【完結】王太子が「恋がしたい」と言い出したので、公爵令嬢は捨て身の復讐を始めます──みなさままとめて地獄へどうぞ

恋せよ恋

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断罪の演舞曲-グローリー公爵家の崩落

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 ローザリア王国の王宮に、凍り付くような衝撃が走ったのは、アナスタシア失踪から三日後のことだった。

 事態を動かしたのは、沈黙を貫いていたヴェルデン公爵家当主、サミュエルであった。彼は、妹が何者かに拉致されたという確信を得るや否や、私兵のみならず、これまで築き上げてきた政財界の網を総動員し、犯人の尻尾を掴みにかかった。

 だが、真に恐ろしい一撃は、王宮の裏側から放たれた。

 グローリー公爵家の当主、ロドリックは、深夜の執務室で届けられたを前に、喉を鳴らした。

 届けたのは、音もなく窓から侵入した黒ずくめの集団――『宵闇の鴉』。彼らが置いていったのは、ロドリックの門下であるラスター侯爵が、裏ギルドにアナスタシア拉致を依頼した際の、直筆の誓約書と金貨の出処を示す帳簿の写しであった。

「……何だ、これは。ラスターが……独断でこのような暴挙を?」
 ロドリックの指が震える。

 娘コーデリアを王太子妃の座に据えたグローリー家にとって、前婚約者アナスタシアは目の上のたんこぶであった。だが、彼女は隣国の王位継承者であり、トルドー公爵家嫡男の婚約者候補。拉致などという凶行は、国家間の火種になりかねない。

「ラスターの愚か者め……! 先走りおって!」

 だが、時すでに遅し。宵闇の鴉の使者は、冷徹な声で告げた。
「我が主は、アナスタシア様を傷つけようとした全ての者に、等しく絶望を約束された。公爵、あんたの門下が仕掛けた毒は、あんたの一族全員で飲み干してもらうよ」

 翌朝、サミュエルはこれら全ての証拠を携え、国王の御前で「公爵家の監督責任」を厳しく追及した。

 鴉たちが闇から炙り出した汚職の証拠、そしてサミュエルが表から叩きつけた「国家反逆罪」に等しい告発。表と裏、逃げ場のない二重の包囲網が、名門グローリー家を瞬く間に食い尽くしていった。

 この計略の渦中で、最も悲劇的な立場に立たされたのは、王太子の婚約者コーデリアであった。
 彼女は、この拉致計画の存在を全く知らされていなかった。父や門下の貴族たちが、良かれと思って邪魔者を排除しようとしたその結果を、彼女はただ、王宮の奥で震えて受け止めるしかなかった。

「……お父様、どうして……。私は、ただ、アナスタシア様に負けないように、精一杯、王太子妃の公務をこなしていただけなのに……」

 しかし、社交界は無情である。

 「不祥事を画策した家門の娘」に、もはや王太子妃となる資格はない。国王の決断は早かった。
 グローリー公爵家は伯爵家への降爵を命じられ、門下のラスター侯爵家は取り潰し。そしてコーデリアは――「婚約者」としての資格を剥奪され、王宮から追放されることが決まった。

 彼女がアナスタシアに抱いていたのは、憎しみなどではなく、むしろ「あの完璧な彼女の代わりを務めねばならない」という強迫観念に近い焦燥だった。だが、その焦りが周囲を暴走させ、結局、彼女自身の手から全てを奪い去った。

 一方で、シリル王太子は、アナスタシアの所在が判明したという知らせに、崩れ落ちるように椅子に腰を下ろした。

「……無事だったのか。良かった、本当に……」

 彼女を婚約解消した自分に、心配する資格などないと分かっている。だが、彼女が「宵闇の鴉」という強大な闇の勢力に守られ、自ら反撃の指揮を振るっていると聞き、シリルは改めて、自分がいかに巨大な光を失ったのかを痛感した。

「コーデリアとの縁組が白紙になり……王室は再び、泥沼の選考に立ち戻るのか」

 国王はすでに、次なる手を考えていた。
 アナスタシアが去り、グローリー家が没落した今、国内の令嬢で彼女たちの代わりを務められる人材はいない。

 それであれば、外交問題を有利にし、国の基盤を立て直すためには、もはや他国の王族――あるいは、アナスタシアのような圧倒的な力を持つ女性を再び迎えるしかない。

「他国から、王女を招くか……。それとも……」

 シリルの脳裏を過ったのは、もはや手の届かない場所にいる、あの凛とした少女の姿だった。



 ローザリアの王宮が混乱の極致にある頃、アナスタシアは老婆の家の縁側で、静かに夜風に吹かれていた。

 サミュエルから届いた「グローリー公爵家降爵」の報せに、彼女の瞳に喜びの色はなかった。ただ、一仕事を終えた職人のような、静かな納得感があった。

「お婆様。これで一つ、霧が晴れましたわ」
「はは、流石だねえ。あんな名門を、数日で平らげちまうんだから。アントワネット様も、草葉の陰で舌を巻いてるよ」

 アナスタシアは、懐に忍ばせた漆黒の短刀をそっと撫でる。

 グローリー公爵家の降爵。それは、かつて自分を慕ってくれたコーデリア嬢の面差しとともに、胸の奥に懐かしい思い出を呼び起こすものだった。しかし同時に、それは願いでもあった。コーデリア嬢もまた、自分と同じように婚約破棄を受け、家門の再生を背負いながら、自らの未来を切り拓いてほしいと。

「……さて。次は、私を『飼い慣らす』と豪語した、あの方の番ですね」

 彼女の視線の先には、ルミナルア王国との国境がある。そこでは、ライナスが既に愛馬を走らせ、彼女の獲物を追い詰めているはずだ。

 アナスタシアは立ち上がり、質素なワンピースの裾を払った。かつては守られるだけだった少女は、今、自らの知略で一国の勢力図を塗り替え、さらなる戦場へと向かう。
 
 狩りは、まだ終わらない。

 ルミナルアのバーナード・カノリア。彼が味わうことになるのは、外交の天才が放つ、甘美で残酷な絶望である。
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🍰💖新連載スタート【「食べちゃいたいほど可愛い君が悪い」執着系幼馴染の婚約者は、今日も愛を告げる】
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