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婚約者は恋人に夢中
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アナスタシアは、放課後の生徒会室にひとり座る。机の上には書類が散らばり、ペンの音だけが静かに響く。
王家の執務と比べれば、ここでの作業は単純な書類仕事だ。だが、限られた時間でこなすべき仕事は思った以上に多く、頭は少しも休まらない。
アナスタシアは、全力で生徒会の運営に尽くす。小さな声にさえ耳を傾け、隅々まで気を配る。こうした日々が、いつか大きな実りとなることを、心の奥で願って。
――本来なら、生徒会長であるエドワード王太子殿下が行うべき執務だ。
でも、エドワードは、最愛のシャルロット嬢と市井へ遊びに出かけている。
側近三名と護衛を従えて、まるで小さな王の行列のように、楽しそうに街を歩いているのだろう。
本来であれば、殿下を嗜め、正しい道へ導くべき立場の側近たちでさえ、目を輝かせて遊びに夢中だ。
フェルナンド公爵令息、ステファン侯爵令息、チャールズ伯爵令息。
皆、それぞれの婚約者を放置して、新しい刺激に心を奪われている。
――あんなに可愛らしい方ですもの、当然なのでしょうね......ふふふ。
誰に聞かせるでもなく、私の胸の奥で自嘲が漏れた。
生徒会室には、ペン先が書類に触れる音だけが、冷たく、静かに響いている。
世界は灰色。
楽しいはずの放課後も、私にとっては単なる執務の時間。
色も声も、すべて遠くで揺れる光景のように、私には届かない。
◇◇◇
書類を一枚めくったとき、ふと窓の外が騒がしくなった。
夕陽が差し込むガラス窓の向こう、学院の門前に、小さな人だかりができている。
誰かと思えば――エドワード殿下だ。
傍らには、当たり前のようにシャルロット嬢が寄り添っている。
距離があっても、二人の笑みはよく見える。
殿下は、いつも私に向けられることのなかった柔らかな表情で、彼女の頭を軽く撫でていた。
胸の奥に、ひどく静かな痛みが走った。叫ぶわけでも、涙を流すわけでもない。ただ、冷たく沈むような痛み。
どうして、こんなに遠いのだろう。
同じ学院にいて、同じ時間を過ごしているはずなのに。
私は窓辺へ近づくことなく、ただ手元の書類に視線を落とした。
そうでもしなければ、何かが壊れてしまいそうだった。
けれど……。
少し開けた窓から耳に届くのは、生徒たちの声。
「わぁ……シャルロット様って、まるで物語のお姫様みたいね」
「殿下があんなに楽しそうに笑うなんて初めて見たわ」
「お似合いよね、あのお二人……」
まるで針のように、一つひとつの言葉が胸に刺さる。聞きたくなくても聞こえてしまうのが、残酷だった。
気づけば、私は深く息を吐いていた。白い息が出るわけではないのに、胸の内は凍りついたまま。
ああ――。
私の場所は、もう誰の隣にもないのだ、と。
その事実を、痛いほどはっきりと理解してしまった瞬間だった。
生徒会室の空気は相変わらず灰色で、ペン先の音だけが、静かに孤独を刻んでいた。
つづく
______________
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王家の執務と比べれば、ここでの作業は単純な書類仕事だ。だが、限られた時間でこなすべき仕事は思った以上に多く、頭は少しも休まらない。
アナスタシアは、全力で生徒会の運営に尽くす。小さな声にさえ耳を傾け、隅々まで気を配る。こうした日々が、いつか大きな実りとなることを、心の奥で願って。
――本来なら、生徒会長であるエドワード王太子殿下が行うべき執務だ。
でも、エドワードは、最愛のシャルロット嬢と市井へ遊びに出かけている。
側近三名と護衛を従えて、まるで小さな王の行列のように、楽しそうに街を歩いているのだろう。
本来であれば、殿下を嗜め、正しい道へ導くべき立場の側近たちでさえ、目を輝かせて遊びに夢中だ。
フェルナンド公爵令息、ステファン侯爵令息、チャールズ伯爵令息。
皆、それぞれの婚約者を放置して、新しい刺激に心を奪われている。
――あんなに可愛らしい方ですもの、当然なのでしょうね......ふふふ。
誰に聞かせるでもなく、私の胸の奥で自嘲が漏れた。
生徒会室には、ペン先が書類に触れる音だけが、冷たく、静かに響いている。
世界は灰色。
楽しいはずの放課後も、私にとっては単なる執務の時間。
色も声も、すべて遠くで揺れる光景のように、私には届かない。
◇◇◇
書類を一枚めくったとき、ふと窓の外が騒がしくなった。
夕陽が差し込むガラス窓の向こう、学院の門前に、小さな人だかりができている。
誰かと思えば――エドワード殿下だ。
傍らには、当たり前のようにシャルロット嬢が寄り添っている。
距離があっても、二人の笑みはよく見える。
殿下は、いつも私に向けられることのなかった柔らかな表情で、彼女の頭を軽く撫でていた。
胸の奥に、ひどく静かな痛みが走った。叫ぶわけでも、涙を流すわけでもない。ただ、冷たく沈むような痛み。
どうして、こんなに遠いのだろう。
同じ学院にいて、同じ時間を過ごしているはずなのに。
私は窓辺へ近づくことなく、ただ手元の書類に視線を落とした。
そうでもしなければ、何かが壊れてしまいそうだった。
けれど……。
少し開けた窓から耳に届くのは、生徒たちの声。
「わぁ……シャルロット様って、まるで物語のお姫様みたいね」
「殿下があんなに楽しそうに笑うなんて初めて見たわ」
「お似合いよね、あのお二人……」
まるで針のように、一つひとつの言葉が胸に刺さる。聞きたくなくても聞こえてしまうのが、残酷だった。
気づけば、私は深く息を吐いていた。白い息が出るわけではないのに、胸の内は凍りついたまま。
ああ――。
私の場所は、もう誰の隣にもないのだ、と。
その事実を、痛いほどはっきりと理解してしまった瞬間だった。
生徒会室の空気は相変わらず灰色で、ペン先の音だけが、静かに孤独を刻んでいた。
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