【完結】王太子が「恋がしたい」と言い出したので、公爵令嬢は捨て身の復讐を始めます──みなさままとめて地獄へどうぞ

恋せよ恋

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あたたかな時間

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 翌日、アナスタシアはトルドー公爵夫妻に伴われ、ローゼンタール王国の王城へ登城した。
 ライナスも同行を強く望んだが、ミランダ公爵夫人に一喝され、押し留められた。

「アナスタシア! ウォルター副団長には気をつけるんだぞ! いいな! 近づくな! 話すな! 目を合わせるな!」

 ひとり騒ぐライナスを尻目に、アナスタシアは落ち着いた足取りで、公爵夫妻とともに王城へ向かった。

 城内では、アルベルト陛下とガーネット王妃に謁見した。
 アルベルト陛下は、妹アントワネットにそっくりのアナスタシアを目にし、目を潤ませた。

「君の母、マリーにそっくりだね。会いたかったよ……マリーがあんなに早くに亡くなるとは。もう八年か……。アナスタシア、君も大変だったね」

 王妃ガーネットは、母アントワネットの学園時代からの親友であり、アナスタシアを優しく抱きしめ、涙を流した。

「ああ、マリーが帰ってきたみたいだわ……会いたかったわ……ああ、マリー」

 ガーネットに抱きしめられるアナスタシアは、その体温の温かさに自然と涙が流れた。
(ああ、誰かに抱きしめられるって、こんなにも温かく、落ち着くものなのね)

「今回のローザリア王国での君に対する所業には、私たちも腹立たしく感じているんだ。可愛い姪が二度も婚約破棄されるなど……あり得ないだろう!」
 叔父であるアルベルト陛下の本気の怒りは、周囲をも圧倒する。

「本当に。マリーが元気だったら、王城に乗り込んで啖呵を切っているでしょうね。ふふふ。あなたのお母様は、とっても正義感にあふれた素敵な女性だったわ」

 亡き母の思い出に触れ、温かく気遣ってくれる両陛下に、アナスタシアは心からの感謝の念を抱いた。

「ありがとうございます、アルベルト陛下、ガーネット王妃殿下」

「アナスタシア、三人きりのときは、叔父上、叔母上と呼んでくれ。我々は家族だ」
「そうよ、アナスタシア。あなたは大好きなマリーの娘。わたくしにとっても、娘よ」

「……アルベルト叔父様、ガーネット叔母様、ありがとうございます……嬉しいです」

 見守っていたトルドー公爵夫妻の瞳も潤んでいた。

_____トントン 「失礼いたします!」

 近衛騎士が、アウレリオ王太子とセオドア第二王子の来訪を告げる。

「やあ、アナスタシア。昨日ぶりだね。父上と母上とは、ゆっくり話せたかな?」
「アナスタシア、いい顔をしている。満足いく面会だったようだね」

「はい、ありがとうございます」

「余の弟、マリーの二番目の兄にあたるガンツ大公ミカエルは、隣国ルナリア王国へ出向している。ミカエルも会いたがっていたのだが、残念だ。またの機会を楽しみにしてほしい」

「はい。いつか、ミカエル叔父様にもお会いできれば嬉しいです」

 王族とはいえ、家族。束の間の温かな時間に、皆の顔は自然と柔らかくなった。




 謁見を終え、アナスタシアはトルドー公爵夫妻とともに馬車寄せへ向かい、回廊を歩いていた。
 すると、背後から呼ぶ声が聞こえた。

「アナスタシア嬢!」

 足を止め、振り返ると──そこに立っていたのは、ウォルター副団長だった。

「トルドー公爵閣下、公爵夫人。失礼いたします。近衛騎士団副団長のウォルター・カークランドです。足を止めさせてしまい、申し訳ありません」

「ああ、カークランド公爵の御子息か。お勤めご苦労」
「初めまして。ミランダ・トルドーですわ。ご用件は何でしょうか?」

 ミランダは、ライナスの母として、恋敵の出現を女の勘で警戒する。

「失礼しました。アナスタシア嬢を見とどめ、つい声をかけてしまいました」

 白い騎士服に身を包んだ美男子の姿は、ご婦人方には大人気だろう。
 ミランダはアナスタシアを横目で見たが、その表情は微動だにしなかった。

(ライナス……あなたにも、まだ、希望はありそうね)

 アナスタシアは、回廊の石畳に目を落としながら、穏やかに頭を下げた。
「いえ、こちらこそ……お声をかけていただき、ありがとうございます」

 その声には、礼儀正しさとわずかな警戒が混ざっている。
 背後に立つウォルター副団長は、白い騎士服の胸元を軽く正し、わずかに眉を上げる。
 彼の視線は、まっすぐにアナスタシアを捉えていたが、強引さはなく、むしろ慎重な探りのようなものだった。

「アナスタシア嬢……先日ぶりですね。ローゼンタールには慣れましたか?」

 言葉自体は柔らかく礼儀正しいが、どこか内面を探るような響きがあった。
 アナスタシアは、思わず呼吸を整える。それでも背筋を伸ばし、微笑みを返す。
「ウォルター副団長様、ごきげんよう。おかげさまで、ゆっくり過ごせております」

 二人の間にはわずかな距離がある。三歩ほどの回廊の石畳が隔てるだけなのに、互いの存在は静かに、しかし確かに感じられた。

 ウォルターは視線を外さず、無理に近づくこともせず、軽く頭を下げる。
「……そう。それはよかった……」

 言葉は少なめだが、空気からは優しい気遣いが伝わってくる。
 アナスタシアは、その微妙な心遣いに気づきつつも、冷静を装うしかなかった。
(……この人と心を開くべきではない……けれど、目をそらすこともできない……)

 回廊の冷たい石の匂いと、遠くで揺れる燭光。
 二人の間の沈黙は、言葉以上に互いの心を探り合う時間となった。

 ウォルターはかすかに息をつき、短く言葉を続ける。
「金曜のランベルク伯爵家の夜会……出席されますか?」

 その言葉に、アナスタシアの胸が、かすかに揺れた。
 彼女は軽くうなずき、笑みを浮かべる。
「はい、その予定でおります」

 夜会――。

 思い返せば、十二歳でエドワード殿下と婚約して以来、彼女は常に“王家の婚約者”として見られてきた。
 学園に入学しても、周囲の視線は「未来の王太子妃」。
 デビュタントの日も、踊った相手は兄サミュエルと、そしてエドワード殿下だけだった。

 それ以降の夜会も、彼女にとってはエドワードの治世を支えるための、義務としての社交の場。
 少女として、胸を躍らせ、夜会を楽しんだ記憶など、一度もなかった。

 やがて訪れた、突然の婚約破棄。
 それ以降、夜会に足を運ぶことすら叶わなくなった。

 次の婚約者――シリル殿下。
 彼と心から楽しく踊ったことなど、一度もない。
 そして、その婚約さえ解消となった。

(……わたしは、一度も夜会を楽しんだことがなかったのだわ)

 胸の奥に、ぽっかりと空いた問いが浮かぶ。
 ――わたしの少女時代は、いったい何だったのだろう。

 けれど。

 ウォルターの問いかけが、現実へと引き戻す。

 アナスタシアは静かにうなずき、微笑みを浮かべた。
「はい。その予定でおります」

 その瞬間、二人の視線が一瞬だけ絡み合った。
 回廊の空気が、微かに震えた――そんな気がした。

(……今からでも、取り戻せるのかしら)

 わくわくと胸が高鳴り、どきどきと心が弾むような――
 そんな少女時代を、これから歩み直せるのではないか。

 根拠のないはずの予感が、なぜか確かな温度をもって、胸の奥に灯っていた。


 一方、そのやりとりを静かに見守っていたトルドー公爵夫妻の胸中は、複雑だった。

 少女時代をローザリア王家のために搾取されてきた、友の娘アナスタシア。
 これからは、失われた少女時代を、心から楽しく過ごしてほしい――それが偽らざる本心である。

 ただ……
 我が子ライナスが長年抱き続けてきた恋心もまた、報われてほしいと願わずにはいられなかった。

(ウォルター副団長……なぜ、アナスタシアなのですか。……なぜ…… )

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