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驚くべき申し出
心臓が止まるかと思った。
私は彼を愛していた。幼い頃に結ばれた政略結婚の相手ではあったけれど、のんびり屋で優しい彼との愛情を、私は大切に育んできたつもりだった。
けれど、彼にとっての私は「結婚という決定事項」に過ぎず、「恋愛対象」ではなかったのだ。
『君のことは好きだよ、イザベル。でも、それは家族に対するような安心感なんだ。僕は、もっとこう……胸が締め付けられるような、情熱的な物語を知りたいんだ。一年だけ。卒業するまでの自由時間をくれないか?』
嫌だ、と。
どうして私と恋をしてくれないの、と。
叫びたかった。泣いて縋りたかった。
けれど、私は「優秀で物分かりの良い婚約者」を演じることに慣れすぎていた。ここで感情を剥き出しにすれば、彼に嫌われてしまう。彼を繋ぎ止めるには、その寛容さを認めるしかないと思い込んでしまったのだ。
だから私は、血を吐くような思いで、微笑んで頷いた。
いくつかの条件を提示して。
―― 絶対に一年だけの関係であること。
―― 間違っても婚約は解消しないこと。
―― 何があっても定例のお茶会は継続すること。
―― そして、『誰と』、『何をしたのか』、必ず私に報告すること。
今思えば、なんと愚かな条件だったのだろう。
彼が他の女と語らい、見つめ合い、心を寄せていく過程を、私は特等席で聞かされることになったのだから。
「……先週末に会ったロレッタ嬢は、笑い声が少し品がなくてね」
「エメリア嬢はマナーがなっていないんだ。君の爪の垢を煎じて飲ませたいよ」
「昨夜の夜会でエスコートしたジェシカ嬢はダンスが苦手でさあ」
お茶会のたびに繰り返される、彼による「恋の品定め」。
彼は私を信頼しきった顔で、次々とデートの感想を語った。私はそれに対し、胸が張り裂けそうな痛みを感じながらも、完璧な所作で紅茶を淹れ、完璧な相槌を打った。
そしていつも、彼は最後には私を褒めた。
「やっぱり君が一番落ち着くよ、イザベル」と。
その言葉が、一年後には彼が私を選んでくれるという、毒のような希望になった。
けれど、二学期が始まった頃。
あれほど饒舌だった彼の「恋バナ」が、ぴたりと止まった。
私は、彼が遊びに飽きたのだと思った。やっと私の元に帰ってくるのだと、安堵の溜息をついた。
卒業後の結婚式に向けて、ウェディングドレスの刺繍を選び、招待客のリストを整理し、未来の幸福を疑わなかった。
その、全てが。
あの日の、妹メラニアの涙で、粉々に砕け散った。
『お姉様……ごめんなさい。私たち、本気で愛し合っているの』
十五歳の妹。可愛らしく、世間知らずで、私が愛していた家族。
彼女が差し出したリチャード様からの恋文には、私には一度も向けられたことのない、狂おしいほどの情熱が綴られていた。
そして、リチャード様。
彼は私に対し、申し訳なさそうな顔をしながらも、その瞳には強い光を宿して言った。
『ごめん、イザベル。これが、僕の探していた本当の「恋」だったんだ。メラニアなしでは、僕はもう生きていけない』
____________
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私は彼を愛していた。幼い頃に結ばれた政略結婚の相手ではあったけれど、のんびり屋で優しい彼との愛情を、私は大切に育んできたつもりだった。
けれど、彼にとっての私は「結婚という決定事項」に過ぎず、「恋愛対象」ではなかったのだ。
『君のことは好きだよ、イザベル。でも、それは家族に対するような安心感なんだ。僕は、もっとこう……胸が締め付けられるような、情熱的な物語を知りたいんだ。一年だけ。卒業するまでの自由時間をくれないか?』
嫌だ、と。
どうして私と恋をしてくれないの、と。
叫びたかった。泣いて縋りたかった。
けれど、私は「優秀で物分かりの良い婚約者」を演じることに慣れすぎていた。ここで感情を剥き出しにすれば、彼に嫌われてしまう。彼を繋ぎ止めるには、その寛容さを認めるしかないと思い込んでしまったのだ。
だから私は、血を吐くような思いで、微笑んで頷いた。
いくつかの条件を提示して。
―― 絶対に一年だけの関係であること。
―― 間違っても婚約は解消しないこと。
―― 何があっても定例のお茶会は継続すること。
―― そして、『誰と』、『何をしたのか』、必ず私に報告すること。
今思えば、なんと愚かな条件だったのだろう。
彼が他の女と語らい、見つめ合い、心を寄せていく過程を、私は特等席で聞かされることになったのだから。
「……先週末に会ったロレッタ嬢は、笑い声が少し品がなくてね」
「エメリア嬢はマナーがなっていないんだ。君の爪の垢を煎じて飲ませたいよ」
「昨夜の夜会でエスコートしたジェシカ嬢はダンスが苦手でさあ」
お茶会のたびに繰り返される、彼による「恋の品定め」。
彼は私を信頼しきった顔で、次々とデートの感想を語った。私はそれに対し、胸が張り裂けそうな痛みを感じながらも、完璧な所作で紅茶を淹れ、完璧な相槌を打った。
そしていつも、彼は最後には私を褒めた。
「やっぱり君が一番落ち着くよ、イザベル」と。
その言葉が、一年後には彼が私を選んでくれるという、毒のような希望になった。
けれど、二学期が始まった頃。
あれほど饒舌だった彼の「恋バナ」が、ぴたりと止まった。
私は、彼が遊びに飽きたのだと思った。やっと私の元に帰ってくるのだと、安堵の溜息をついた。
卒業後の結婚式に向けて、ウェディングドレスの刺繍を選び、招待客のリストを整理し、未来の幸福を疑わなかった。
その、全てが。
あの日の、妹メラニアの涙で、粉々に砕け散った。
『お姉様……ごめんなさい。私たち、本気で愛し合っているの』
十五歳の妹。可愛らしく、世間知らずで、私が愛していた家族。
彼女が差し出したリチャード様からの恋文には、私には一度も向けられたことのない、狂おしいほどの情熱が綴られていた。
そして、リチャード様。
彼は私に対し、申し訳なさそうな顔をしながらも、その瞳には強い光を宿して言った。
『ごめん、イザベル。これが、僕の探していた本当の「恋」だったんだ。メラニアなしでは、僕はもう生きていけない』
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