夜風が吹き抜ける、子爵邸のバルコニー。
 夜会の喧騒を後にして、今は月の光だけが二人を照らしている。

 ロクサーヌは、隣に立つオリビエの横顔を見つめた。伯爵として、堂々と自分を連れ去った彼の横顔は、もはや「お兄様」と呼んでいた頃の面影を完全に上書きしていた。

「お兄様……。あんな大勢の前で、あのような振る舞いを。チャーチル家との関係が――」

「ロクサーヌ」

 オリビエが、彼女に向き直った。
 彼のエメラルドの瞳が、月光を浴びて妖しく光る。その瞳に映っているのは、世界でただ一人、目の前にいる女だけだ。

「僕はもう、君の兄として振る舞うことに限界を感じている」

「え……?」

「気づいているはずだ。アステリア子爵夫妻は、僕に家族としての愛をくれたが、血の一滴も繋がっていない。……君と僕の間には、何の制約もないんだ」

 オリビエは、ロクサーヌの指先を取った。
 彼女の右手の薬指で、自分が贈ったエメラルドの指輪が光っている。彼はその指を愛おしそうになぞり、そのまま彼女をバルコニーの欄干へと追い詰めるように一歩踏み出した。

「七歳のあの日、僕を絶望から救い上げたのは、君の笑顔だった。十八歳の時、あの無能な男との婚約を聞かされ、僕は自分の心を殺して君を祝福しようとした。……だが、無理だった」

 オリビエの顔が、唇が触れそうなほど近づく。
 ロクサーヌは逃げ場を失い、背中に冷たい大理石を感じながら、彼の激しい呼気と熱量に翻弄されていた。

「この五年、隣国で剣を振り回し、泥に塗れた交渉を続けてきたのは、すべて君を『義兄』としてではなく、『一人の男』として迎えに来るためだ」

「オリビエ、様……」

「ロクサーヌ。僕は今日、正式にアステリアの籍を抜けた。ロンゲール伯爵として独り立ちし、アステリア家とは対等な『同盟者』となる。……つまり、僕たちはもう、兄妹ではない」

 彼はロクサーヌの顎をそっと持ち上げ、その潤んだ瞳を真っ直ぐに見据えた。
 そこには、家族としての慈しみなど欠片もない。あるのは、長年檻に閉じ込めていた猛獣が、ようやく獲物を捕らえた瞬間の、暗く、甘い熱狂だった。

「これからは君を、妹として愛することは二度とないだろう。……一人の女として、僕のすべてを賭けて、君を奪いにいく」

 宣告だった。
 血の繋がりの終わり。そして、狂おしいまでの略奪愛の始まり。

 ロクサーヌは、その強引で独占欲に満ちた言葉に、恐怖よりも深い疼きを覚えていた。
 七年間、自分を後回しにしてきた婚約者の冷たさとは違う、肌を焼くようなオリビエの熱。
 ロクサーヌの心は、自分でも驚くほど容易に、その熱の中へと溶け出していくのだった。
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