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毒入りの返信
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「あ! 見てカイル様、リリアからお返事が来たわ!」
郵便受けに突き刺さっていた一通の封筒を見つけ、ミーナが歓声を上げた。
ここ数日、ガスも止まり、夕食はカイルが同僚から借りた僅かな金で買ったパンだけ。そんな極貧生活を送る二人にとって、リリアからの手紙は「救済の小切手」と同義だった。
「やっぱり彼女は親友だもの。私たちの窮地を放っておくはずがないわ。きっと『今までごめんなさい、すぐに借金を取り下げるわね』って書いてあるのよ。あ、ついでにワインも届くかしら?」
カイルも安堵の表情を浮かべ、ミーナの肩を抱いた。
「ああ。リリアもようやく、僕たちの真実の愛を認める度量を取り戻したんだろう。さあ、早く開けてくれ」
ミーナがもどかしそうに封を切る。中から出てきたのは、彼女が期待していた温かい手紙でも、小切手でもなかった。
それは、これ以上なく無機質な、数枚の書類だった。
「……何、これ? 『請求明細書』? 『最終通告』?」
ミーナの手が震え始める。カイルが横から覗き込み、その顔色を土気色に変えた。
そこには、リリアの流麗な筆跡で、彼らがこれまで「親愛」という言葉で覆い隠してきた醜い現実が、数字となって羅列されていた。
『一、カイル・クロム氏の私的借財の立て替え分:金三百万ルク』
『二、ミーナ・ラング氏が「親友の印」として持ち出した装飾品及び衣類の時価換算分:金百二十万ルク』
『三、新居の不法占拠に伴う損害賠償……』
最後の一枚には、短い、けれどあまりに冷徹な一文が添えられていた。
『貴殿らが主張する「絆」という概念は、法的な債務履行を妨げる根拠にはなりません。本書面到着より一週間以内に全額の返済計画が提示されない場合、各実家への資産差し押さえ、及び騎士団本部への不名誉除隊を求める嘆願書を提出します。――リリア』
「な、……なによこれ! ひどい! ひどすぎるわリリア!」
ミーナが絶叫し、書類を床に叩きつけた。
「私たちがこんなに苦しんでいるのに、彼女、お金の話ばかり! 私たちの友情は、そんな紙切れ一枚で計算できるようなものだったの!? 彼女、変わってしまったわ。あんなに清らかだった心が、辺境の寒さで凍りついてしまったのね!」
「……信じられない」
カイルもまた、呆然と立ち尽くしていた。
「僕たちはあんなに誠実に謝ったのに。あんなに勇気を出して、自分たちの非を告白したのに。彼女はそれを踏みにじって、僕たちを社会的に殺そうというのか? これが、かつて結婚を誓い合った男に向ける仕打ちか!」
二人にとって、リリアの正当な権利行使は「悪意に満ちた攻撃」でしかなかった。
自分たちが彼女の人生を狂わせ、貯金を使い込み、心に傷を負わせた事実は、彼らの脳内では「真実の愛に伴う小さな犠牲」として綺麗に処理されている。
なのに、リリアが「貸した金を返せ」と言うことは、彼らにとって「汚らわしい復讐」に見えた。
「カイル様、どうしましょう……。このままだと、私の実家が破産しちゃう。お父様が『娘とは縁を切る』って言っているのよ」
「……リリアの実家に、直接話に行こう。彼女の両親だって、僕たちの幼少期を知っている。僕たちがどれほど真剣にミーナを愛しているか話せば、きっとリリアを説得してくれるはずだ。親心があれば、若い二人の門出を邪魔するような真似はしないはずさ」
カイルは本気だった。
彼はまだ、自分が「好青年」のままで、世界が自分に味方してくれると信じていた。
二人は身だしなみを(ミーナは「悲劇のヒロイン」に見えるよう、あえて質素な服を選んで)整えると、リリアの実家である大商家へと向かった。
しかし、屋敷の門の前で待っていたのは、かつて自分たちを温かく迎えてくれたリリアの両親ではなかった。
武装した護衛と、一人の厳しい表情をした弁護士だった。
「……お引き取りを。主からは、『娘を裏切った盗人に貸す耳はない』と言い含められております」
「盗人だなんて! 私たちはただ、好きになってしまっただけで……!」
ミーナが涙ながらに訴えるが、弁護士の目は氷のように冷たい。
「感情論は結構です。リリア様からは、『彼らがもし謝罪に来たら、この言葉を伝えてほしい』と預かっております」
弁護士は一枚のメモを読み上げた。
『あなたたちが信じている「善意」は、私にとってはただの「甘え」です。自分の幸せのために誰かを踏みつけるなら、その足元にある血の責任を取りなさい。それができないなら、あなたたちは「善人」ではなく、ただの「無責任な子供」です』
「子供……? リリアが、僕をそう呼んだのか……?」
カイルのプライドが、音を立てて崩れた。
彼が最も誇りに思っていた「騎士としての高潔さ」や「誠実な男」という自画像が、リリアの言葉によって無残に剥ぎ取られていく。
「……リリアに、天罰が下ればいいんだ」
ミーナが、地面を睨みながら低く呟いた。
「こんなに優しい私たちをいじめるなんて、神様が見ているわ。彼女こそ、いつか誰かに裏切られて、一人ぼっちで死ねばいいのよ……!」
二人は抱き合い、互いの「正しさ」を傷つけ合った者同士として確認し合う。
しかし、その足元にある現実は、もはや言葉では埋められないほど深く、暗い亀裂となっていた。
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郵便受けに突き刺さっていた一通の封筒を見つけ、ミーナが歓声を上げた。
ここ数日、ガスも止まり、夕食はカイルが同僚から借りた僅かな金で買ったパンだけ。そんな極貧生活を送る二人にとって、リリアからの手紙は「救済の小切手」と同義だった。
「やっぱり彼女は親友だもの。私たちの窮地を放っておくはずがないわ。きっと『今までごめんなさい、すぐに借金を取り下げるわね』って書いてあるのよ。あ、ついでにワインも届くかしら?」
カイルも安堵の表情を浮かべ、ミーナの肩を抱いた。
「ああ。リリアもようやく、僕たちの真実の愛を認める度量を取り戻したんだろう。さあ、早く開けてくれ」
ミーナがもどかしそうに封を切る。中から出てきたのは、彼女が期待していた温かい手紙でも、小切手でもなかった。
それは、これ以上なく無機質な、数枚の書類だった。
「……何、これ? 『請求明細書』? 『最終通告』?」
ミーナの手が震え始める。カイルが横から覗き込み、その顔色を土気色に変えた。
そこには、リリアの流麗な筆跡で、彼らがこれまで「親愛」という言葉で覆い隠してきた醜い現実が、数字となって羅列されていた。
『一、カイル・クロム氏の私的借財の立て替え分:金三百万ルク』
『二、ミーナ・ラング氏が「親友の印」として持ち出した装飾品及び衣類の時価換算分:金百二十万ルク』
『三、新居の不法占拠に伴う損害賠償……』
最後の一枚には、短い、けれどあまりに冷徹な一文が添えられていた。
『貴殿らが主張する「絆」という概念は、法的な債務履行を妨げる根拠にはなりません。本書面到着より一週間以内に全額の返済計画が提示されない場合、各実家への資産差し押さえ、及び騎士団本部への不名誉除隊を求める嘆願書を提出します。――リリア』
「な、……なによこれ! ひどい! ひどすぎるわリリア!」
ミーナが絶叫し、書類を床に叩きつけた。
「私たちがこんなに苦しんでいるのに、彼女、お金の話ばかり! 私たちの友情は、そんな紙切れ一枚で計算できるようなものだったの!? 彼女、変わってしまったわ。あんなに清らかだった心が、辺境の寒さで凍りついてしまったのね!」
「……信じられない」
カイルもまた、呆然と立ち尽くしていた。
「僕たちはあんなに誠実に謝ったのに。あんなに勇気を出して、自分たちの非を告白したのに。彼女はそれを踏みにじって、僕たちを社会的に殺そうというのか? これが、かつて結婚を誓い合った男に向ける仕打ちか!」
二人にとって、リリアの正当な権利行使は「悪意に満ちた攻撃」でしかなかった。
自分たちが彼女の人生を狂わせ、貯金を使い込み、心に傷を負わせた事実は、彼らの脳内では「真実の愛に伴う小さな犠牲」として綺麗に処理されている。
なのに、リリアが「貸した金を返せ」と言うことは、彼らにとって「汚らわしい復讐」に見えた。
「カイル様、どうしましょう……。このままだと、私の実家が破産しちゃう。お父様が『娘とは縁を切る』って言っているのよ」
「……リリアの実家に、直接話に行こう。彼女の両親だって、僕たちの幼少期を知っている。僕たちがどれほど真剣にミーナを愛しているか話せば、きっとリリアを説得してくれるはずだ。親心があれば、若い二人の門出を邪魔するような真似はしないはずさ」
カイルは本気だった。
彼はまだ、自分が「好青年」のままで、世界が自分に味方してくれると信じていた。
二人は身だしなみを(ミーナは「悲劇のヒロイン」に見えるよう、あえて質素な服を選んで)整えると、リリアの実家である大商家へと向かった。
しかし、屋敷の門の前で待っていたのは、かつて自分たちを温かく迎えてくれたリリアの両親ではなかった。
武装した護衛と、一人の厳しい表情をした弁護士だった。
「……お引き取りを。主からは、『娘を裏切った盗人に貸す耳はない』と言い含められております」
「盗人だなんて! 私たちはただ、好きになってしまっただけで……!」
ミーナが涙ながらに訴えるが、弁護士の目は氷のように冷たい。
「感情論は結構です。リリア様からは、『彼らがもし謝罪に来たら、この言葉を伝えてほしい』と預かっております」
弁護士は一枚のメモを読み上げた。
『あなたたちが信じている「善意」は、私にとってはただの「甘え」です。自分の幸せのために誰かを踏みつけるなら、その足元にある血の責任を取りなさい。それができないなら、あなたたちは「善人」ではなく、ただの「無責任な子供」です』
「子供……? リリアが、僕をそう呼んだのか……?」
カイルのプライドが、音を立てて崩れた。
彼が最も誇りに思っていた「騎士としての高潔さ」や「誠実な男」という自画像が、リリアの言葉によって無残に剥ぎ取られていく。
「……リリアに、天罰が下ればいいんだ」
ミーナが、地面を睨みながら低く呟いた。
「こんなに優しい私たちをいじめるなんて、神様が見ているわ。彼女こそ、いつか誰かに裏切られて、一人ぼっちで死ねばいいのよ……!」
二人は抱き合い、互いの「正しさ」を傷つけ合った者同士として確認し合う。
しかし、その足元にある現実は、もはや言葉では埋められないほど深く、暗い亀裂となっていた。
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