愛を捨てます〜夫は他の女を孕ませた〜

恋せよ恋

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宿る命と、暴かれた虚像

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 リドリー伯爵邸の庭園には、色鮮やかなバラが咲き誇り、甘い香りが風に乗って漂っていた。

 結婚から一年。パトリシア・リドリーは、窓辺に腰掛け、自らのふっくらとした腹部にそっと手を当てていた。

「パトリシア、あまり無理をしてはいけないよ。風が冷たくなってきた、中へ入ろう」

 エドワードが、柔らかな毛織物のショールを持って現れた。彼の瞳には、妻への深い慈しみと、間もなく誕生する我が子への期待が溢れている。

「ありがとうご、エド。……ふふ、この子が動くたびに、本当に生きているのだと実感するの。不思議ね。あんなに悩んでいたことが、嘘のようだわ」

 パトリシアは、ニールとの三年間の不妊を思い出していた。当時は「自分が欠陥品なのだ」と思い込み、毎晩のように自分を責めていた。しかし、エドワードと結ばれて半年も経たぬうちに、彼女は自然に懐妊した。

 医師の診断は明快だった。「パトリシア様には何の不備もございません。心身の安定と、健全な夫婦生活があれば、至極当然の結果です」と。

 ロイド侯爵家も、この知らせに沸き立った。
 パトリシアの父エメリオは「リドリー家の跡取りに相応しい教育の準備をせねば」とはりきり、母タチアナは連日のように安産のお守りや赤子のための産着を届けてくれる。

 かつてリッチモンド家で味わった、暗く冷たい監禁生活は、今や遠い異国の出来事のようにパトリシアの記憶から薄れつつあった。

 一方、王都から追放され、身分を剥奪されたニールは、北方の荒れ果てた鉱山町で、荷運びの労働に明け暮れていた。

 かつて「パトリシアの夫」として社交界で羨望を集めていた面影は、もはや微塵もない。埃にまみれ、酒の匂いを漂わせる日雇い労働者の一人に過ぎなかった。

 ある日、過酷な労働で倒れたニールは、救護所の老医師に診察を受けることになった。

 医師はニールの顔を見るなり、首を傾げた。
「あんた、若い頃にひどい熱を出したことがあるな?」

「……ええ。それが何か」

「いや。あんたの体、内側に変な癒着がある。……もしかして、以前に『種がない』とか言われたことがあるんじゃないか?」

 ニールは心臓が止まるかと思った。かつて王都の医師に告げられた、あの残酷な宣告。

「……ああ。そうだ。僕は、子供が作れない体なんだ」

 しかし、老医師は意外な言葉を口にした。

「いや、それは違うな。あんたの体質は、確かに作りにくい。だが、絶対に無理というわけじゃない。……ただ、あんたの横にいた女が、『作らせないようにしていた』なら話は別だがな」

「……何だって?」

 老医師は、ニールの腕に残る古い痣や、皮膚の変色を指した。

「あんた、学園を卒業した頃から、妙な薬を飲まされていなかったか? あるいは、食事に混ぜられていたとか。……この蓄積した毒の痕跡は、男性の機能を一時的に麻痺させる禁忌の薬物だ。長期間摂取すれば、本当に不能になる」

 ニールの頭の中に、鮮明な光景が蘇った。

 結婚生活の間、母イザベルが「健康のために」と毎日欠かさず飲ませていた、あの苦いお茶。

「ニール、これはお前の体を思って用意したのよ」

 微笑む母の顔。そして、ソフィアとの密会中。彼女が「精がつく」と言って持ち込んできた、香りの強い香料や酒。
 
 戦慄がニールの全身を駆け抜けた。

 母イザベルは、息子を愛していたのではない。息子を「自分の支配下」に置き、パトリシア(タチアナの娘)に子を産ませないことで、彼女たちの幸福を破壊しようとしていたのだ。

 そしてソフィアもまた、ニールが他の女に子を作らせないよう、そして自分が「奇跡の懐妊」を演出できるように、彼に毒を盛り続けていた。

「……はは、はははは!!」
 救護所に、ニールの乾いた笑い声が響いた。
 
 自分は、自分の家族に、そして愛人だと思っていた女に、去勢されていたのだ。

 彼らが自分を愛していると信じ、彼らの言葉を信じてパトリシアを虐げた。その結果、自分は本物の愛を捨て、毒を喰らわせていた蛇たちを守ろうとした。

「僕は……僕はなんて、救いようのない馬鹿なんだ……!!」
 ニールは自分の顔を掻きむしり、泣き叫んだ。

 もし、あの時、母の言葉を疑っていれば。
 もし、あの時、パトリシアの涙を見て、彼女の手を離さなければ。

 今頃、彼女の隣で、その温かなお腹に手を当てていたのは、自分だったはずなのだ。


 数ヶ月後、王都に初夏が訪れた。リドリー伯爵邸に、一際元気な産声が上がった。

「おめでとうございます! 健やかな男の子です!」

 産婆の誇らしげな声に、パトリシアは安堵の涙を流した。

 部屋に駆けつけたエドワードは、汗に濡れたパトリシアの額に口付けをし、その小さな、しかし力強い命を抱き上げた。

「……パトリシア、ありがとう。この子は、私たちの光だ」

 赤子の髪は、パトリシアに似た輝くような金髪。そして、うっすらと開いた瞳は、エドワードと同じ、誠実な意志を感じさせるヘーゼルの瞳をしていた。
 
 この子の誕生を祝う鐘の音は、かつてリッチモンド家を包んでいた澱んだ空気を、完全に一掃した。

 パトリシアは、自分を「必要ない」と切り捨てた男への復讐など、もう微塵も考えていなかった。彼女にとって、今この瞬間の幸福こそが、過去に対する最大の返答だった。

 一方、鉱山町の泥濘の中で、ニールはその鐘の音さえ届かない地下深くで、重い石を運び続けていた。

 彼に許されたのは、自らの愚かさを反芻し、永遠に届かない幸福を夢に見ることだけだった。
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エール📣いいね❤️お気に入り⭐️応援よろしくお願いします🙇‍♀️

📢✨新連載2本スタート
🌹【愛してると泣かれても迷惑です~お姉様の身代わりに冷徹公爵へ嫁ぐ~】💍💔
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