8 / 11
血の繋がり、その終わりと始まり
王都の大夜会。金箔が施された柱が並ぶ豪華な会場に、カルロスはいつものようにビビアンを連れて現れた。
ロクサーヌは少し遅れて入場したが、その姿を目にしたカルロスは、傲慢に顎を上げた。
「遅かったじゃないか、ロクサーヌ。君がいない間、ビビアンが心細がって大変だったんだ。さあ、挨拶を済ませたら彼女を休ませる椅子を探して――」
その言葉は、ロクサーヌの背後に立つ影によって遮られた。
会場全体の空気が、一瞬にして凍りつく。現れたのは、漆黒の夜のような燕尾服を完璧に着こなした、圧倒的な美貌と威圧感を放つ男。
「……君が、アステリア家の次期婿養子を気取っているカルロス・チャーチルか」
低く、冷徹な声。カルロスは、その男から放たれる「格」の違いに気圧され、数歩後ずさった。
「だ、誰だ君は。アステリア家の部外者が、ロクサーヌの隣に立つな」
「部外者? 勘違いするな」
男は不敵に微笑むと、懐から国王の印章が捺された爵位授与の親書を取り出した。
「私はオリビエ・ロンゲール。国王陛下より、ロンゲール伯爵家の全権継承を認められた、現伯爵だ。同時に、アステリア家とは切っても切れぬ縁がある」
会場にどよめきが広がる。あの「家を追われた少年」が、隣国の外交権を握る最強の伯爵として帰還したという噂は、一瞬で確信に変わった。
カルロスは顔を真っ青にし、隣で震えるビビアンの手を握りしめた。伯爵家次男の彼にとって、現伯爵であるオリビエは、文字通り手も足も出ない雲の上の存在だ。
「さあ、ロクサーヌ。こんな雑音の多い場所はもういいだろう。行こうか」
オリビエはカルロスを一瞥もせず、ロクサーヌの腰を抱き寄せ、静まり返る会場を悠然と後にした。
夜風が吹き抜ける、子爵邸のバルコニー。
夜会の喧騒を後にして、今は月の光だけが二人を照らしている。
ロクサーヌは、隣に立つオリビエの横顔を見つめた。伯爵として、堂々と自分を連れ去った彼の横顔は、もはや「お兄様」と呼んでいた頃の面影を完全に上書きしていた。
「お兄様……。あんな大勢の前で、あのような振る舞いを。チャーチル家との関係が――」
「ロクサーヌ」
オリビエが、彼女に向き直った。
彼のエメラルドの瞳が、月光を浴びて妖しく光る。その瞳に映っているのは、世界でただ一人、目の前にいる女だけだ。
「僕はもう、君の兄として振る舞うことに限界を感じている」
「え……?」
「気づいているはずだ。アステリア子爵夫妻は、僕に家族としての愛をくれたが、血の一滴も繋がっていない。……君と僕の間には、何の制約もないんだ」
オリビエは、ロクサーヌの指先を取った。
彼女の右手の薬指で、自分が贈ったエメラルドの指輪が光っている。彼はその指を愛おしそうになぞり、そのまま彼女をバルコニーの欄干へと追い詰めるように一歩踏み出した。
「七歳のあの日、僕を絶望から救い上げたのは、君の笑顔だった。十八歳の時、あの無能な男との婚約を聞かされ、僕は自分の心を殺して君を祝福しようとした。……だが、無理だった」
オリビエの顔が、唇が触れそうなほど近づく。
ロクサーヌは逃げ場を失い、背中に冷たい大理石を感じながら、彼の激しい呼気と熱量に翻弄されていた。
「この五年、隣国で剣を振り回し、泥に塗れた交渉を続けてきたのは、すべて君を『義兄』としてではなく、『一人の男』として迎えに来るためだ」
「オリビエ、様……」
「ロクサーヌ。僕は今日、正式にアステリアの籍を抜けた。ロンゲール伯爵として独り立ちし、アステリア家とは対等な『同盟者』となる。……つまり、僕たちはもう、兄妹ではない」
彼はロクサーヌの顎をそっと持ち上げ、その潤んだ瞳を真っ直ぐに見据えた。
そこには、家族としての慈しみなど欠片もない。あるのは、長年檻に閉じ込めていた猛獣が、ようやく獲物を捕らえた瞬間の、暗く、甘い熱狂だった。
「これからは君を、妹として愛することは二度とないだろう。……一人の女として、僕のすべてを賭けて、君を奪いにいく」
宣告だった。
血の繋がりの終わり。そして、狂おしいまでの略奪愛の始まり。
ロクサーヌは、その強引で独占欲に満ちた言葉に、恐怖よりも深い疼きを覚えていた。
七年間、自分を後回しにしてきた婚約者の冷たさとは違う、肌を焼くようなオリビエの熱。
ロクサーヌの心は、自分でも驚くほど容易に、その熱の中へと溶け出していくのだった。
___________
エール📣いいね❤️お気に入り⭐️応援よろしくお願いします🙇♀️
ロクサーヌは少し遅れて入場したが、その姿を目にしたカルロスは、傲慢に顎を上げた。
「遅かったじゃないか、ロクサーヌ。君がいない間、ビビアンが心細がって大変だったんだ。さあ、挨拶を済ませたら彼女を休ませる椅子を探して――」
その言葉は、ロクサーヌの背後に立つ影によって遮られた。
会場全体の空気が、一瞬にして凍りつく。現れたのは、漆黒の夜のような燕尾服を完璧に着こなした、圧倒的な美貌と威圧感を放つ男。
「……君が、アステリア家の次期婿養子を気取っているカルロス・チャーチルか」
低く、冷徹な声。カルロスは、その男から放たれる「格」の違いに気圧され、数歩後ずさった。
「だ、誰だ君は。アステリア家の部外者が、ロクサーヌの隣に立つな」
「部外者? 勘違いするな」
男は不敵に微笑むと、懐から国王の印章が捺された爵位授与の親書を取り出した。
「私はオリビエ・ロンゲール。国王陛下より、ロンゲール伯爵家の全権継承を認められた、現伯爵だ。同時に、アステリア家とは切っても切れぬ縁がある」
会場にどよめきが広がる。あの「家を追われた少年」が、隣国の外交権を握る最強の伯爵として帰還したという噂は、一瞬で確信に変わった。
カルロスは顔を真っ青にし、隣で震えるビビアンの手を握りしめた。伯爵家次男の彼にとって、現伯爵であるオリビエは、文字通り手も足も出ない雲の上の存在だ。
「さあ、ロクサーヌ。こんな雑音の多い場所はもういいだろう。行こうか」
オリビエはカルロスを一瞥もせず、ロクサーヌの腰を抱き寄せ、静まり返る会場を悠然と後にした。
夜風が吹き抜ける、子爵邸のバルコニー。
夜会の喧騒を後にして、今は月の光だけが二人を照らしている。
ロクサーヌは、隣に立つオリビエの横顔を見つめた。伯爵として、堂々と自分を連れ去った彼の横顔は、もはや「お兄様」と呼んでいた頃の面影を完全に上書きしていた。
「お兄様……。あんな大勢の前で、あのような振る舞いを。チャーチル家との関係が――」
「ロクサーヌ」
オリビエが、彼女に向き直った。
彼のエメラルドの瞳が、月光を浴びて妖しく光る。その瞳に映っているのは、世界でただ一人、目の前にいる女だけだ。
「僕はもう、君の兄として振る舞うことに限界を感じている」
「え……?」
「気づいているはずだ。アステリア子爵夫妻は、僕に家族としての愛をくれたが、血の一滴も繋がっていない。……君と僕の間には、何の制約もないんだ」
オリビエは、ロクサーヌの指先を取った。
彼女の右手の薬指で、自分が贈ったエメラルドの指輪が光っている。彼はその指を愛おしそうになぞり、そのまま彼女をバルコニーの欄干へと追い詰めるように一歩踏み出した。
「七歳のあの日、僕を絶望から救い上げたのは、君の笑顔だった。十八歳の時、あの無能な男との婚約を聞かされ、僕は自分の心を殺して君を祝福しようとした。……だが、無理だった」
オリビエの顔が、唇が触れそうなほど近づく。
ロクサーヌは逃げ場を失い、背中に冷たい大理石を感じながら、彼の激しい呼気と熱量に翻弄されていた。
「この五年、隣国で剣を振り回し、泥に塗れた交渉を続けてきたのは、すべて君を『義兄』としてではなく、『一人の男』として迎えに来るためだ」
「オリビエ、様……」
「ロクサーヌ。僕は今日、正式にアステリアの籍を抜けた。ロンゲール伯爵として独り立ちし、アステリア家とは対等な『同盟者』となる。……つまり、僕たちはもう、兄妹ではない」
彼はロクサーヌの顎をそっと持ち上げ、その潤んだ瞳を真っ直ぐに見据えた。
そこには、家族としての慈しみなど欠片もない。あるのは、長年檻に閉じ込めていた猛獣が、ようやく獲物を捕らえた瞬間の、暗く、甘い熱狂だった。
「これからは君を、妹として愛することは二度とないだろう。……一人の女として、僕のすべてを賭けて、君を奪いにいく」
宣告だった。
血の繋がりの終わり。そして、狂おしいまでの略奪愛の始まり。
ロクサーヌは、その強引で独占欲に満ちた言葉に、恐怖よりも深い疼きを覚えていた。
七年間、自分を後回しにしてきた婚約者の冷たさとは違う、肌を焼くようなオリビエの熱。
ロクサーヌの心は、自分でも驚くほど容易に、その熱の中へと溶け出していくのだった。
___________
エール📣いいね❤️お気に入り⭐️応援よろしくお願いします🙇♀️
あなたにおすすめの小説
この結婚は王命ですから。初夜で拒絶された花嫁です、それでは自由にやらせていただきます!
夏目みや
恋愛
「どうせ、形式だけの結婚だ。だから俺に期待するな。あんたは好きに生きればいい」
北部に嫁いできたシャルロットは夫となるイザークに、初夜で冷たく拒絶されてしまう。
南部の富豪、セバスティア侯爵家シャルロットと北部のイザーク・カロン侯爵。
北部と南部を結ぶ要となるこの結婚は、すなわち王命。
王命の重さ、理解してらっしゃいますか?
――まあ、いいか。そっちがその気なら、好きにやらせていただきます!
領地改革始めましょう。南部から持ってきた食料を市井にふるまい、お金だってジャンジャン使って景気よく!
好き勝手に過ごしていると、なぜか近づいてくる旦那様。
好きにしろと言ったのはそっちでしょう? なのに今さら距離を詰めてくるのはどうして?
この結婚の本当の目的を、彼はまだ知らない――。
【完結】お父様に愛されなかった私を叔父様が連れ出してくれました。~お母様からお父様への最後のラブレター~
山葵
恋愛
「エリミヤ。私の所に来るかい?」
母の弟であるバンス子爵の言葉に私は泣きながら頷いた。
愛人宅に住み屋敷に帰らない父。
生前母は、そんな父と結婚出来て幸せだったと言った。
私には母の言葉が理解出来なかった。
短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜
美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?
旦那様は、義妹の味方をしたことを心から後悔されているみたいですね♪
睡蓮
恋愛
マリーナとの婚約関係を築いていたクルーゲル伯爵、しかし彼はマリーナにとって義妹にあたるリオーネラとの関係を深めてしまい、その果てに子どもを作ってしまう。伯爵はマリーナを捨ててリオーネラを正式な婚約者にするよう動こうとするものの、その行いこそが自分たちを破滅に導く第一歩となってしまうのだった…。
番ではないと言われた王妃の行く末
にのまえ
恋愛
獣人の国エスラエルの王妃スノーは、人間でありながら“番”として選ばれ、オオカミ族の王ローレンスと結婚した。しかし三年間、彼に番と認められることも愛されることもなく、白い結婚のまま冷遇され続ける。
それでも王妃として国に尽くしてきたスノーだったが、ある日、ローレンスが別の令嬢レイアーを懐妊させ、側妃として迎えると知る。ついに心が折れたスノーは離縁を決意し、国を去ろうとする。
しかしその道中、レイアー嬢の実家の襲撃に遭い、スノーは命を落とす寸前、自身の命と引き換えに広域回復魔法で多くの命を救う。
これでスノーの、人生は終わりのはずだった。
だが次に目を覚ますと、スノーは三年前の結婚式当日に戻っていた。何度死んでも、何度拒絶しても、結婚式の誓いの瞬間へと戻される。
番から逃れようと、スノーは何度も死を選ぶが――。
覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―
Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。
『最後に名前を呼ばれた日、私はもう妻じゃなかった』
まさき
恋愛
「おい」「なあ」
それが、夫が私を呼ぶときの言葉だった。
名前を呼ばれなくなって三年。
私は、誰かの妻ではあっても、もう“私”ではなかった。
気づかないふりをして、耐えて、慣れて、
それでも心は、少しずつ削れていった。
——だから、決めた。
この結婚を、終わらせると。
最後の日、彼は初めて私の名前を呼ぶ。
でも、その声は、もう届かない。