【完結】王太子が「恋がしたい」と言い出したので、公爵令嬢は捨て身の復讐を始めます──みなさままとめて地獄へどうぞ

恋せよ恋

文字の大きさ
20 / 93

シリルの想い

しおりを挟む

「シリル第二王子殿下! 本日は、セザンヌ妃殿下のご随行でしょうか?」

 孤児院のシスターに声をかけられ、シリルは軽く会釈を返しながら、教会の奥へと案内されていった。

 ――本当は、聞くつもりなんてなかった。
 第二王子としての務めを果たすため、今日はただ母に随行しただけ。
 けれど、母の様子が気になり、つい足が後を追ってしまったのだ。

 その結果が、これである。
 教会の奥、ひっそりとした柱の影で、母とアナスタシア嬢の会話に耳を澄ませる自分。

(……第二王子が、こんなところで聞き耳を立てているなど、知られたら叱られるに決まっている)

 そう思いながらも、耳は離れてくれなかった。

 アナスタシア嬢に向けて、母上が語ったあの言葉。
 胸の奥に長く、深く閉じ込めていた想い。
 ひとつこぼれるたびに、まるで自分の心がゆっくりと握り潰されていくようだった。

 知らなくていいと思っていた。
 知ったところで、自分には何もできないのだから。
 けれど耳は勝手に拾ってしまう。
 母上の、震える呼吸も、言葉の途切れ方も、全部。

 ――ああ、もし母上に見つかったら、叱られるんだろうな。
 だけど今は、そんなことどうでもいい。

 こんなにも切なくなるなら、聞くんじゃなかった。
 なのに、どうしてだろう。
 耳が離れてくれない。

(――どうしてあなたは、そんなふうに自分を卑下するのだ)

 アナスタシアの震える声音を聞いた瞬間、胸の奥に鋭い棘が刺さったようだった。
 毒の後遺と、過去の婚約破棄。
 彼女は、自分が“王族に相応しくない”と本気で思い込んでいる。

(そんな理由で、あなたが誰かの隣に立てないと……誰が決めた?)

 喉の奥が熱くなる。
 今ここで柱の陰から飛び出して、「そんなことはない」と言い切れたなら。
 けれど、それをしてしまえば二人を困惑させ、何より――“自分の気持ち”を露骨にさらけ出すことになる。

(僕の想いを、知られてはいけない)

 今の自分は、ただの第二王子に過ぎないのだ。
 母の後押しがなければ、彼女の人生に触れることさえ許されない。

 それなのに――

(……婚約者として、考えられるか)

 母の問いが耳奥に反響し、胸が激しく揺さぶられる。
 それは、想像していた未来の形ではある。
 けれど“母の策略の一環としての問い”なのか、それとも“息子の幸せを願う母の本心”なのか。
 どちらにしても、アナスタシアがどう答えるかで自分の未来は大きく変わる。

 待つしかないという事実が、こんなにも苦しいものだったとは。

(アナスタシア……あなたは、僕をどう見ている?
 兄の影から現れた“代わり”としてか。
 一学年下の、ただの後輩としてか。
 それとも――)

 唇を噛む。
 ほんの少しでも期待してしまう自分が、情けなくて、愚かしくて。

(こんなにも……あなたに触れたくて、近づきたくて。
 その声を、僕に向けてくれたらと思ってしまうなんて)

 兄の未来が狂い、母が傷つき、自分もまたその渦の中で何度も立ち尽くしてきた。
 そのすべてを知った今でさえ――いや、知ったからこそ。

(それでも、僕は……母を恨めない。そして、アナスタシア、君を欲しいと思ってしまう)

 どうしようもなく、ただひとりの少女を。

 柱の陰で、心臓の鼓動だけがやけに大きく響く。
 彼女の答えひとつで、未来が動く。

◇◇◇

 ここ一週間。
 エドワードの失脚により、状況は一変した。

  兄の周りには、経験豊かな重鎮や、何十年も政務を支えてきた側近たちがいた...... 側近三人は、アナスタシア嬢によって粛正されたが。

 それに比べて、僕の四人は……若い。爵位もバラバラだし、「実績」という意味では薄い。
 けれど、僕が信頼し選び取った仲間たちだ。能力だけを見て集めた者たちでもある。

 ……それでも、不安はある。
 急激に変わった立場に、心が追いつかない。
 学園では本来、僕が次期生徒会長となって校務を学ぶはずだったのに、兄が卒業扱いとなり去った今、僕は学園にすら通えずにいる。
 こんな状態で、本当に王太子としての責任を果たしていけるのだろうか――。

 いや、弱気は捨てろ。僕ひとりじゃない。
 あいつら四人が、必ず支えてくれる。
 シリルに残されたのは、幼少期からの帝王学に基づく未完成の知識と、あまりにも急すぎる重責だった。

 不安は募り、胸の奥に孤独が広がっていく。
 ――こんなことで、本当に王太子の責任を果たせるのだろうか。

 “皆の前に立つはずだった自分は、今、どこにいる?”

 胸の奥の不安と焦りは、日に日に強まっていく。
 そんな中、シリルは無意識に――アナスタシアを求めてしまうのだった。

(頼む……どうか僕を、拒まないでくれ)

つづく

______________

📚✨ 新連載スタート! ✨📚
【旦那様に学園時代の隠し子!?
娘のためフローレンスは笑う - 昔の女は引っ込んでなさい!】

お時間のある方は、ぜひ読んでいただけたら嬉しいです☺️💖🌿✨

✨「いいね❤️」をポチッと押してもらえると、嬉しくて筆が進みます💫
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

言いたいことはそれだけですか。では始めましょう

井藤 美樹
恋愛
常々、社交を苦手としていましたが、今回ばかりは仕方なく出席しておりましたの。婚約者と一緒にね。 その席で、突然始まった婚約破棄という名の茶番劇。 頭がお花畑の方々の発言が続きます。 すると、なぜが、私の名前が…… もちろん、火の粉はその場で消しましたよ。 ついでに、独立宣言もしちゃいました。 主人公、めちゃくちゃ口悪いです。 成り立てホヤホヤのミネリア王女殿下の溺愛&奮闘記。ちょっとだけ、冒険譚もあります。

【完結】私が誰だか、分かってますか?

美麗
恋愛
アスターテ皇国 時の皇太子は、皇太子妃とその侍女を妾妃とし他の妃を娶ることはなかった 出産時の出血により一時病床にあったもののゆっくり回復した。 皇太子は皇帝となり、皇太子妃は皇后となった。 そして、皇后との間に産まれた男児を皇太子とした。 以降の子は妾妃との娘のみであった。 表向きは皇帝と皇后の仲は睦まじく、皇后は妾妃を受け入れていた。 ただ、皇帝と皇后より、皇后と妾妃の仲はより睦まじくあったとの話もあるようだ。 残念ながら、この妾妃は産まれも育ちも定かではなかった。 また、後ろ盾も何もないために何故皇后の侍女となったかも不明であった。 そして、この妾妃の娘マリアーナははたしてどのような娘なのか… 17話完結予定です。 完結まで書き終わっております。 よろしくお願いいたします。

婚約破棄されたので、前世の知識で無双しますね?

ほーみ
恋愛
「……よって、君との婚約は破棄させてもらう!」  華やかな舞踏会の最中、婚約者である王太子アルベルト様が高らかに宣言した。  目の前には、涙ぐみながら私を見つめる金髪碧眼の美しい令嬢。確か侯爵家の三女、リリア・フォン・クラウゼルだったかしら。  ──あら、デジャヴ? 「……なるほど」

前世の旦那様、貴方とだけは結婚しません。

真咲
恋愛
全21話。他サイトでも掲載しています。 一度目の人生、愛した夫には他に想い人がいた。 侯爵令嬢リリア・エンダロインは幼い頃両親同士の取り決めで、幼馴染の公爵家の嫡男であるエスター・カンザスと婚約した。彼は学園時代のクラスメイトに恋をしていたけれど、リリアを優先し、リリアだけを大切にしてくれた。 二度目の人生。 リリアは、再びリリア・エンダロインとして生まれ変わっていた。 「次は、私がエスターを幸せにする」 自分が彼に幸せにしてもらったように。そのために、何がなんでも、エスターとだけは結婚しないと決めた。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

手放してみたら、けっこう平気でした。

朝山みどり
恋愛
エリザ・シスレーは伯爵家の後継として、勉強、父の手伝いと努力していた。父の親戚の婚約者との仲も良好で、結婚する日を楽しみしていた。 そんなある日、父が急死してしまう。エリザは学院をやめて、領主の仕事に専念した。 だが、領主として努力するエリザを家族は理解してくれない。彼女は家族のなかで孤立していく。

病めるときも健やかなるときも、お前だけは絶対許さないからなマジで

あだち
恋愛
ペルラ伯爵家の跡取り娘・フェリータの婚約者が、王女様に横取りされた。どうやら、伯爵家の天敵たるカヴァリエリ家の当主にして王女の側近・ロレンツィオが、裏で糸を引いたという。 怒り狂うフェリータは、大事な婚約者を取り返したい一心で、祝祭の日に捨て身の行動に出た。 ……それが結果的に、にっくきロレンツィオ本人と結婚することに結びつくとも知らず。 *** 『……いやホントに許せん。今更言えるか、実は前から好きだったなんて』  

処理中です...