【完結】王太子が「恋がしたい」と言い出したので、公爵令嬢は捨て身の復讐を始めます──みなさままとめて地獄へどうぞ

恋せよ恋

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セザンヌ妃殿下との密談

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──やはり、そういうことだったのね。

 エドワード殿下が突然「恋がしたい」などと言い出した、あの奇妙な変化。
 生徒会での無気力、王太子としての責務から逃げるような日々。
 あれは、彼自身の気まぐれではない、と胸の奥でざらりと引っかかった違和感。
 わたしは、殿下の未熟さゆえの逃避だと思っていた。けれど──違った。

 もっと大きな“流れ”の兆しだったのだ。

 セザンヌ妃殿下は、ダグラス公爵家随一の才媛。
 その後ろ盾があれば、シリル殿下を王太子に推し立てることも容易い。
 そんな方が、ただフィリップ陛下の側妃として添うだけで満足するはずがない。
 ……いいえ、本来、側妃の立場に甘んじられる方ではない。

──王宮の水面下では、すでに“筋書き”は形になっていた。

 正妃として治世を支え、その後、王太子教育を終えたシリル殿下を戴冠させるという青写真が。

 エドワード殿下が、なぜ恋にかまける余裕を許されたのか。
 次期国王にあるまじき甘えを、なぜ誰も咎めなかったのか。

 理由は一つ。

──“誰も、彼を王にするつもりがなかったから”。

 その構図に気づいた瞬間、背筋がひやりと冷えた。
 わたしが今、セザンヌ妃殿下に問い詰めるのは怒りだけではない。
 この国すべてが、知らぬまま流されてゆく未来を見てしまったから。

 だからこそ、当事者の口から、確かめずにはいられなかった。

「……あなたは、エドワード殿下が王太子である未来を、初めから“無いもの”として動いていた。違いますか?」

 セザンヌ妃殿下は扇子をそっと畳み、穏やかな瞳でわたしを見返した。
 やわらかく、美しい。だが──底が見えない。

「ふふふ。本当に、鋭い子ね。アナスタシア」

 その声音には、感心とわずかな愉悦が混じっていた。
 その奥に揺らめくのは、長い年月封じ込めてきた怨念。
 マグノリア王妃に向けた憎しみか。
 それとも、裏切った元婚約者──フィリップ陛下へのものか。

 わたしの問いに、セザンヌ妃殿下はふっと遠い目をした。

「……ええ。あなたの言う通りよ」

 柔らかな微笑みなのに、その声は驚くほど冷たい。

「わたくしは、いずれ正妃になるつもりだった。そして、シリルが王位を継ぐべきだと……昔から思っていたわ」

 一拍置き、

「だって……わたくしが本来“そうなるはずだった”のだから」

 その言葉に、わたしは目を細める。

「フィリップ陛下が……マグノリア伯爵令嬢と?」

 セザンヌ妃殿下は、初めて女としての痛みを隠しきれず、苦い表情を浮かべた。

「ええ。あの方は、わたくしに黙ってマグノリアと逢瀬を重ね……そして子まで成したのです」

 その声音は、いまだ癒えぬ傷に触れる刃のようだった。

「婚約者がいる身で、よくもあんなことができたものよ。わたくし……フィリップを愛していたというのに」

 静かなのに、確かに燃える炎があった。

「屈辱だったわ。八歳から王妃教育を受けてきた、本来なら正妃となる正当な婚約者のわたくしに……議会は側妃となるよう決定を下したの」

 当時を思い出しているのだろう。セザンヌ妃殿下の表情は辛そうだった。

「なにより哀しかったのは……フィリップからの謝罪も、求婚もなかったこと。ふふふ、信じられますか? 彼は当然のように、わたくしと子を成したのです」

 痛みに耐えるように、誰に聞かせるでもなく、一人語りはつづく。

「だから決めたの。‘王妃の座を奪い返す’のではなく――‘母として、シリルの未来を守る’と」

 セザンヌ妃殿下は、わたしを真っ直ぐに見据えた。

「王家の血を継ぐのは、マグノリアの息子・エドワードだけではない。シリルも同じ血を受け継いでいる。むしろ、裏切られたのはわたくしの方……ならば、未来を勝ち取る権利はあるでしょう?」

 気品を崩さぬまま、底知れぬ野心が静かに滲み出る。

「わたくしは、シリルを王にするつもりです。フィリップ陛下が作った‘矛盾だらけの治世’が終わったあとにね」

 そして、わずかに息を吐き、

「アナスタシア。あなたにだけは謝らないといけません。結果として、エドワードは不貞行為で子を成しました。
 わたくしは――自分がされたのと同じ方法で、あなたを傷つけてしまった」

 ほんの一瞬、息が詰まった。

「……その苦しみを、誰よりも知っているのに。ごめんなさい。
 あれから二ヶ月ほど経つけれど……体調はどう? まだ、どこか疲れの色が残っているわね……。」

 この面会で初めて、わたしはセザンヌ妃殿下という“ひとりの女の、本当の顔”を見た気がした。

「あなたは、シリルのことをどう思っているのかしら? ひとつ年下だけれど、親の欲目で見ても素敵な子だと思うの。……婚約者として考えてはくれないかしら?」

「わたしは毒に侵された身です。王族の伴侶には適しませんわ……」
 伏し目がちにまつ毛を震わせて返答するアナスタシアを、セザンヌは痛ましげに見つめた。

「最後に……ひとつだけ、よろしいでしょうか?」
 どうしても今、この場で聞かねばならないことがあった。

「……エドワード殿下の、“恋のお相手”にシャルロット・クレイ男爵令嬢が選ばれたのは、本当に偶然でしょうか?」

 この一点が、どうしても気になっていた。セザンヌ妃殿下の答え次第で、エドワード殿下への見方が、心の奥底から揺らいでしまうかもしれない。

「……アナスタシア、辛い答えになるけれど……シャルロット嬢との出会いは偶然よ。
 わたくしも、そこまでは仕組まなかったわ。まさか、子まで成すとは思わなかったけれど……。“蛙の子は蛙”ということかしらね。皮肉なものだわ」

 セザンヌ妃殿下の眼差しには、同じ痛みを知る者としての、私への静かな気遣いが滲んでいた。
 しかし、それが私の胸に染み入るほど温かいものではなく、逆に切なさだけを深く刻む。

 心の奥で、どうしようもなく疼く寂しさ。エドワード殿下が、シャルロット嬢に恋をした揺るがない事実。
 私は、そっと唇を噛みしめ、誰にも見せられない思いを胸に秘めたまま、答えを受け入れるしかなかった。

つづく

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