身代わりの恋だと思っていました〜記憶を失った私に、元婚約者が泣いて縋る理由〜

恋せよ恋

文字の大きさ
1 / 19

完璧な婚約者

しおりを挟む
 煌びやかなシャンデリアが夜会会場を黄金色に染め上げている。
 十八歳になったばかりの私、エリカ・グロスナーにとって、この夜は人生の転換点となった。

「グロスナー伯爵令嬢。私と、一曲踊っていただけませんか」
 目の前に差し出された大きな手。見上げれば、そこには深い瑠璃色の瞳があった。
 リヒャルト・アシュベリー伯爵。二十七歳の彼は、社交界で「氷の紳士」と囁かれるほど硬派で、女性の影を感じさせない御方だった。

 そんな彼が、ただの伯爵家の末娘である私を、熱い眼差しで見つめている。
「……喜んで、アシュベリー伯爵閣下」
 彼の手を取った瞬間、指先から伝わる体温に心臓が跳ねた。

 ダンスの最中、彼は私に耳元で囁いた。
「驚かれるかもしれませんが……。初めて貴女を拝見した時から、ずっと心に決めていました。私の妻になる方は、貴女以外にいないと」
 それは、まるでお伽噺のような一目惚れの告白だった。

 一ヶ月後、トントン拍子に話は進み、私たちは正式に婚約した。九歳も年上の彼は、驚くほど私を甘やかしてくれた。

「エリカ、今日はこのドレスが似合うと思って持ってきたんだ。……ああ、やはり。君の瞳の色によく映える」
 邸を訪れるたびに贈られる、宝石や花束。

 私の拙い話にも熱心に耳を傾け、愛おしそうに髪を撫でてくれる彼。
「リヒャルト様、あまり甘やかさないでください。私、わがままな女になってしまいそうです」

「いいんだ。君の望みなら、何だって叶えてあげたい。……私を信じてついてきてほしい」
 彼の言葉に嘘はないと信じていた。

 時折、彼が遠くを見つめて、ひどく悲しげな、あるいは何かを悔いるような表情を見せることもあったけれど。それは彼が病に倒れて領地で療養する兄の跡を継ぎ、伯爵家の重責を担っているからだと思っていた……。

 幸せだった。
 少なくとも、あの「家族の顔合わせ」の日が来るまでは。

 顔合わせは、私の実家であるグロスナー伯爵邸のサロンで行われた。
 私の父と母。そして現在三十九歳の母が十九歳で産んだ自慢の兄。円満な家庭を象徴するような場に、彼は少し緊張した面持ちで現れた。

「……リヒャルト様、ご紹介します。私の母の妹で、私の伯母にあたるミレイユです。今日は私たちのために駆けつけてくれたの」
 私が笑顔で、後ろに控えていた伯母を紹介したその時。

 サロンの空気が、凍りついた。

 二十七歳。私と同じように金色の髪を持ち、職業夫人——ガヴァネスとして自立している美しい伯母。
 彼女を見た瞬間、リヒャルト様の顔から血の気が引いた。

「……久しぶりね、リヒャルト。……いいえ、アシュベリー伯爵様」
 伯母が、艶然と、けれどどこか棘のある笑みを浮かべて彼を呼んだ。

 リヒャルト様の瑠璃色の瞳が、見たこともないほどに激しく揺れている。
「ミレイユ…… 嬢 ……!? なぜ、ここに……」
 震える彼の声。

 私に向ける甘い響きとは違う、執着と、拒絶と、消えない傷跡が混ざり合ったような響き。

 私の愛する婚約者と、私の尊敬する伯母。

 同い年の二人の間に流れる、部外者の入れないような濃密な沈黙に、私はただ、心臓の鼓動が早まるのを感じていた。
______________

エール📣いいね❤️お気に入り⭐️応援よろしくお願いします🙇‍♀️
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように

柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」 笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。 夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。 幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。 王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

冷遇夫がお探しの私は、隣にいます

終日ひもの干す紐
恋愛
愛人がいるなら、さっさと言ってくれればいいのに! 妻に駆け落ちされた、傷心の辺境伯ロシェのもとへ嫁いでほしい。 シャノンが王命を受け、嫁いでから一年……とんでもない場面に立ち会ってしまう。 「サフィール……またそんなふうに僕を見つめて、かわいいね」 シャノンには冷たいの夫の、甘ったるい囁き。 扉の向こうの、不貞行為。 これまでの我慢も苦労も全て無駄になり、沸々と湧き上がる怒りを、ロシェの愛猫『アンブル』に愚痴った。 まさかそれが、こんなことになるなんて! 目が覚めると『アンブル』になっていたシャノン。 猫の姿に向けられる夫からの愛情。 夫ロシェの“本当の姿”を垣間見たシャノンは……? * * * 他のサイトにも投稿しています。

婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない

柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。 目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。 「あなたは、どなたですか?」 その一言に、彼の瞳は壊れた。 けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。 セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。 優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。 ――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。 一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。 記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。 これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。

【完結】三歳年下の婚約者は、嘘を覚えた

恋せよ恋
恋愛
ランバート侯爵令嬢フィオーラには三歳年下の病弱な婚約者がいる。 保養地で十二歳まで静養するフィッチモ公爵家の嫡男、エドワード。 病弱で儚げだった可愛い彼を、フィオーラは献身的に励まし支えた。 十四歳でエドワードが健康を取り戻し王都へ戻ると、環境に変化が。 金髪に青い目の整った容姿の公爵家嫡男に群がる令嬢たち。 「三歳年上の年増」「素敵なエドワード様に相応しくないおばさん」 周囲の令嬢たちによるフィオーラへの執拗な侮辱。 そして、エドワードの友人の義妹マリアンヌの甘い誘惑と、接近。 思春期真っ盛りのエドワードと、美しいフィオーラの関係は拗れていく。 二人の婚約の結末は、婚約解消か、継続か、はたまた……。 若い二人の拗れた恋の行方の物語 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

嫌われたと思って離れたのに

ラム猫
恋愛
 私は、婚約者のカイルに嫌われたと思った。冷たくそっけなく、近づくたびに避けられる日々。  距離を置くことを選び、留学の準備も進めて心を落ち着かせようとするけれど——。

【完結】宝石の妖精は、愛を暴く~すれ違う四組の婚約者たち〜

恋せよ恋
恋愛
「このブローチが、私たちの友情の証」 公爵令嬢ガーネットと、固い絆で結ばれた三人の親友たち。 彼女たちはある日、街のアンティークショップで一目惚れした 「コスモスのブローチ」を、一ヶ月交代で身につける約束を交わす。 それは、純粋な友情と慈愛から始まった遊び心だった。 しかし、その美しい宝石が放つ光は、最も近くにいる婚約者たちの心を、 音もなく暴いていく。 騎士、魔導師、外交官、書記官。婿入りという立場で彼女たちを支える 完璧な婚約者たちは、胸元で輝く石の色を「自分ではない、別の男を想う 秘めた恋情」だと誤解し、密やかな絶望に囚われていく。 「愛している。だが、君がその石に見ているのは、私ではない誰かなのだろう?」 互いを深く慈しみ、思慮深いからこそ、「真実」を問いかけられずにすれ違う日々。 四十代後半になり、すべてを乗り越えた彼女たちが、あのあまりに美しく、 あまりに痛切だった「愛の誤解」を振り返る物語。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました

ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。 ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。 王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。 そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。 「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。

処理中です...