【完結】王太子が「恋がしたい」と言い出したので、公爵令嬢は捨て身の復讐を始めます──みなさままとめて地獄へどうぞ

恋せよ恋

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新たな幕開け

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 アナスタシアは到着してから数日、長旅の疲れを癒すため、公爵邸の中でのんびりと過ごした。
 ライナスと共に庭園を散歩したり、お茶を飲みながら語らったり――それは、アナスタシアの人生で初めて経験する、予定に追われない穏やかな時間だった。

「……いいわね。こんなふうに、ゆっくり過ごすのは初めてかもしれないわ」
「おまえは頑張りすぎだ。少しは休めよ。心配になる」

 ライナスとの気の置けない会話は、張りつめていたアナスタシアの心に、静かに沁み込んでいった。

 

 そして迎えた、トルドー公爵邸での嫡男ライナス二十歳の祝賀会当日。
 アナスタシアは朝から、侍女たちの手によって入念に身支度を整えられていた。

「まあ……なんてお美しい御髪でしょう。銀色の髪が、まるで光を纏っているようですわ」
「本当ですわ。紫の瞳が宝石のよう……このお顔立ち、腕が鳴ります」
「ライナス坊っちゃまと並ばれたお姿を想像するだけで、思わずため息が出てしまいますわ」

 興奮気味の侍女たちの様子から、トルドー公爵家が使用人に深く慕われていることが、自然と伝わってくる。

(我が家の“今の”使用人たちも、似たような雰囲気かしら……ふふ)

 アナスタシアの母であるローゼンタール王国第二王女アントワネットと、ライナスの母ミランダは、学園時代の同級生で、とりわけ親しい友人だった。
 その縁もあり、アントワネットが存命中は、夏休みになるとライナスは母に伴われ、ローザリア王国のヴェルデン公爵家へ避暑に訪れ、一か月ほど滞在していた。

 ローゼンタール王国を訪れるのは今回が初めてだが、気持ちの上では、何度も訪れたことがあるような、不思議な親しみを覚えていた。

 トルドー公爵家が用意してくれた祝賀会用のドレスを、ステファニーは初めて目にした――。
 黒いシルクのように艶やかな生地に、たっぷりとあしらわれたシフォン。甘さに傾きすぎない洗練されたシルエットに、銀糸の刺繍が贅沢に施されている。
 
 刺繍をよく見れば、ローゼンタール王国の紋章と同じ、鷲と白百合が見事な意匠で描かれていた。王族に準ずる存在であるアナスタシアに、まさに相応しい紋様だ。

(誕生祝賀会に、黒のドレス……少し珍しいわね。でも、マナー違反では――ない、わよね?)

 祝賀会用のドレスに着替え、鏡の前に立つ。
 背後に控える侍女たちから、思わず「ほう……」と感嘆の息が漏れた。

 それほどまでに、着飾ったアナスタシアの姿は、ただ美しいだけの令嬢ではなかった。
 周囲を圧する気品と風格――十八歳とは思えぬ、挨拶する者が思わず背筋を正し、ひざまずきたくなるような威圧感さえ漂わせている。

――トントン。

「アナスタシア、準備は……――」

 部屋を訪れたライナスは、その姿を目にした瞬間、言葉を失い、その場で固まった。

「? ライナス……どうしたのかしら?」

 周囲の侍女に視線を向けるが、皆そろって苦笑しながら、意味ありげにニヤニヤしている。

(……考え事? それも、わざわざ入ってから?)

 しばらくして、ようやく正気を取り戻したライナスが、赤くなった顔のまま口を開いた。

「あ、ああ……その……綺麗だな、アナスタシア」

「ありがとう。……でも、ライナス、頬が赤いわよ。熱でもあるんじゃない? 主役が体調を崩したら大変だわ。列席者を迎えるまで、少し休んだら?」

「い、いや! 大丈夫だ! ……ただ……おまえが、美しすぎてな。見惚れてただけだ」

「礼装のライナスのほうが、よほど素敵よ。きっと、皆が見惚れるわ」

 ライナスは、黒い光沢を帯びたシルク地に銀糸の刺繍が施された礼装をまとっていた。艶やかな黒髪と、吸い込まれるような黒い瞳。その端正な容姿に、その装いは驚くほどよく映えている。

 笑顔で告げるアナスタシアに、ライナスは小さく、しかし確かな声で呟いた。

「……見惚れてほしいのは、お前だけだけどな……」

 侍女たちは、その様子に静かに身悶えていた。

 

 アナスタシアは隣国ヴェルデン公爵家の令嬢ではあるが、母アントワネットがローゼンタール国王アルベルトの王妹であるため、王位継承権は第八位にあたる。

 今回はトルドー公爵家の客人としての滞在だが、本来であれば王宮に迎えられても不思議ではない立場だった。

 アルベルト陛下への挨拶に登城する予定はあるものの、今夜の夜会では、王太子夫妻、そして第二王子とも顔を合わせることになっていた。




 祝宴が始まる前、トルドー公爵家の客間に、アウレリオ王太子とスカーレット王太子妃、そして第二王子セオドア殿下が姿を現した。

「アナスタシア。はじめましてだな、従姉妹殿。ローゼンタール王国王太子、アウレリオだ」
 そう名乗り、穏やかに微笑む。
「こちらが、妻のスカーレット王太子妃。そして、弟のセオドアだ」

 銀の髪に紫の瞳。いかにも王族然とした風格と気品を備えた二人の王子を前に、アナスタシアは胸の奥で不思議な感覚を覚えた。
 初対面であるはずなのに、どこか懐かしい――血の繋がりを意識させる感覚。
 それは、アナスタシアだけではなく、王子たちもまた同じ思いを抱いているようだった。

 アウレリオ王太子は二十三歳。成婚から三年が経ち、スカーレット王太子妃との間には、一歳になる第一王子ルードヴィヒ殿下が誕生している。
 一方、第二王子セオドア殿下はライナスと同い年で、幼馴染にして親友とも言える仲だという。

「ライナスの悪事なら、だいたい把握している。まあ、悪友ってところだな」
 セオドア殿下は楽しげに笑う。

 その隣で、ライナスは心底うんざりしたような表情を浮かべ、無言で控えていた。

 彼らは王族でありながら、このひとときは、アナスタシアにとって“家族”と過ごす、束の間の温かな時間だった。


 いよいよ、ライナスの二十歳の祝賀会が幕を開ける。
 アナスタシアにとって、母の祖国ローゼンタール王国で過ごす初めての夜会。煌めくシャンデリアの光が、広間いっぱいに満ちていた。

 銀糸が織り込まれた礼装の影が、床に優雅な模様を描く。隣に立つライナスの瞳も、今夜ばかりは特別な輝きを帯びている。

 招待客たちのざわめき、笑い声、グラスが触れ合う音……すべてが祝宴の熱を盛り上げる。
 アナスタシアは胸の奥で鼓動を高めながら、一歩ずつ夜会の中心へと歩みを進める。

 今宵、この国で、どんな物語が始まるのだろう――。

______________

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【無自覚人たらしマシュマロ令嬢、王宮で崇拝される 
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