【完結】王太子が「恋がしたい」と言い出したので、公爵令嬢は捨て身の復讐を始めます──みなさままとめて地獄へどうぞ

恋せよ恋

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敬う価値なし

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 朝の学院は、白く冷たい光に満たされていた。その中を、アナスタシアがゆっくりと歩いて行く。廊下へ足を踏み入れた瞬間、待ち伏せする三つの影が見えた。

 エドワード殿下の側近たちの婚約者――かつて苦情を寄せてきた、あの三人の令嬢である。

「アナスタシア様、良からぬ噂を耳にいたしましたの。……シャルロット嬢が、エドワード殿下のお子を授かられたとか。噂は本当ですの?」

 心配するふりをしているが、瞳の奥に好奇心がちらりと光る。

「ごきげんよう。朝から三人そろって……わたくしをお待ちだったのかしら?」

 三人の令嬢たちは、少し顔をゆがめて食い下がる。

「わたくしどもの婚約者は、シャルロット嬢が王宮へ迎えられた時点で……関係が終わったようでしてよ」

「でも、アナスタシア様は違いますものね。――シャルロット様は側妃になられるとか?」

「男爵令嬢にご寵愛を奪われるなんて……ふふ。わたくしでしたら、恥ずかしくて外も歩けませんわ...... って... えっ...」

 三人がふと目を向けたときには――これまで彼女らを油断させていた、従順で柔和な“未来の王太子妃アナスタシア”の微笑みは跡形もなかった。

 そこに立っていたのは、冷えきった瞳だけが鋭く光る別人のようなアナスタシアだった。

「ふふ……セリーヌ伯爵令嬢。エレーヌ侯爵令嬢。カロリーヌ子爵令嬢」
 
 アナスタシアが名を呼ぶだけで、三人の背筋に冷たいものが走った。

「あなた方、まるで王族にでもなったつもりなの? ずいぶん偉そうに語られるのね。」

 穏やかな声。だが、その奥にある冷気が肌を刺した。三人の令嬢は口を開こうとしたが――声が... 出ない。

「……わたくし、愚か者の相手をしている時間はございませんの」

 淡々と告げられた一言が、待ち伏せしていた三人を一瞬で“従う側”に変えてしまう。三人の表情が、戸惑いと恐怖に変わる。

 高貴なる血筋と教育、未来の王太子妃としての才覚が織りなす威圧感。

「一度だけ言います。愚鈍なあなた方でも理解できるように。――”次は、ない“。...... わかった?」

 朝の静寂が、ひどく冷たい。
 三人は動けず、その場に立ち尽くすしかなかった。



 廊下を曲がり、人通りの途絶えた場所で、声をかけられた。

「あっ、あの! わたしはビアンカです!」
「ぼっ、僕はテリーです!」

 面識のない二人が、震える声でアナスタシアに駆け寄ってくる。

「あの、アナスタシア様を呼び止めるなんて失礼だとは思うのですが……どうしてもお伝えしたくて……!」

「僕らは平民で、学院で学ぶことさえも、学費や寮費が大きな負担で……」

「だから、アナスタシア様が作ってくださった“奨学金”と“特待生制度”のおかげで――」

「「勉強を続けられています! 本当にありがとうございます!!」」

 二人は、ずっと感謝を伝える機会を探していたのだろう。
 アナスタシアの胸に、静かに温もりが灯る。

「わたくしの方こそ、ありがとう。制度が少しでも皆さんの役に立つのなら嬉しいわ。今後も改良の余地はあるでしょう。……お互い、勉学に励みましょう」

 二人は深々と頭を下げ、弾むように走り去った。

 黒く塗りつぶされた世界が、少しだけ――灰色に戻った気がした。

◇◇◇

 王太子妃教育のため登城すると、マグノリア王妃から呼び出しを受けた。
 女官の先導で、重い気持ちのまま王妃の居室へ向かう。

「ごきげんよう、アナスタシア。早速だけれど、シャルロット嬢の件はあなたに管理を任せるわ。
 いずれ側妃となれば、後宮の管理は正妃であるあなたの仕事になるでしょう。予算は王太子妃の予算から、よろしく。用件は以上。下がっていいわ。」

「承りました。失礼いたします」

 下品で愚鈍な女狐の王妃から、己の過去をなぞるようなふしだらな男爵令嬢の“管理”を任された。
 ご指示通り、管理は、徹底的に――なされるべきだ。

 アナスタシアは、儀礼上、無能な王妃を敬ってきた。しかし、こちらへの感謝がないのなら、今後は一切の憂慮も無用。無能の指示は無視することを、心の奥底で静かに決めた。

 廊下を歩いていると、シリル第二王子殿下に出会った。

 側妃セザンヌ様の子であり、エドワード殿下とは一歳違い。端正な顔立ちに頭脳明晰、人柄も良く人望もある。公爵家の後ろ盾もあり、学院内でも評判は上々だった。

 現王フィリップ陛下は、セザンヌ公爵令嬢と正式に婚約していながら、マグノリア伯爵令嬢と不貞関係を持った。
 そして――婚約者ではないマグノリアが子を孕んだことで、陛下は“責任”という名の決断を下し、彼女を正妃として迎えたのだ。

 弱小伯爵家の娘では、王家の後ろ盾としては心もとない。
 そのため、セザンヌ公爵令嬢との婚姻も形式上は維持され、書面では“側妃”として扱われた。

 ダグラス公爵家という後ろ盾を捨てられなかっただけなのか、それとも、真に愛したのは婚約者セザンヌだったのか――。
 どちらが真実かは、フィリップ陛下自身にしかわからない。

 ただ王宮には、決して口に出されない“答え”だけが、ひっそりと漂っていた。

 ――易々とハニートラップに落ちた哀れな男。
 ――金の価値を見抜けず、代わりに“粗末な石ころ”を拾い上げた凡庸な王。

 陰口というものは、実に恐ろしい。
 事実よりも先に、嘲りの方が形を持つのだから。

 そんなセザンヌ側妃のお子であるシリル殿下が、眉尻を下げ、どこか気の毒そうに言った。

「バカなエドワードの尻拭いは大変だね。君ほど気高く優秀な婚約者がいながら、下品な阿婆擦れに夢中になるなんて...... 大バカだ。僕だったら、絶対に大切にするのに。」

「...... シリル様にお会いできて、少し気が晴れましたわ。」

 偶然お会いするたびに、温かい気遣いの言葉をかけてくださる、優しいお方。

 今日は、ふたつ、いいことがあった。
わたくしは、まだ、生きていける。

つづく
______________

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