【完結】王太子が「恋がしたい」と言い出したので、公爵令嬢は捨て身の復讐を始めます──みなさままとめて地獄へどうぞ

恋せよ恋

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揺れる想いの向こうに

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 ローゼンタール王国、トルドー公爵家。
 アナスタシアは、馬車を降りて広々とした庭園を歩く。陽射しが優しく差し込み、花々が微かに香る。久しぶりの土地に心が弾む一方で、王宮での重苦しい日々の記憶が、胸の奥でかすかに疼いた。

「やあ、アナスタシア。また、美しくなったな」

 庭園の奥から声が響いた。振り向くと、ライナスが立っていた。
 二十歳――彼もまた、少年の面影を残しながらも、しっかりとした大人の気配を纏っている。幼馴染として育ったはずの相手だが、その変化にアナスタシアは微かに息を呑む。

「ライナス……お久しぶりね」

 アナスタシアは自然に微笑む。王宮では強く、冷静であろうと努めていたが、ここでは幼い頃の距離感が戻ってくるような安堵を覚える。

「お前を二度も捨てた王家なんか、もう気にする必要はない。ここで思う存分、自分の道を歩けばいい。俺は――俺はお前が好きだ」

 ライナスの瞳は真っ直ぐで、言葉に迷いはない。
 アナスタシアの心に、ふと胸の奥が熱くなる感覚が走った。

 その瞬間、ミランダ伯母様が苦笑混じりに現れる。
「到着早々、あんまり押せ押せだと、強引な男は女性に嫌われるわよ」

 ライナスは肩をすくめるように笑ったが、視線は逸らさない。
 
 アナスタシアもまた、その瞳を避けようとはしなかった。互いに遠慮のない、しかしどこか懐かしい距離感。言葉にしなくても伝わる、幼馴染ならではの呼吸。

「ええ、でも……こんなに早く会えるなんて思っていなかったわ」
 
 アナスタシアの声は柔らかく、かつての幼い日々を思い出すように響いた。ライナスの笑顔に、胸の奥で小さな波が立つ。

「俺もだよ。アナスタシアに会えるのを、ずっと楽しみにしていた」
 彼の声には、喜びと、少しの照れも混ざる。長年の友情を超えた感情が、静かに滲み出る瞬間だ。

 庭園の噴水を中心に、二人はゆっくりと歩く。花の香りと小鳥の囀りが、会話の間を柔らかく埋める。ライナスは幼い頃の習慣で、アナスタシアの手を軽く取ろうとするが、すぐに思いとどまる。アナスタシアも微笑みながら、手の感触を覚えている。

「ローゼンタールに来るのは、これが初めてね」

「そうだな。でも、お前が来ると知って、色々と準備しておいたんだ。庭の花も、食事も。お前に喜んでもらいたくて」
 ライナスの言葉には、少年の頃の無邪気さと、大人になった今の誠実さが同居していた。
 アナスタシアは胸の奥で、じんわりと温かいものを感じる。

「ありがとう、ライナス。心遣い、嬉しいわ」
 アナスタシアの声に、自然な柔らかさが戻る。王宮での冷徹な顔とは違う、自分らしい笑顔。
 ライナスもそれに応えるように、微笑みを深めた。

 二人は庭を抜け、公爵家の広間へと向かう。そこで待つのは、誕生祝賀会の準備。豪華な装飾や、程よく整えられた食卓。しかし、アナスタシアにとっては、そのすべてよりも、ライナスとの再会のほうが胸に響く。

「アナスタシア……俺は、お前のやりたいことがあれば、ここで思い切りやればいいと思う。王家や王子たちのように縛られることもない」
 ライナスの声には、真摯な誠意が宿っている。
 
 アナスタシアの心は、少年の頃の無邪気な笑顔を思い出しながら、しかし大人としての責任感と希望の間で揺れる。

「ありがとう、ライナス。あなたの想いは、わたしの力になるわ」
 アナスタシアは深く頷き、胸の奥で小さな決意を固めた。
 王宮では許されなかった自由が、ここにはある。そして、彼女の政策を支えた経験は、この地でも活かされるだろう。

 二人の距離は、言葉以上に心で通じ合っている。幼馴染としての親しさ、大人としての敬意、そして互いに感じる小さな想い――そのすべてが、静かに、しかし確かに心を結びつけていた。

「アナスタシア、滞在中はゆっくり過ごして欲しい」
「ええ、ありがとう。お世話になります」

 公爵家の広間に、笑い声と祝福の空気が満ちる。アナスタシアは、静かに胸を膨らませる。王宮での戦いを終え、ようやく心から自由を感じる瞬間。だが、胸の奥には、まだ守り抜くべき記憶と、成し遂げた政策の自負も残っている。

 ライナスは、再会の喜びに胸を躍らせながら、ふと小さく呟いた。
「アナスタシア……俺は、お前がずっと幸せでいてほしい」

 その言葉に、アナスタシアはわずかに笑みを返す。王家に縛られず、自分自身として生きられる場所。幼馴染と過ごすこの時間が、彼女にとって新しい希望となるのだった。



 ミランダは、午後の陽が差し込む応接間で、静かに紅茶を口にした。
 その仕草はいつもと変わらない穏やかさを保っているが、アナスタシアには、その瞳の奥にある真剣さがはっきりと見えた。

「……アナスタシア」

 名を呼ばれ、彼女は背筋を正す。

「ライナスはね、あなたに本気よ」

 一切の前置きも、婉曲もない言葉だった。
 ミランダはカップを置き、まっすぐにアナスタシアを見つめる。

「トルドー公爵家の嫡男が、二十歳になっても正式な婚約者を置かないなんて、常識的には異常です。ええ、はっきり言ってしまえばね」

 責めるような口調ではない。
 だが、その言葉は重く、逃げ場がなかった。

「それでも、あの子は誰にも応じなかった。縁談は、いくつもあったのよ。公爵家としても、国としても、悪くない話ばかりだったのよ」

 ミランダは小さく息をつき、続ける。

「それでも、あの子は首を縦に振らなかった。理由は、あなたよ、アナスタシア」

 胸の奥が、静かに軋んだ。

「あなたが王家に縛られている間も、婚約が解消されたあとも……ライナスは、ずっと待っていたのよ。希望を捨てずにね」

 それは、母として誇らしい息子の姿でもあり、同時に――危うさを孕んだ想いでもある。

「だから……あなたに、お願いがあるの」

 ミランダの声は、柔らかいが、揺るがない。

「本気で、ライナスとの婚約を考えてみてくれないかしら?」

 一拍、沈黙が落ちる。

「もし――あなたの答えが『ノー』なら」

 ミランダは視線を逸らさず、静かに言った。

「その時は、どうか、あの子をきっぱりと振ってちょうだい。
 曖昧な優しさは、希望を長引かせるだけ。あの子にとって、それが一番残酷なのよ」

 母として、息子を守るための言葉だった。
 同時に、アナスタシアを責めないための、最大限の配慮でもある。

「あなたは、もう誰かの都合で人生を縛られる必要はない。
 だからこそ――選ぶなら、あなた自身の意思で。選ばないなら、それも、はっきりと」

 応接間に、静かな空気が満ちる。

 アナスタシアは、しばらく言葉を探してから、ゆっくりと口を開いた。

「……わかりました。ミランダ伯母様」

 その声は、落ち着いていた。

「ライナスの気持ちも、伯母様の想いも、きちんと受け止めます」

 彼女は微笑んだが、その表情には、軽さはない。

(――もう、逃げることも、流されることも、許されない)

 それは重荷ではなく、ようやく与えられた“自分で選ぶ権利”だった。

 ミランダは、その表情を見て、わずかに目を細める。

「ええ。急がなくていいわ。
 ただ、あなたが自分の人生を、あなたの足で選ぶこと。それだけを願っているわ」

 そこで、ミランダは悪戯っぽく笑う。
「親の欲目かもしれないけれど、あの子、カッコよくて大人気なのよ。ふふふ」

 母としての愛情と、政治家の家に生きる女性としての現実。
 その両方を知る者だけが持つ、静かな強さが、そこにはあった。
______________

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