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アナスタシア倒れる
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シャルロットからヴェルデン公爵家へ、お茶会の招待状が届いた。
「まあ……シャルロット様に、招待状を出すという“常識”があったなんて……」
アナスタシアは、素直にそう思った。同時に、背後で誰かが手を回している気配を、確かに感じ取っていた。
◇◇◇
――茶会の穏やかな空気が、破れる音がした。
シャルロットは今日も無邪気な笑顔で、部屋着のような緩んだドレスのまま、私を迎えた。
“妊婦にも安心な茶葉”をくれたという知り合い。その茶を、誇らしげに差し出してくる彼女は、本当に全てを信じ切っているのだろう。
だからこそ、滑稽で、哀れで、利用しやすい。
公爵家から派遣した侍女、メアリーの視線の先には、見覚えのない侍女――
王妃殿下の差し金。媚薬を仕込まされた哀れな駒。
メアリーが止めなかった。それだけで、私は“飲んでよい”と判断した。
カップから立ちのぼる香りは、本当に甘く、やさしかった。
だが、私が口に含んだのは、仕込まれた媚薬でも、無害な茶葉でもない。
――私自身が用意した、ごく微量の毒。
喉を掻きむしり、血を吐き、崩れ落ちる。
視界の端で、シャルロットがぽかんと口を開け、護衛たちが侍女を押さえつけ、離宮が瞬く間に緊急態勢へと変貌していく。
これでいい。
予定通り、すべてが動き出した。
「御典医を呼べ!」
「誰も外に出すな!」
「両陛下に急報を!」
「ヴェルデン公爵家へ伝令!」
喧騒が波のように押し寄せ、私はその中心でただ静かに呼吸を整える。
御典医が胃洗浄を施すが、血液が混じらないことに疑問を抱いたようだ。
当然だ。
これは“死ぬための毒”ではない。“騒ぎを起こすための毒”だ。
そして、もっとも期待した人物が現れた。
王妃殿下――マグノリア。
――やはり、こうなるのね。
シャルロットの離宮は喧騒に沈み、誰もが右往左往している。
私は血を吐いて倒れただけ。ほんの少量の毒――正しくは、私が用意したものを口にしただけで、命の危険など最初からなかった。
だが、王妃殿下は違う。
あの方は、“盛ったのは媚薬のはず”だと信じ、侍女にそう命じた。その侍女も、わたしの侍女メアリーも、その事実をよく知っている。
それでも結果はこうだ。
アナスタシアが血を吐き、倒れ、離宮が封鎖され、国王陛下と王太子へ急報が走る。
王妃は青ざめ、声を失い、王太子は状況も呑み込めず騒ぎ立てている。
――混乱。焦燥。沈黙。
望んだ景色が、今ここに広がっている。
王妃殿下は“媚薬を盛らせただけ”だったはずだ。
けれど、世間はそんな細部まで区別してはくれない。
結果がすべて。人は、都合よく“最も刺激的な物語”を選ぶもの。
血を吐いた未来の王太子妃。
王妃の指示で動いた侍女。
密室の離宮。
真っ青になり、一言も出せぬ王妃殿下の姿。
――どれもこれも、私の手を汚さず得られる絶好の“証拠”。
メアリーはすべてを理解している。
彼女が止めなかった。それだけで十分だった。
私はただ、用意した毒を飲み、倒れた。
それだけでいい。
あとは、人々が勝手に物語をつくる。
そして――
王妃殿下の取り乱しほど、格好の材料はない。
ああ、まったく。
侍女一人に媚薬を盛らせただけで済むと思うあたり、やはり“甘い”のね、王妃殿下。
私は、静かに目を閉じた。
ここから先は、もう私が動く必要すらない。
つづく
_________________________
いいね❤️で作者のやる気が爆上がりします🔥
「まあ……シャルロット様に、招待状を出すという“常識”があったなんて……」
アナスタシアは、素直にそう思った。同時に、背後で誰かが手を回している気配を、確かに感じ取っていた。
◇◇◇
――茶会の穏やかな空気が、破れる音がした。
シャルロットは今日も無邪気な笑顔で、部屋着のような緩んだドレスのまま、私を迎えた。
“妊婦にも安心な茶葉”をくれたという知り合い。その茶を、誇らしげに差し出してくる彼女は、本当に全てを信じ切っているのだろう。
だからこそ、滑稽で、哀れで、利用しやすい。
公爵家から派遣した侍女、メアリーの視線の先には、見覚えのない侍女――
王妃殿下の差し金。媚薬を仕込まされた哀れな駒。
メアリーが止めなかった。それだけで、私は“飲んでよい”と判断した。
カップから立ちのぼる香りは、本当に甘く、やさしかった。
だが、私が口に含んだのは、仕込まれた媚薬でも、無害な茶葉でもない。
――私自身が用意した、ごく微量の毒。
喉を掻きむしり、血を吐き、崩れ落ちる。
視界の端で、シャルロットがぽかんと口を開け、護衛たちが侍女を押さえつけ、離宮が瞬く間に緊急態勢へと変貌していく。
これでいい。
予定通り、すべてが動き出した。
「御典医を呼べ!」
「誰も外に出すな!」
「両陛下に急報を!」
「ヴェルデン公爵家へ伝令!」
喧騒が波のように押し寄せ、私はその中心でただ静かに呼吸を整える。
御典医が胃洗浄を施すが、血液が混じらないことに疑問を抱いたようだ。
当然だ。
これは“死ぬための毒”ではない。“騒ぎを起こすための毒”だ。
そして、もっとも期待した人物が現れた。
王妃殿下――マグノリア。
――やはり、こうなるのね。
シャルロットの離宮は喧騒に沈み、誰もが右往左往している。
私は血を吐いて倒れただけ。ほんの少量の毒――正しくは、私が用意したものを口にしただけで、命の危険など最初からなかった。
だが、王妃殿下は違う。
あの方は、“盛ったのは媚薬のはず”だと信じ、侍女にそう命じた。その侍女も、わたしの侍女メアリーも、その事実をよく知っている。
それでも結果はこうだ。
アナスタシアが血を吐き、倒れ、離宮が封鎖され、国王陛下と王太子へ急報が走る。
王妃は青ざめ、声を失い、王太子は状況も呑み込めず騒ぎ立てている。
――混乱。焦燥。沈黙。
望んだ景色が、今ここに広がっている。
王妃殿下は“媚薬を盛らせただけ”だったはずだ。
けれど、世間はそんな細部まで区別してはくれない。
結果がすべて。人は、都合よく“最も刺激的な物語”を選ぶもの。
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王妃の指示で動いた侍女。
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真っ青になり、一言も出せぬ王妃殿下の姿。
――どれもこれも、私の手を汚さず得られる絶好の“証拠”。
メアリーはすべてを理解している。
彼女が止めなかった。それだけで十分だった。
私はただ、用意した毒を飲み、倒れた。
それだけでいい。
あとは、人々が勝手に物語をつくる。
そして――
王妃殿下の取り乱しほど、格好の材料はない。
ああ、まったく。
侍女一人に媚薬を盛らせただけで済むと思うあたり、やはり“甘い”のね、王妃殿下。
私は、静かに目を閉じた。
ここから先は、もう私が動く必要すらない。
つづく
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