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密会と疑惑
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その夜、私は喉の渇きを覚えて、深夜に自室を出た。
静まり返った屋敷の廊下を歩いていると、ふと、サンルームの方からひそひそという話し声が聞こえてきた。
「……だめよ、カイル様。こんなところで。もしリリアに見つかったら……」
「いいじゃないか。彼女はもう寝ている。それに、今のリリアが君に何を言おうと、僕が君を守ると決めたんだ」
心臓が、一度だけ大きく脈打った。
私は気配を殺し、影に身を潜めてサンルームを覗き込んだ。
月の光が差し込む窓辺で、私の婚約者であるカイル様が、姉のエレナを背後から抱きしめていた。
エレナお姉様は、かつて私に贈られるはずだったシルクのナイトウェアを身に纏い、しなだれかかるように彼に身を預けている。
「リリアは冷酷だ。君がこれほどまでに傷ついているのに、あいつは自分の体面ばかり気にしている。あんな女が僕の妻になるなんて、想像するだけで恐ろしい」
「そんなこと言わないで、カイル様……。リリアだって、きっと悪気はないのよ。ただ……私のことが嫌いなだけなの」
エレナがカイルの胸に顔を埋めて、わざとらしく肩を震わせる。
カイル様はその細い肩を愛おしげに撫で、彼女の額に口づけを落とした。
「エレナ、君はなんて優しいんだ……。不実な夫に裏切られ、実の妹に冷遇されても、まだリリアを庇うなんて。僕が君の騎士になってあげたい。いや、僕こそが君を幸せにするべきだったんだ」
私は、その光景を冷めた目で眺めていた。
「不実な夫に裏切られ」? お姉様、よくもそんな嘘を。
あなたがハンスという騎士と密会を重ね、伯爵家の財産を使い込んだことは、調査資料にはっきり記されているというのに。
そしてカイル様。あなたは、私の婚約者よ。
私と結婚することで我が家の後ろ盾を得ようとしていた野心家が、今や「悲劇のヒロイン」の毒にすっかり当てられて、職務も名誉も忘れて浮気に溺れている。
(……滑稽だわ)
私はあえて、足音を立ててサンルームへ足を踏み入れた。
「――あら、お邪魔してしまったかしら?」
「っ!?」
カイル様が弾かれたようにエレナから離れた。エレナは「きゃっ」と短い悲鳴を上げて、カイル様の背中に隠れる。
「リ、リリア……! 君、いつからそこに……!」
「ついさっきですわ。お二人があまりに熱心に『正義』について語り合っていらしたので、声をかけるのを躊躇してしまいましたの」
私が微笑んで見せると、カイル様の顔が屈辱で赤く染まった。
「……見ていたなら話が早い。リリア、今の僕たちの関係をどう思おうと勝手だが、エレナ嬢を責めることだけは許さないぞ! 彼女は精神的に不安定なんだ。僕が支えてあげなければ、今にも消えてしまいそうなほど脆いんだ!」
「責める? いいえ、とんでもない。私はただ、深夜に男性を自室付近に招き入れるお姉様の『脆さ』に感服していただけですわ」
「リリア、あなた……ひどい……!」
エレナが瞳に涙を溜めて、カイル様の腕を強く掴んだ。
「カイル様、やっぱり私はこの家を出るわ……。リリアにこんな汚らわしいものを見るような目で見られるなんて、もう耐えられない……!」
「エレナ嬢、行かせない! ……リリア! 君という女は、どこまで性格がねじ曲がっているんだ! 今すぐ彼女に謝罪しろ。さもなければ、僕との婚約がどうなってもいいと思っているのか!」
カイル様は、私を脅すつもりでそう叫んだ。
彼はまだ、私が彼に執着していると思い込んでいるのだ。名門ディードリッヒ家の次男であり、将来有望な騎士である自分を、私が手放すはずがないと。
私は、ゆっくりと首を傾げた。
「謝罪、ですか。……ええ、わかりましたわ。お姉様の素晴らしい演技に、拍手をお送りします」
「リリアッ!!」
「そんなに怒鳴らないでくださいませ。……カイル様。そこまでおっしゃるなら、一つご提案がありますの」
私は、一歩だけ彼らに近づいた。
「そんなに私との婚約が苦痛で、お姉様を救いたいとおっしゃるのなら――いっそ、お姉様と正式にお付き合いになればよろしいのでは?」
「なっ……何を……」
「お二人とも、お互いを必要とされているのでしょう? ならば、私が身を引けばすべて解決しますわ。……まあ、そのためには、相応の手順が必要になりますけれど」
カイル様とエレナが、呆然と私を見つめる。
私は、エレナがカイルの背後で、一瞬だけ「計画通り」と言わんばかりの暗い笑みを浮かべたのを見逃さなかった。
お姉様は、最初から私の婚約者を奪うつもりだったのだ。自分が失った「輝かしい地位」を、私から奪うことで取り戻すために。
「……ふん、強がりを。君にそんな潔いことができるはずがない。どうせ僕の気を引こうとしているんだろう?」
カイル様は鼻で笑ったが、その声には動揺が混じっていた。
「どう思われても構いませんわ。ただ、明日からの夜会、お二人で堂々と出席なさってはいかがかしら? 私、体調不良ということにして、お休みさせていただきますから」
私はそれだけ言い残すと、優雅に一礼してサンルームを後にした。
背後で、カイル様が「リリア、待て!」と呼ぶ声がしたが、無視した。
自室に戻り、私は鍵をかけると、机の引き出しから一通の手紙を取り出した。それは、エレナの元夫である伯爵から届いた、彼女の「真実の罪状」が記された親展書だ。
「……泥棒猫と不実な男。お似合いのカップルですわ。どうぞ、社交界の頂点で最高の恥をかいてくださいませ」
私は、月明かりの下でその手紙をそっと撫でた。
カイル様が私を「捨てた」瞬間こそが、彼らの破滅の始まりなのだから。
______________
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静まり返った屋敷の廊下を歩いていると、ふと、サンルームの方からひそひそという話し声が聞こえてきた。
「……だめよ、カイル様。こんなところで。もしリリアに見つかったら……」
「いいじゃないか。彼女はもう寝ている。それに、今のリリアが君に何を言おうと、僕が君を守ると決めたんだ」
心臓が、一度だけ大きく脈打った。
私は気配を殺し、影に身を潜めてサンルームを覗き込んだ。
月の光が差し込む窓辺で、私の婚約者であるカイル様が、姉のエレナを背後から抱きしめていた。
エレナお姉様は、かつて私に贈られるはずだったシルクのナイトウェアを身に纏い、しなだれかかるように彼に身を預けている。
「リリアは冷酷だ。君がこれほどまでに傷ついているのに、あいつは自分の体面ばかり気にしている。あんな女が僕の妻になるなんて、想像するだけで恐ろしい」
「そんなこと言わないで、カイル様……。リリアだって、きっと悪気はないのよ。ただ……私のことが嫌いなだけなの」
エレナがカイルの胸に顔を埋めて、わざとらしく肩を震わせる。
カイル様はその細い肩を愛おしげに撫で、彼女の額に口づけを落とした。
「エレナ、君はなんて優しいんだ……。不実な夫に裏切られ、実の妹に冷遇されても、まだリリアを庇うなんて。僕が君の騎士になってあげたい。いや、僕こそが君を幸せにするべきだったんだ」
私は、その光景を冷めた目で眺めていた。
「不実な夫に裏切られ」? お姉様、よくもそんな嘘を。
あなたがハンスという騎士と密会を重ね、伯爵家の財産を使い込んだことは、調査資料にはっきり記されているというのに。
そしてカイル様。あなたは、私の婚約者よ。
私と結婚することで我が家の後ろ盾を得ようとしていた野心家が、今や「悲劇のヒロイン」の毒にすっかり当てられて、職務も名誉も忘れて浮気に溺れている。
(……滑稽だわ)
私はあえて、足音を立ててサンルームへ足を踏み入れた。
「――あら、お邪魔してしまったかしら?」
「っ!?」
カイル様が弾かれたようにエレナから離れた。エレナは「きゃっ」と短い悲鳴を上げて、カイル様の背中に隠れる。
「リ、リリア……! 君、いつからそこに……!」
「ついさっきですわ。お二人があまりに熱心に『正義』について語り合っていらしたので、声をかけるのを躊躇してしまいましたの」
私が微笑んで見せると、カイル様の顔が屈辱で赤く染まった。
「……見ていたなら話が早い。リリア、今の僕たちの関係をどう思おうと勝手だが、エレナ嬢を責めることだけは許さないぞ! 彼女は精神的に不安定なんだ。僕が支えてあげなければ、今にも消えてしまいそうなほど脆いんだ!」
「責める? いいえ、とんでもない。私はただ、深夜に男性を自室付近に招き入れるお姉様の『脆さ』に感服していただけですわ」
「リリア、あなた……ひどい……!」
エレナが瞳に涙を溜めて、カイル様の腕を強く掴んだ。
「カイル様、やっぱり私はこの家を出るわ……。リリアにこんな汚らわしいものを見るような目で見られるなんて、もう耐えられない……!」
「エレナ嬢、行かせない! ……リリア! 君という女は、どこまで性格がねじ曲がっているんだ! 今すぐ彼女に謝罪しろ。さもなければ、僕との婚約がどうなってもいいと思っているのか!」
カイル様は、私を脅すつもりでそう叫んだ。
彼はまだ、私が彼に執着していると思い込んでいるのだ。名門ディードリッヒ家の次男であり、将来有望な騎士である自分を、私が手放すはずがないと。
私は、ゆっくりと首を傾げた。
「謝罪、ですか。……ええ、わかりましたわ。お姉様の素晴らしい演技に、拍手をお送りします」
「リリアッ!!」
「そんなに怒鳴らないでくださいませ。……カイル様。そこまでおっしゃるなら、一つご提案がありますの」
私は、一歩だけ彼らに近づいた。
「そんなに私との婚約が苦痛で、お姉様を救いたいとおっしゃるのなら――いっそ、お姉様と正式にお付き合いになればよろしいのでは?」
「なっ……何を……」
「お二人とも、お互いを必要とされているのでしょう? ならば、私が身を引けばすべて解決しますわ。……まあ、そのためには、相応の手順が必要になりますけれど」
カイル様とエレナが、呆然と私を見つめる。
私は、エレナがカイルの背後で、一瞬だけ「計画通り」と言わんばかりの暗い笑みを浮かべたのを見逃さなかった。
お姉様は、最初から私の婚約者を奪うつもりだったのだ。自分が失った「輝かしい地位」を、私から奪うことで取り戻すために。
「……ふん、強がりを。君にそんな潔いことができるはずがない。どうせ僕の気を引こうとしているんだろう?」
カイル様は鼻で笑ったが、その声には動揺が混じっていた。
「どう思われても構いませんわ。ただ、明日からの夜会、お二人で堂々と出席なさってはいかがかしら? 私、体調不良ということにして、お休みさせていただきますから」
私はそれだけ言い残すと、優雅に一礼してサンルームを後にした。
背後で、カイル様が「リリア、待て!」と呼ぶ声がしたが、無視した。
自室に戻り、私は鍵をかけると、机の引き出しから一通の手紙を取り出した。それは、エレナの元夫である伯爵から届いた、彼女の「真実の罪状」が記された親展書だ。
「……泥棒猫と不実な男。お似合いのカップルですわ。どうぞ、社交界の頂点で最高の恥をかいてくださいませ」
私は、月明かりの下でその手紙をそっと撫でた。
カイル様が私を「捨てた」瞬間こそが、彼らの破滅の始まりなのだから。
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