【完結】王太子が「恋がしたい」と言い出したので、公爵令嬢は捨て身の復讐を始めます──みなさままとめて地獄へどうぞ

恋せよ恋

文字の大きさ
41 / 93

選ばれる者、選ばれなかった者

しおりを挟む
 王宮の広間には、シリル王太子の婚約者候補とされる三名の令嬢が集められていた。

 グローリー公爵令嬢コーデリア、十五歳。
 アデル侯爵令嬢ジュリエット、十六歳。
 ヴェルデン公爵令嬢アナスタシア、十七歳。

 そしてその場で、ベイドン伯爵令嬢ロクサーヌの婚約者候補辞退が、正式に発表された。

「三名の令嬢方には、王太子妃教育を受けていただくことになる。もっとも、アナスタシア嬢はすでに修了しているがな。ジュリエット嬢、コーデリア嬢は、後日、王宮での講習日程を確認してもらいたい」

 宰相の説明を受け、アナスタシアが静かに声を上げた。

「恐れながら、よろしいでしょうか?」

 宰相が頷き、発言を許可するのを確認してから、彼女は続ける。

「十代後半の令嬢を三人も、王太子の婚約者候補として拘束する――それは、いかなるお考えによるものでしょうか。
 もし婚約者に選ばれず、王太子妃とならなかった場合、わたくしどもの将来については、どのようにお考えですの?」

 鋭い問いかけに、宰相はあらかじめ用意していた答えを口にした。

「……その点については、王家としても考慮している。シリル殿下の側近である令息二名の、婚約者としてお迎えする準備を進めている」

「そうですか……。そこに、わたくしたち自身の意見や感情は、汲んではいただけないのですね。残念ですわ」

 淡々としたアナスタシアの声は、宰相や居並ぶ官僚たちの胸に、静かな痛みを残した。

「可能な限り善処し、皆が納得できる形で収めるつもりだ。どうか了承してほしい」

 ――結局、令嬢の気持ちは二の次。それが、現実だった。

「それでしたら、わたくしは、この場でご辞退――」

 アナスタシアが言葉を継ごうとした、その瞬間だった。

 ――ギィ……。

 重厚な扉が、静寂を切り裂くように開く。

 誰もが息を呑み、音のした方を振り返った。
そこに立っていたのは、シリル王太子だった。

 予定外の来訪。
 しかも、儀礼の進行を待つこともなく、彼はまっすぐに歩み出る。

 広間の空気が、わずか一歩ごとに塗り替えられていく。

 シリルは、まず宰相を見た。
 視線だけで、場の主導権を奪う。

「ローレンス。この場で婚約者を決定する」

 それは、相談でも提案でもない。
 決定事項の宣告だった。

「……いいな?」

 宰相は一瞬だけ目を伏せ、それから小さく息を吐いて苦笑する。
 幼い頃から彼を見てきた者にしか見せない、諦観と親愛の混じった表情だった。

「……承知いたしました、殿下」

 その瞬間、場の構図が変わった。

 コーデリア・グローリー公爵令嬢は、思わず指先を握りしめる。
 胸の奥が、ひくりと痛んだ。

(……決まって、しまうの?)

 覚悟はしていた。
 それでも、言葉にされる前の“可能性”が、音もなく閉じていく感覚に、呼吸が浅くなる。

 ジュリエット・アデル侯爵令嬢は、わずかに肩を震わせ、視線を伏せた。

(……お父様は、きっと激怒なさるわ)

 王太子妃になれなかった。
 その事実だけで、どれほどの叱責が待っているか――考えずともわかる。

(折檻、でしょうね……)

 背筋をなぞる冷たい感覚に、唇を噛みしめる。
 ここで涙を見せるわけにはいかなかった。泣けば、それは「弱さ」として咎められる。

 だからこそ、ジュリエットはただ静かに、頭を下げ続けた。
 それが、彼女に許された唯一の“耐え方”だった。

 そんな二人の感情を置き去りにしたまま、シリルは一歩、前へ出る。

「わたしは――」

 その声が、広間に静かに、しかし確実に響いた。

「アナスタシア・ヴェルデン公爵令嬢を、婚約者として指名する」

 空気が、ぴたりと止まった。

「受けてくれるね、アナスタシア」

 威厳ある声音。
 だが、その瞳だけが、答えを待つように、かすかに揺れていた。

「返事は、すぐでなくていい。後日、ヴェルデン公爵家へ正式な書簡を送る。サミュエル殿とも、よく話し合ってほしい」

 その言葉を受け、アナスタシアは静かにカーテシーで応えた。

「コーデリア嬢、ジュリエット嬢。本日は、わざわざ呼び立ててしまい、すまなかった。後日、そちらにも書簡を送る。
 グローリー公爵夫妻、アデル侯爵夫妻にも、よろしく伝えてくれたまえ」

 二人の令嬢は、揃ってカーテシーで了承を示す。
 その様子を見て、ほんの一瞬、アナスタシアの眉がひそめられた。

(……ジュリエット様、足を痛めていらっしゃるのかしら)

 こうしてその場はいったん解散となり、それぞれが帰路についた。

◇◇◇

「アナスタシア。『やっぱり』というべきか……結局、王太子妃に逆戻りだったね。ははは」

 公爵家に戻り、兄サミュエルに一通りの顛末を報告したあとの、最初の一言だった。

「……お兄様、笑い事ではありませんわ。面倒ごとが舞い戻ってきた、という心境ですの」

 アナスタシアの表情には、わずかに疲れが滲んでいたが、悲壮感はなかった。

「どうだい? 正直なところ、シリル殿下とは……うまくやっていけそうかい?」

「……わかりませんわ。誠実で、真っ直ぐな方だとは思いますけれど。エドワード殿下も……最初は、そうでしたもの」

 サミュエルは、妹アナスタシアの心の奥底に、いまだエドワードに裏切られた傷が、じくじくと血を流し続けていることを悟り、胸の内でため息をついた。

「君が、どうしても嫌だというなら――ローゼンタール王国へ逃げる手もある。きっと、ライナスが大手を振って迎えてくれるさ」

 冗談めかした兄の口調に、アナスタシアは思わず、自然な笑みを浮かべた。

(現実を受け入れて、シリル殿下と共に歩んでいく……もう一度だけ、信じてみようかしら)
________________

あなたのエール📣いいね❤️お気に入り⭐が、作者の励みになります✨
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

言いたいことはそれだけですか。では始めましょう

井藤 美樹
恋愛
常々、社交を苦手としていましたが、今回ばかりは仕方なく出席しておりましたの。婚約者と一緒にね。 その席で、突然始まった婚約破棄という名の茶番劇。 頭がお花畑の方々の発言が続きます。 すると、なぜが、私の名前が…… もちろん、火の粉はその場で消しましたよ。 ついでに、独立宣言もしちゃいました。 主人公、めちゃくちゃ口悪いです。 成り立てホヤホヤのミネリア王女殿下の溺愛&奮闘記。ちょっとだけ、冒険譚もあります。

婚約破棄されたので、前世の知識で無双しますね?

ほーみ
恋愛
「……よって、君との婚約は破棄させてもらう!」  華やかな舞踏会の最中、婚約者である王太子アルベルト様が高らかに宣言した。  目の前には、涙ぐみながら私を見つめる金髪碧眼の美しい令嬢。確か侯爵家の三女、リリア・フォン・クラウゼルだったかしら。  ──あら、デジャヴ? 「……なるほど」

前世の旦那様、貴方とだけは結婚しません。

真咲
恋愛
全21話。他サイトでも掲載しています。 一度目の人生、愛した夫には他に想い人がいた。 侯爵令嬢リリア・エンダロインは幼い頃両親同士の取り決めで、幼馴染の公爵家の嫡男であるエスター・カンザスと婚約した。彼は学園時代のクラスメイトに恋をしていたけれど、リリアを優先し、リリアだけを大切にしてくれた。 二度目の人生。 リリアは、再びリリア・エンダロインとして生まれ変わっていた。 「次は、私がエスターを幸せにする」 自分が彼に幸せにしてもらったように。そのために、何がなんでも、エスターとだけは結婚しないと決めた。

王命により、婚約破棄されました。

緋田鞠
恋愛
魔王誕生に対抗するため、異界から聖女が召喚された。アストリッドは結婚を翌月に控えていたが、婚約者のオリヴェルが、聖女の指名により独身男性のみが所属する魔王討伐隊の一員に選ばれてしまった。その結果、王命によって二人の婚約が破棄される。運命として受け入れ、世界の安寧を祈るため、修道院に身を寄せて二年。久しぶりに再会したオリヴェルは、以前と変わらず、アストリッドに微笑みかけた。「私は、長年の約束を違えるつもりはないよ」。

【完結】婚約破棄に祝砲を。あら、殿下ったらもうご結婚なさるのね? では、祝辞代わりに花嫁ごと吹き飛ばしに伺いますわ。

猫屋敷むぎ
恋愛
王都最古の大聖堂。 ついに幸せいっぱいの結婚式を迎えた、公女リシェル・クレイモア。 しかし、一年前。同じ場所での結婚式では―― 見知らぬ女を連れて現れたセドリック王子が、高らかに宣言した。 「俺は――愛を選ぶ! お前との婚約は……破棄だ!」 確かに愛のない政略結婚だったけれど。 ――やがて、仮面の執事クラウスと共に踏み込む、想像もできなかった真実。 「お嬢様、祝砲は芝居の終幕でと、相場は決まっております――」 仮面が落ちるとき、空を裂いて祝砲が鳴り響く。 シリアスもラブも笑いもまとめて撃ち抜く、“婚約破棄から始まる、公女と執事の逆転ロマンス劇場”、ここに開幕! ――ミステリ仕立ての愛と逆転の物語です。スッキリ逆転、ハピエン保証。 ※「小説家になろう」にも掲載。 ※ アルファポリス完結恋愛13位。応援ありがとうございます。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

【完結】私が誰だか、分かってますか?

美麗
恋愛
アスターテ皇国 時の皇太子は、皇太子妃とその侍女を妾妃とし他の妃を娶ることはなかった 出産時の出血により一時病床にあったもののゆっくり回復した。 皇太子は皇帝となり、皇太子妃は皇后となった。 そして、皇后との間に産まれた男児を皇太子とした。 以降の子は妾妃との娘のみであった。 表向きは皇帝と皇后の仲は睦まじく、皇后は妾妃を受け入れていた。 ただ、皇帝と皇后より、皇后と妾妃の仲はより睦まじくあったとの話もあるようだ。 残念ながら、この妾妃は産まれも育ちも定かではなかった。 また、後ろ盾も何もないために何故皇后の侍女となったかも不明であった。 そして、この妾妃の娘マリアーナははたしてどのような娘なのか… 17話完結予定です。 完結まで書き終わっております。 よろしくお願いいたします。

病めるときも健やかなるときも、お前だけは絶対許さないからなマジで

あだち
恋愛
ペルラ伯爵家の跡取り娘・フェリータの婚約者が、王女様に横取りされた。どうやら、伯爵家の天敵たるカヴァリエリ家の当主にして王女の側近・ロレンツィオが、裏で糸を引いたという。 怒り狂うフェリータは、大事な婚約者を取り返したい一心で、祝祭の日に捨て身の行動に出た。 ……それが結果的に、にっくきロレンツィオ本人と結婚することに結びつくとも知らず。 *** 『……いやホントに許せん。今更言えるか、実は前から好きだったなんて』  

処理中です...