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義兄の訪問
修道院に来て一ヶ月が過ぎた。
凍てつくような潮風と、単調な祈りの日々は、私の心から余計な肉を削ぎ落としていった。鏡を見ることはないけれど、きっと今の私は、かつての「伯爵令嬢イザベル」とは別人のように、鋭く、冷ややかな顔をしているに違いない。
その日の夜、私はシスター・マーガレットに呼び出され、礼拝堂の裏手にある小さな石造りの離れへと導かれた。
「ここに、どなたかとお会いできる手はずになっております」
マーガレットはそれだけ言うと、暗闇の中に消えていった。
簡素な部屋の隅、一本の蝋燭が揺れる影の中に、その人は立っていた。
「……イザベル。酷い顔色だ」
低く、耳に心地よく響く、けれどどこか抑えきれない熱を含んだ声。
影の中から歩み寄ってきたのは、王都にいるはずの義兄、ギルバートだった。彼は旅の汚れを隠すかのように黒いマントを深く羽織っていたが、その瞳だけは夜目にも鋭く光っている。
「ギルバートお義兄様……!。どうして、こんな遠くまで」
「君を一人、こんな場所に置いておけるはずがないだろう」
彼は私の元へ歩み寄ると、躊躇いがちに手を伸ばし、私の頬に触れた。貴族令嬢としてはあるまじき無作法な振る舞いだったが、その指先が驚くほど震えていることに気づき、私は拒むことができなかった。
「……あの日、あの場所で君を助けられなくて、本当にすまない」
ギルバートは苦渋に満ちた表情で、絞り出すように言った。
あの不快極まる話し合いの席で、彼が終始無言を貫いていたこと。それを思い出し、私は僅かに視線を伏せる。
「いいのです。お義兄様は伯爵家を継承するための養子。立場上、何も言えなかったのは理解していますわ。……お父様たちにとって、私はもう『いなかったこと』にしたい過去なのですから」
「違う! 僕は、君を見捨てたわけじゃない」
ギルバートが私の肩を強く掴んだ。その瞳に宿る熱量に、私は一瞬息を呑む。
「あそこで僕が反対したところで、養子の発言権などたかが知れている。下手に動けば、君を匿うことさえできなくなると思ったんだ。だから……あえて静観し、君をこの修道院へ送るよう、それとなく父を誘導した。ここは僕の信頼できる協力者が運営している場所だからだ」
「誘導……? では、最初から……」
「ああ。君を守るために、一度だけ君を谷底へ落とすしかなかった。……許してくれとは言えないが、僕は一刻たりとも、君の復権を諦めたことはない」
ギルバートは私を離すと、部屋の卓上に一枚の古びた地図と、いくつかの家系図を広げた。そこには、ベルレイユ伯爵家と、ロイド侯爵家、そしてお兄様の婚約者・パトリシアの実家であるドリオン子爵家の名が複雑に線で結ばれていた。
「いいかい、イザベル。現在、王都ではリチャードとメラニアが『真実の愛』を謳歌している。両親も、体面を守るために必死に二人を祝福しているよ。だが、彼らが信じている『愛』なんてものは、砂上の楼閣に過ぎない」
ギルバートの口角が、冷酷に吊り上がった。
「リチャードは、自分の自由奔放さを『純粋さ』だと思い込んでいる。だが、彼の不実は一度では終わらない。現に、彼はメラニアと恋仲でありながら、僕の婚約者であるパトリシアとも密会を繰り返している。パトリシアの方も、僕を繋ぎ止めながら、より格上のリチャードを誘惑することを楽しんでいるようだ」
私は吐き気を感じた。
妹と、義姉になる予定のパトリシア様。リチャード様は、結局誰一人として、心から大切に思ってなどいないのだ。ただ、「恋をしている自分」に酔いしれているだけ。
「僕は、この一年の間に全ての証拠を固める。パトリシアの奔放な不貞、リチャードの無責任な背信、そして、君を不当に追放したベルレイユ伯爵家の隠蔽。これら全てを、彼らが最も輝く場所で暴露するつもりだ」
「最も輝く場所……」
「学園の卒業パーティだよ、イザベル。両家が集まり、彼らが『婚約披露』を華々しく行う、その瞬間にね」
____________
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凍てつくような潮風と、単調な祈りの日々は、私の心から余計な肉を削ぎ落としていった。鏡を見ることはないけれど、きっと今の私は、かつての「伯爵令嬢イザベル」とは別人のように、鋭く、冷ややかな顔をしているに違いない。
その日の夜、私はシスター・マーガレットに呼び出され、礼拝堂の裏手にある小さな石造りの離れへと導かれた。
「ここに、どなたかとお会いできる手はずになっております」
マーガレットはそれだけ言うと、暗闇の中に消えていった。
簡素な部屋の隅、一本の蝋燭が揺れる影の中に、その人は立っていた。
「……イザベル。酷い顔色だ」
低く、耳に心地よく響く、けれどどこか抑えきれない熱を含んだ声。
影の中から歩み寄ってきたのは、王都にいるはずの義兄、ギルバートだった。彼は旅の汚れを隠すかのように黒いマントを深く羽織っていたが、その瞳だけは夜目にも鋭く光っている。
「ギルバートお義兄様……!。どうして、こんな遠くまで」
「君を一人、こんな場所に置いておけるはずがないだろう」
彼は私の元へ歩み寄ると、躊躇いがちに手を伸ばし、私の頬に触れた。貴族令嬢としてはあるまじき無作法な振る舞いだったが、その指先が驚くほど震えていることに気づき、私は拒むことができなかった。
「……あの日、あの場所で君を助けられなくて、本当にすまない」
ギルバートは苦渋に満ちた表情で、絞り出すように言った。
あの不快極まる話し合いの席で、彼が終始無言を貫いていたこと。それを思い出し、私は僅かに視線を伏せる。
「いいのです。お義兄様は伯爵家を継承するための養子。立場上、何も言えなかったのは理解していますわ。……お父様たちにとって、私はもう『いなかったこと』にしたい過去なのですから」
「違う! 僕は、君を見捨てたわけじゃない」
ギルバートが私の肩を強く掴んだ。その瞳に宿る熱量に、私は一瞬息を呑む。
「あそこで僕が反対したところで、養子の発言権などたかが知れている。下手に動けば、君を匿うことさえできなくなると思ったんだ。だから……あえて静観し、君をこの修道院へ送るよう、それとなく父を誘導した。ここは僕の信頼できる協力者が運営している場所だからだ」
「誘導……? では、最初から……」
「ああ。君を守るために、一度だけ君を谷底へ落とすしかなかった。……許してくれとは言えないが、僕は一刻たりとも、君の復権を諦めたことはない」
ギルバートは私を離すと、部屋の卓上に一枚の古びた地図と、いくつかの家系図を広げた。そこには、ベルレイユ伯爵家と、ロイド侯爵家、そしてお兄様の婚約者・パトリシアの実家であるドリオン子爵家の名が複雑に線で結ばれていた。
「いいかい、イザベル。現在、王都ではリチャードとメラニアが『真実の愛』を謳歌している。両親も、体面を守るために必死に二人を祝福しているよ。だが、彼らが信じている『愛』なんてものは、砂上の楼閣に過ぎない」
ギルバートの口角が、冷酷に吊り上がった。
「リチャードは、自分の自由奔放さを『純粋さ』だと思い込んでいる。だが、彼の不実は一度では終わらない。現に、彼はメラニアと恋仲でありながら、僕の婚約者であるパトリシアとも密会を繰り返している。パトリシアの方も、僕を繋ぎ止めながら、より格上のリチャードを誘惑することを楽しんでいるようだ」
私は吐き気を感じた。
妹と、義姉になる予定のパトリシア様。リチャード様は、結局誰一人として、心から大切に思ってなどいないのだ。ただ、「恋をしている自分」に酔いしれているだけ。
「僕は、この一年の間に全ての証拠を固める。パトリシアの奔放な不貞、リチャードの無責任な背信、そして、君を不当に追放したベルレイユ伯爵家の隠蔽。これら全てを、彼らが最も輝く場所で暴露するつもりだ」
「最も輝く場所……」
「学園の卒業パーティだよ、イザベル。両家が集まり、彼らが『婚約披露』を華々しく行う、その瞬間にね」
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