【完結】王太子が「恋がしたい」と言い出したので、公爵令嬢は捨て身の復讐を始めます──みなさままとめて地獄へどうぞ

恋せよ恋

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王妃の転落

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「マグノリア! お前は……なんてことをしてくれたんだ!」

 王宮の奥深くまで、陛下の怒声が響き渡った。
 普段は温厚なフィリップとは思えない、荒々しい怒気──。その迫力に、王妃は身をすくませ、怯えるしかなかった。

「お前は、この国を潰したいのか! ……いや、もう、ダメかもしれん……もう。」

 蒼白になったフィリップの顔。血走った瞳。
 そこに、ローザリア王国の王としての威厳は一欠片もない。
 あるのはただ──大国ローゼンタール王国の怒りに震え上がる、ひとりの小物の姿。

「陛下! わ、わたくしは……! ただ、社交の場で王妃であるこの私に恥をかかせたアナスタシアを、少し嗜めたかっただけで!」

 マグノリアは、プライドも体面もかなぐり捨て、フィリップの足にすがりつき、必死に許しを乞う。

「ええい、うるさい! お前は離宮で謹慎していろ! 公務はすべてセザンヌが代理で行う……。
 ──本来、あるべき姿に戻るだけだ。」

 その最後の呟きこそが、王妃マグノリアの胸を深く切り裂いた。

 これまでも陰で何を言われているか、知っていた。
 能力もないくせに、公爵令嬢セザンヌを差し置いて王妃になった無能。
 王をたぶらかして子を孕んだ、したたかな女狐──。

 それでも。
 フィリップを愛した想いだけは、嘘ではなかった。
 誰に何を言われようと、その想いは宝石のようにきらめいていたのに。

◇◇◇

「大丈夫かい、アナスタシア?……毒を盛られたわりには……まあ、えっと……平気そう、だね?」

 兄サミュエルは、面会に来るなり怪訝そうに眉をひそめた。

「ふふふ。ええ、おかげさまで。“毒を盛られた”わりには元気ですわ。」

 顔色こそ蒼白だが、目の光も表情も、いつものアナスタシアそのものだった。

「伯父上から王家に書簡が届いたらしいね。今ごろフィリップ陛下は青ざめているんじゃないかな。ははは。」

 サミュエルは、あえて軽い調子で愉快そうに言う。アナスタシアの体調を思っての配慮だろう。

「そうですわね。フィリップ陛下も、マグノリア王妃を粛正せざるを得ないでしょうね。」

 アナスタシアの返答に、サミュエルは静かに頷いた。

「シャルロット嬢は、ショックで体調を崩されたそうだ。エドワード王太子が付き添っているらしい。……あの二人の間に、愛情はあったのだな。」

 その言葉は、アナスタシアの胸に小さな痛みを落とす。
 エドワードとシャルロット――二人の間に恋心が通っていたという事実が、どうしようもなく悲しかった。

 そのとき、扉を叩く音が響いた。

「失礼いたします。ローゼンタール王国より使者がお越しです。お連れしてもよろしいでしょうか?」

 家令のうかがう声だ。

「ええ、お通ししてちょうだい。」

 本来なら、公爵家の令嬢の寝室に使者が通されるはずもない。だがアナスタシアにもサミュエルにも、誰が来訪したのかは分かっていた。

 ――コンコン。

「失礼いたします。お連れいたしました。」

「失礼。……アナスタシア、大丈夫か?」

 入室したのは、黒髪に漆黒の瞳を持つ美丈夫だった。逞しい体つきに高潔な気品をまとい、その表情には深い心配と、そして確かな安堵が入り混じっていた。

「お前、また無茶をしたのだろう? 自分を大切にしろよ!」

 気安い口ぶりと、その柔らかな眼差しは、彼とアナスタシアの親密さを自然と示していた。

「ふふふ、ごめん。ライナス、わざわざありがとう。こんな機会だけれど……幼馴染のあなたに会えて嬉しいわ。」

 青白い顔に浮かんだ微笑みは、十七歳の少女らしいあどけなさを帯びていた。

 サミュエルは、目を細めて幼馴染の二人を見つめる。その視線には、安堵と、どこか兄らしい温かい期待が滲んでいた。


 翌日、まだ“王太子”の肩書きを持つエドワードから、アナスタシアへの面会の伺いが届いた。

「……会いたくないのなら、断ってもいい。お前が傷つく必要はない。」

 サミュエルは、妹の心が再び痛むことを恐れ、そっと言葉を添えた。

 しかしアナスタシアは、長い沈黙ののち静かに首を振った。

「いいえ、お兄様。エドワード王太子殿下と……どうしても一度だけお話ししたく存じます。──たぶん、これが最後になりますから。」

 エドワードの未来が決まってしまう前に。“かつて婚約者だった人”と、きちんと終わりを告げたかった。

 胸の奥に残る痛みを抱えたまま、アナスタシアは面会を受ける覚悟を決めたのだった。


つづく
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