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ライナスの想い
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ローゼンタールの使者として訪れたライナスは、床に伏す恋しい人を見つめ、物思いに沈んだ。
(こんなに青白い顔をして……アナスタシア。どうしてお前が、こんな目に遭わねばならない……。許せん!)
ライナスはローゼンタール王国の名門、トルドー公爵家の嫡男であり、次期公爵だ。本来なら婚約者がいて然るべき立場だが、本人の強い希望で未だ婚約は結ばれていない。
公爵夫人ミランダは、息子のアナスタシアへの想いを察し、アナスタシアの結婚式が済むまでは自由にさせていた。
とはいえ、ライナスとアナスタシアは“所詮、幼馴染”にすぎない。
アナスタシアの母であるローゼンタール王国第二王女アントワネットと、ライナスの母ミランダは学園時代の同級生で、とりわけ親しい友だった。その縁で、アントワネットの存命中は夏休みになると、ライナスは母に伴われローザリア王国のヴェルデン公爵家へ避暑に訪れ、一ヶ月ほど滞在していた。
年が近く、立場も同じ“公爵家の跡取り”であったため、兄サミュエルとはすぐに打ち解けた。そしてその妹アナスタシアとも自然と親しくなり――いつしか彼女は、ライナスにとって初恋の相手となった。
「ライナス、婚約の釣り書きが大量に届いたぞ。どうする? 一応目を通してみるか?」
「……いえ。お断りします。」
父トルドー公爵が持ってくる婚約候補の書簡に、ライナスが応じることは一度としてなかった。
兄サミュエルは、幼馴染の二人を横目に、ふっと目を細めた。
ライナスはアナスタシアの顔色を気遣い、言葉を選びながらも、彼女の名を呼ぶ声はどこか重く震えていた。アナスタシアもまた、弱った身体でありながら、彼を見上げる眼差しだけは驚くほど柔らかい。
――兄として、その変化に気づかないはずがなかった。
(まったく……わかりやすいな。ライナス、お前……。いや、アナスタシアも、だな。...... だが、自覚はしていない...のか?)
サミュエルは、二人の距離感、呼吸、声色――そのすべてが、ただの幼馴染には見えないことを悟った。
しかし、サミュエルは何も言わなかった。
今は、アナスタシアの身体が何より大事であり、彼女を安堵させる存在が他にいるなら、それを否定する理由もなかった。
むしろ、ライナスの目に宿る怒りと哀しみに似た感情を見て、サミュエルは静かに息をついた。
(……守りたいと思っているのか。あの子を。)
その思いに気づいたとき、サミュエルの胸にほんの少しだけ、兄としての複雑な感情がよぎる。
しかし結局、彼は柔らかな笑みを浮かべ、黙ってライナスの肩を軽く叩いた。
まるで、「妹を頼むぞ」とでも言うように。
今回の訪問に際し、ライナスはローゼンタール王国アルベルト陛下より、サミュエルの父――ヴェルデン公爵リチャード宛の書簡を預かっていた。
____
此度の事変、我がローゼンタール王国に対する明確なる背任行為とみなす。
愛しき姪アナスタシアへの暴挙、断じて看過ならぬ。
よって、ヴェルデン公爵リチャードは嫡男サミュエルに公爵位を譲り、速やかに隠居せよ。
もしこれに背くならば、ヴェルデン公爵家といえど容赦はしない。
その家名、王命により断つものと心得よ。
ローゼンタール王 アルベルト
____
ライナスが差し出した王直筆の書簡を前に、サミュエルは表情を硬くした。
封蝋には、ローゼンタール王家の紋章――双頭の白鷹が深々と刻まれている。
「……父上に、ですか。」
サミュエルは書簡を静かに開き、王命の一字一句を目で追う。
そして最後の行に至った瞬間、その瞳にわずかな震えが走った。
(……アルベルト陛下は、本気だ。)
ベッドに横たわるアナスタシアは、兄の低い呟きを聞いたとたん、目をギュッとつぶった。
「伯父様……そこまで……。」
幼い頃から“優しい伯父”として慕ってきたアルベルト王。その筆跡で “家を断つ” とまで書かれている現実は、胸を熱くした。
サミュエルはそっと妹の肩に手を置く。
「アナスタシア。伯父上は……“妹の娘”であるお前だからこそ、ここまで怒ってくださったのだ。」
そのとき、呼ばれていたリチャード公爵が入室し、書簡を手に取った。
文面に目を走らせるや否や、老練な顔がみるみる蒼白になる。
「こ、こんな……! そこまでのことか!
アルベルト陛下に、我がヴェルデン公爵家の継承に口を挟む権利など――あるはずがない! わしは……わしこそがヴェルデン公爵だ!」
公爵は口角に泡を散らし、書簡を握りしめた手をガタガタと震わせた。怒号というより、恐怖と焦燥が混じった悲鳴に近い。
その姿は、長年“老獪な政治家”と恐れられてきた男の影を完全に失わせていた。
アナスタシアはローゼンタール王家の血を引く“王女の娘”。
彼女が毒を盛られたという事実は、ローゼンタール王国に対する重大な侮辱行為であり、王家への挑戦でもある。
沈黙すれば、「ローゼンタールは王族を守らない弱腰の国」と見なされかねない。
ローザリア王国は、近年――政務の混乱と、他国への外交姿勢の弱体化などが問題視されていた。
アルベルト王にとって、サミュエルの方が政治・軍事で有能かつ、アナスタシアを守れる力量があると判断されたため、公爵家の世代交代を強制した。
アナスタシアの血筋は、ローザリア王家とローゼンタール王家の“かけ橋”として極めて重要であり、その命が狙われたということは、両国の関係悪化に直結する外交問題である。
アナスタシアが倒れたことで、二国間の均衡が大きく変わった瞬間だった__。
その頃。
ローザリア王宮では、アルベルト王の書簡が届けられるや否や、雷が落ちたような騒ぎとなっていた。
「王家の断罪……? しかも“ヴェルデン公爵家の当主交代”だと……?」
「前例がない! これはローザリアへの内政干渉を意味する!」
「だが……アナスタシア様を害した罪は、もはや弁明できぬ……」
王宮の重臣たちは真っ二つに割れた。
ーーローザリア王家の威信を守るため、ローゼンタールの王命に抗うべきだ!
ーーいや、これ以上ローゼンタールを怒らせれば戦火が上がる!
ーーむしろヴェルデン公爵家の当主交代を機に、王国内の膿を出すべきだ
混乱の中心には、もちろん――
マグノリア王妃の罪状があった。
ローザリアはこれを、完全に隠し通すことはできない。王妃の取り調べ中であることも、重臣の間では既に噂となっていた。
(……ローゼンタール王家は、もう“許す気”はないのだ)
と、誰もが悟った。
つづく
_______________________
読んでくれた方、ぜひ「いいね」で作者を元気にしてください💖
(こんなに青白い顔をして……アナスタシア。どうしてお前が、こんな目に遭わねばならない……。許せん!)
ライナスはローゼンタール王国の名門、トルドー公爵家の嫡男であり、次期公爵だ。本来なら婚約者がいて然るべき立場だが、本人の強い希望で未だ婚約は結ばれていない。
公爵夫人ミランダは、息子のアナスタシアへの想いを察し、アナスタシアの結婚式が済むまでは自由にさせていた。
とはいえ、ライナスとアナスタシアは“所詮、幼馴染”にすぎない。
アナスタシアの母であるローゼンタール王国第二王女アントワネットと、ライナスの母ミランダは学園時代の同級生で、とりわけ親しい友だった。その縁で、アントワネットの存命中は夏休みになると、ライナスは母に伴われローザリア王国のヴェルデン公爵家へ避暑に訪れ、一ヶ月ほど滞在していた。
年が近く、立場も同じ“公爵家の跡取り”であったため、兄サミュエルとはすぐに打ち解けた。そしてその妹アナスタシアとも自然と親しくなり――いつしか彼女は、ライナスにとって初恋の相手となった。
「ライナス、婚約の釣り書きが大量に届いたぞ。どうする? 一応目を通してみるか?」
「……いえ。お断りします。」
父トルドー公爵が持ってくる婚約候補の書簡に、ライナスが応じることは一度としてなかった。
兄サミュエルは、幼馴染の二人を横目に、ふっと目を細めた。
ライナスはアナスタシアの顔色を気遣い、言葉を選びながらも、彼女の名を呼ぶ声はどこか重く震えていた。アナスタシアもまた、弱った身体でありながら、彼を見上げる眼差しだけは驚くほど柔らかい。
――兄として、その変化に気づかないはずがなかった。
(まったく……わかりやすいな。ライナス、お前……。いや、アナスタシアも、だな。...... だが、自覚はしていない...のか?)
サミュエルは、二人の距離感、呼吸、声色――そのすべてが、ただの幼馴染には見えないことを悟った。
しかし、サミュエルは何も言わなかった。
今は、アナスタシアの身体が何より大事であり、彼女を安堵させる存在が他にいるなら、それを否定する理由もなかった。
むしろ、ライナスの目に宿る怒りと哀しみに似た感情を見て、サミュエルは静かに息をついた。
(……守りたいと思っているのか。あの子を。)
その思いに気づいたとき、サミュエルの胸にほんの少しだけ、兄としての複雑な感情がよぎる。
しかし結局、彼は柔らかな笑みを浮かべ、黙ってライナスの肩を軽く叩いた。
まるで、「妹を頼むぞ」とでも言うように。
今回の訪問に際し、ライナスはローゼンタール王国アルベルト陛下より、サミュエルの父――ヴェルデン公爵リチャード宛の書簡を預かっていた。
____
此度の事変、我がローゼンタール王国に対する明確なる背任行為とみなす。
愛しき姪アナスタシアへの暴挙、断じて看過ならぬ。
よって、ヴェルデン公爵リチャードは嫡男サミュエルに公爵位を譲り、速やかに隠居せよ。
もしこれに背くならば、ヴェルデン公爵家といえど容赦はしない。
その家名、王命により断つものと心得よ。
ローゼンタール王 アルベルト
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ライナスが差し出した王直筆の書簡を前に、サミュエルは表情を硬くした。
封蝋には、ローゼンタール王家の紋章――双頭の白鷹が深々と刻まれている。
「……父上に、ですか。」
サミュエルは書簡を静かに開き、王命の一字一句を目で追う。
そして最後の行に至った瞬間、その瞳にわずかな震えが走った。
(……アルベルト陛下は、本気だ。)
ベッドに横たわるアナスタシアは、兄の低い呟きを聞いたとたん、目をギュッとつぶった。
「伯父様……そこまで……。」
幼い頃から“優しい伯父”として慕ってきたアルベルト王。その筆跡で “家を断つ” とまで書かれている現実は、胸を熱くした。
サミュエルはそっと妹の肩に手を置く。
「アナスタシア。伯父上は……“妹の娘”であるお前だからこそ、ここまで怒ってくださったのだ。」
そのとき、呼ばれていたリチャード公爵が入室し、書簡を手に取った。
文面に目を走らせるや否や、老練な顔がみるみる蒼白になる。
「こ、こんな……! そこまでのことか!
アルベルト陛下に、我がヴェルデン公爵家の継承に口を挟む権利など――あるはずがない! わしは……わしこそがヴェルデン公爵だ!」
公爵は口角に泡を散らし、書簡を握りしめた手をガタガタと震わせた。怒号というより、恐怖と焦燥が混じった悲鳴に近い。
その姿は、長年“老獪な政治家”と恐れられてきた男の影を完全に失わせていた。
アナスタシアはローゼンタール王家の血を引く“王女の娘”。
彼女が毒を盛られたという事実は、ローゼンタール王国に対する重大な侮辱行為であり、王家への挑戦でもある。
沈黙すれば、「ローゼンタールは王族を守らない弱腰の国」と見なされかねない。
ローザリア王国は、近年――政務の混乱と、他国への外交姿勢の弱体化などが問題視されていた。
アルベルト王にとって、サミュエルの方が政治・軍事で有能かつ、アナスタシアを守れる力量があると判断されたため、公爵家の世代交代を強制した。
アナスタシアの血筋は、ローザリア王家とローゼンタール王家の“かけ橋”として極めて重要であり、その命が狙われたということは、両国の関係悪化に直結する外交問題である。
アナスタシアが倒れたことで、二国間の均衡が大きく変わった瞬間だった__。
その頃。
ローザリア王宮では、アルベルト王の書簡が届けられるや否や、雷が落ちたような騒ぎとなっていた。
「王家の断罪……? しかも“ヴェルデン公爵家の当主交代”だと……?」
「前例がない! これはローザリアへの内政干渉を意味する!」
「だが……アナスタシア様を害した罪は、もはや弁明できぬ……」
王宮の重臣たちは真っ二つに割れた。
ーーローザリア王家の威信を守るため、ローゼンタールの王命に抗うべきだ!
ーーいや、これ以上ローゼンタールを怒らせれば戦火が上がる!
ーーむしろヴェルデン公爵家の当主交代を機に、王国内の膿を出すべきだ
混乱の中心には、もちろん――
マグノリア王妃の罪状があった。
ローザリアはこれを、完全に隠し通すことはできない。王妃の取り調べ中であることも、重臣の間では既に噂となっていた。
(……ローゼンタール王家は、もう“許す気”はないのだ)
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