【完結】王太子の賭けに負けた氷の貴公子。くじで選ばれた私への態度は、義務ですか?それとも本気ですか?

恋せよ恋

文字の大きさ
1 / 12

最高に不幸な婚約

「おめでとうナターシャ。我がローランド伯爵家に、これ以上ない誉れが舞い込んだよ」

 領地経営に真面目なことだけが取り柄のような父が、これほどまでに声を弾ませ、頬を紅潮させているのを私は初めて見た。

 王都の伯爵邸、重厚なマホガニーのデスクを挟んで向かい合った父の手には、一通の書状が握られている。金箔が押し回されたその封筒には、王国の重鎮であるドリトン侯爵家の紋章が誇らしげに刻印されていた。

「ドリトン侯爵家の嫡男、ウィリアム殿との婚約が決まった。先方から、ぜひナターシャ嬢をと指名があったのだ」

「……はい?」

 父の言葉が鼓膜を震わせた瞬間、私の思考は真っ白に染まった。
 聞き間違い。あるいは、父が急な激務で悪い夢でも見ているのか。
 喉まで出かかったそんな失礼な言葉を、私は貴族令嬢としての淑女教育の賜物でなんとか飲み下す。

 ウィリアム・ドリトン。
 その名を知らぬ者は、このアルビオン王国にはいないだろう。

 現王太子アルバート殿下の乳兄弟であり、筆頭側近。学園では常に首席を譲らず、剣術でも騎士団長を驚愕させるほどの腕前を持つ。そして何より、見る者を凍りつかせるほどに整った「氷の美貌」を持つことで知られている。

 金の髪は陽光を透かす糸のように美しく、深い森を思わせる翡翠色の瞳は、常に冷静沈着に世界を射抜く。学園の女子生徒たちは、彼の視線が自分に掠めるだけで悲鳴を上げ、そのあまりの近寄りがたさから敬意と畏怖を込めて『氷の貴公子』と呼んでいた。

 翻って、私はどうだろう。
 ローランド伯爵家は、決して貧乏ではない。けれど、代々堅実な領地経営を行うだけの、いわば「地味な」家系だ。
 私自身も、取り立てて目立つ容姿ではない。茶色の髪に、少しばかり気が強いように見えるヘーゼルの瞳。成績も中の中。趣味は図書室の隅で静かに本を読むこと。

 学園でも、王太子殿下の側近として常に光の輪の中心にいるウィリアム様とは、一度も言葉を交わしたことさえない。廊下ですれ違う際、そのあまりの神々しさに思わず道を譲る、その他大勢の生徒の一人に過ぎなかったのだ。

「お父様、正気ですか……? ドリトン侯爵家といえば、王家とも繋がりの深い名門中の名門です。我が家のような、地方に少しばかりの領地を持つだけの伯爵家とでは、あまりに釣り合いが取れません」

「私にも、理由はわからんのだ。だが、これは侯爵家からの直接の申し入れであり、陛下からもお認めをいただいている。……ナターシャ、お前、学園で彼と何か交流はなかったのかい?」

「あるはずがありません。あの方は常に王太子殿下のお傍にいらっしゃいます。私のような、図書室の地縛霊のような令嬢に声をかける理由など、天がひっくり返っても存在しませんわ」

 私は、震える手で膝の上のドレスを握りしめた。
 喜びよりも先に、心に湧き上がったのは「恐怖」だった。
 これほどの高位貴族から、身の丈に合わない指名が入る。それはつまり、我が家に何か「利用価値」があるということではないか。それとも、何か大きな共同事業の担保として、私が差し出されるということなのか。

 脳裏に、学園でのウィリアム様の姿が浮かぶ。
 彼はいつも、騒がしい女子生徒たちの群れを、まるで見えていないかのように無感情な瞳で通り過ぎていく。あの冷たい瞳に、私が映る日が来るというのか。
 いや、映ったとしても、それは「取引相手の娘」というモノとしてだろう。

「とにかく、三日後には顔合わせのためにウィリアム殿がこちらへお見えになる。……ナターシャ、これは我が家の再興どころか、王国の歴史に名を刻む婚約だ。粗相のないようにな」

「そんなっ!……承知いたしました、お父様」

 父の書斎を出て、自分の部屋に戻るまでの足取りは、まるで泥濘の中を歩いているかのように重かった。
 窓の外に広がる王都の景色が、心なしか灰色に霞んで見える。
 誰もが羨むはずの『氷の貴公子』との婚約。しかし、私の直感は告げていた。
 これは、祝福された恋の始まりなどではない。
 何か、私には伺い知ることのできない「理不尽な理由」によって仕組まれた、冷たい契約なのだと。

 あの方が、私を愛するはずがない。
 あの方が、私を選ぶはずがない。
 それなのに、なぜ。

 鏡の中に映る自分の顔は、これから始まる「最高に不幸な婚約」を予感して、幽霊のように青ざめていた。
____________

エール📣いいね❤️お気に入り⭐️応援よろしくお願いします🙇‍♀️

あなたにおすすめの小説

婚約者のことが好きで好きで好きで仕方ない令嬢、彼に想い人がいると知って別れを切り出しました〜え、彼が本当に好きだったのは私なんですか!?〜

朝霧 陽月
恋愛
 ゾッコーン伯爵家のララブーナは、3日間涙が止まらず部屋に引きこもっていた……。  それというのも、ふとした折に彼女の婚約者デューキアイ・グデーレ公爵子息に想い人がいると知ってしまったからだ。 ※内容はタイトル通りです、基本ヤベェ登場人物しかいません。 ※他サイトにも、同作者ほぼ同タイトルで投稿中。

【完結】お荷物王女は婚約解消を願う

miniko
恋愛
王家の瞳と呼ばれる色を持たずに生まれて来た王女アンジェリーナは、一部の貴族から『お荷物王女』と蔑まれる存在だった。 それがエスカレートするのを危惧した国王は、アンジェリーナの後ろ楯を強くする為、彼女の従兄弟でもある筆頭公爵家次男との婚約を整える。 アンジェリーナは八歳年上の優しい婚約者が大好きだった。 今は妹扱いでも、自分が大人になれば年の差も気にならなくなり、少しづつ愛情が育つ事もあるだろうと思っていた。 だが、彼女はある日聞いてしまう。 「お役御免になる迄は、しっかりアンジーを守る」と言う彼の宣言を。 ───そうか、彼は私を守る為に、一時的に婚約者になってくれただけなのね。 それなら出来るだけ早く、彼を解放してあげなくちゃ・・・・・・。 そして二人は盛大にすれ違って行くのだった。 ※設定ユルユルですが、笑って許してくださると嬉しいです。 ※感想欄、ネタバレ配慮しておりません。ご了承ください。

愛されヒロインの姉と、眼中外の妹のわたし

香月文香
恋愛
わが国の騎士団の精鋭二人が、治癒士の少女マリアンテを中心とする三角関係を作っているというのは、王宮では当然の常識だった。  治癒士、マリアンテ・リリベルは十八歳。容貌可憐な心優しい少女で、いつもにこやかな笑顔で周囲を癒す人気者。  そんな彼女を巡る男はヨシュア・カレンデュラとハル・シオニア。  二人とも騎士団の「双璧」と呼ばれる優秀な騎士で、ヨシュアは堅物、ハルは軽薄と気質は真逆だったが、女の好みは同じだった。  これは見目麗しい男女の三角関係の物語――ではなく。  そのかたわらで、誰の眼中にも入らない妹のわたしの物語だ。 ※他サイトにも投稿しています

双子の姉に聴覚を奪われました。

浅見
恋愛
『あなたが馬鹿なお人よしで本当によかった!』 双子の王女エリシアは、姉ディアナに騙されて聴覚を失い、塔に幽閉されてしまう。 さらに皇太子との婚約も破棄され、あらたな婚約者には姉が選ばれた――はずなのに。 三年後、エリシアを迎えに現れたのは、他ならぬ皇太子その人だった。

妹に幸せになって欲しくて結婚相手を譲りました。

しあ
恋愛
「貴女は、真心からこの男子を夫とすることを願いますか」 神父様の問いに、新婦はハッキリと答える。 「いいえ、願いません!私は彼と妹が結婚することを望みます!」 妹と婚約者が恋仲だと気付いたので、妹大好きな姉は婚約者を結婚式で譲ることに! 100%善意の行動だが、妹と婚約者の反応はーーー。

我慢しないことにした結果

宝月 蓮
恋愛
メアリー、ワイアット、クレアは幼馴染。いつも三人で過ごすことが多い。しかしクレアがわがままを言うせいで、いつもメアリーは我慢を強いられていた。更に、メアリーはワイアットに好意を寄せていたが色々なことが重なりワイアットはわがままなクレアと婚約することになってしまう。失意の中、欲望に忠実なクレアの更なるわがままで追い詰められていくメアリー。そんなメアリーを救ったのは、兄達の友人であるアレクサンダー。アレクサンダーはメアリーに、もう我慢しなくて良い、思いの全てを吐き出してごらんと優しく包み込んでくれた。メアリーはそんなアレクサンダーに惹かれていく。 小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。

女騎士と文官男子は婚約して10年の月日が流れた

宮野 楓
恋愛
幼馴染のエリック・リウェンとの婚約が家同士に整えられて早10年。 リサは25の誕生日である日に誕生日プレゼントも届かず、婚約に終わりを告げる事決める。 だがエリックはリサの事を……