【完結】王太子が「恋がしたい」と言い出したので、公爵令嬢は捨て身の復讐を始めます──みなさままとめて地獄へどうぞ

恋せよ恋

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ベランダの余韻

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 ライナスの友人である、ランベルク伯爵家のヘンリー様が主催する夜会へ招待を受けた。
 会場は、無数の燭台と水晶のシャンデリアに照らされ、夜の光を閉じ込めた宝石箱のように輝いていた。
 アナスタシアは、ライナスの腕にそっと手を添えながら、中央へと進む。彼のエスコートで他家の夜会に参加するのは、もちろんこれが初めてだ。

「緊張してるか?」

 耳元で囁かれ、胸が小さく跳ねる。
 低く、落ち着いた声。昔から聞き慣れているはずなのに、今夜はどこか違って聞こえた。

「……少しだけ」

 そう答えると、ライナスはくすりと笑う。

「大丈夫。俺がいる」

 音楽が流れ、二人はダンスの輪へと溶け込む。
 差し出された手は、思っていたよりも大きく、温かかった。

(……あれ……?)

 幼い頃から知っているはずの手。
 けれど今、腰に添えられたその手の位置に、胸が高鳴る。

 ステップを踏むたび、距離が近づく。
 視線が合う。

(ライナス……こんなふうに、わたしを見る人だったかしら……)

 真剣で、少し照れたような横顔。
 社交の場に立つ彼は、もう「幼馴染」ではなく、一人の男性だった。

 音楽が終わる頃、アナスタシアの頬は、わずかに熱を帯びていた。




 ダンスの後、ライナスは周囲へ視線を巡らす。

「少し挨拶をしてくる。すぐ戻るから、飲み物でも飲んで休んでいて」

「ええ。ありがとう」

 名残惜しそうな視線を残し、ライナスは人の輪へと消えていった。

 アナスタシアは果実水を手に取り、静かな空気を求めてベランダへ向かう。

 夜風が、熱を持った頬を冷ましてくれた。

「今夜は、楽しんでおられますか?」

 低く落ち着いた声。かすかに含まれる余裕と、挑発するような響きが、耳元でくすぐるように感じられた。

 振り返ったアナスタシアの視線をまっすぐに捉えつつも、近づきすぎず、まるで心を試すかのように距離を保つウォルター。

(……この人……視線も声も、何か心を揺さぶる……)

 背筋を伸ばして微笑みを返すが、胸の奥がわずかに高鳴るのを感じる。
 少女の頃には経験したことのない、少し甘く、少し刺激的な感覚――まさに心の隙間を軽くくすぐられたような感覚だった。

「はい、楽しんでおりますわ。ウォルター副団長様は?」
「こうしてあなたのお顔を拝見できたことが、何より嬉しいことです」

 言葉自体は穏やかだが、どこか含みのある響き。アナスタシアは思わず息を整え、視線を逸らしかけるが、心のどこかで目を離せない自分に気づいた。

 二人の間にあるわずかな距離が、言葉以上に互いの心を探り合う時間となる。

「ダンスがお上手なのですね? 見とれてしまいましたよ」

 アナスタシアは、社交辞令の一つだと解釈して、微笑みを返す。

「……まあ、ありがとうございます。ライナス…様が、リードしてくださいましたので」

 ウォルターは、ふっと息を吐くように微笑んだ。

「なるほど。だから、あんな顔を」

「……どんな顔、ですか?」

「少し、笑って。そして――とても、女性らしい顔かな」

 褒め言葉なのに、軽さはない。
 むしろ、観察の結果を静かに告げるような口調だった。

 アナスタシアは、視線を逸らす。
 心臓の音が、先ほどよりも強く響いている。

(この人は……危険だわ)

 甘いだけの優しさではない。
 踏み込みすぎない距離。
 それなのに、心の奥を静かに揺らしてくる。

 ウォルターは、夜空へ一度視線を向け、穏やかに言った。

「安心してください。今夜は、ただの挨拶です」

 そして、ほんの一瞬だけ、視線を戻す。

「……あなたが、どんな夜を過ごしているのか。それを、知りたかっただけです」

 それ以上、近づくこともなく。
 それ以上、言葉を重ねることもなく。

 彼は静かに一礼し、ベランダを後にした。

 残されたアナスタシアは、胸元に手を当て、小さく息を吐く。

(……どうして……)

 幼馴染とのダンスで知った「男性としての鼓動」。
 副団長との短い会話で残された「言葉にならない余韻」。

 その両方が、胸の中で、静かに波のように広がっていった。



 挨拶回りを早々に済ませ、ライナスが戻ってきた。
「アナスタシア、大丈夫だったか? 変な男に声をかけられたりしなかっただろうな?」
 冗談めかして軽口を叩くライナスだが、その目は笑っていなかった。

「何もなかったわ。心配しすぎよ、ライナス」
「……ウォルター副団長には会ったのか? ダンスは?」

 真剣な表情で尋ねるライナスに、アナスタシアは一瞬、言葉をためらった。

「会ったわ……でも、ダンスはしてない。誘われてもいないし。ただ、少しだけベランダでお話ししただけ」

 その答えを聞き、ライナスの胸の奥に、ひりつくような感情が芽生える。嫉妬――自分では制御できない感情だった。
(ベランダで……副団長と? 俺の知らない間に……アナスタシアが、他の男と……)

「ベランダは危険だ。何が起こるか分からない。気をつけろ」
「えっ? ベランダが危険? どういうこと?」

 普通の令嬢なら知っているであろう社交上の常識に疎いアナスタシアに、ライナスは眉間に皺を寄せる。
(俺と二人きりでいられるのに……なのに気づかないのか……!)

「おまえ、本気か……。ベランダは恋人たちが語らう場所だ。男女が二人でいる時は、周りも気を遣って近寄らないものだ……ほら、今も誰も来ないだろ?」

 アナスタシアは目を見開き、言葉が出なかった。
「……知らなかったわ。そんな決まりがあったなんて。ほかにも、まだ何かあるの?」

 ライナスは小さくため息をつき、胸の中で強く思う。
(アナスタシアは……俺のものだ。誰にも渡したくない……)

 ライナスの目には、ただの心配ではなく、強い独占欲と焦燥が混ざった光が宿っていた。
 アナスタシアにはそれが分からず、ただ困惑した表情を浮かべる。
(ライナス……そんなに私を気にしてくれているの……? ちょっと、ドキッとしてしまったわ)

 二人の間には言葉以上の感情が漂い、夜会の華やかさの中で、微かな緊張と期待の波が静かに渦巻いていた。

 アナスタシアの頬に、ふと熱が差した。
(……ライナス、さっきの表情……あれは……嫉妬……?)

 幼馴染であり、自分に想いをぶつけてくれる彼が、こんなにも強く自分を意識している。胸の奥がじんわりと熱くなる。

「……ライナス、そんなにわたしを心配してくれていたの?」
 思わず口にした問いに、ライナスは顔を少し赤らめ、目を逸らしながらも真剣な声で答えた。

「当たり前だ。おまえが、他の男に近づくのなんて……絶対に許せない」

 その言葉に、アナスタシアは胸がドキリと跳ねる。ライナスの想いが、はっきりと伝わってきたのだ。

「……ライナス……」
 言葉にならない想いが胸を満たす。甘く、切なく、そして胸が締めつけられるような……。

「アナスタシア、おまえは……俺だけのものだ。分かるだろ?」

 ライナスの瞳は真っ直ぐで、揺るぎない強さを持っている。アナスタシアは、言葉を探しながらも、その視線に抗えず、自然と微笑みを浮かべていた。

(……幼い頃からずっと、隣にいたのに……こんなにも男性として意識させられるなんて……)

 その瞬間、回廊の冷たい空気さえ温かく感じられ、二人の間の距離は微妙に縮まったまま止まる。
 言葉は少なかったが、互いの心は確かに通じ合っていた。

 アナスタシアは、心の奥で静かに誓った。
(……これからの夜会は、もっと楽しめそう……。ライナスとなら、少女時代のドキドキを取り戻せる……)

 ライナスもまた、強く決意する。
(誰にも、おまえを渡さない……絶対に)

 二人の視線が一瞬絡み合い、回廊に小さな熱の波が静かに広がった。
______________

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