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嵐は、静かな顔で始まる
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一度、関係を持って以降――二人は、チャーチル公爵邸での報告会の後、定期的に逢瀬を重ねるようになった。
そこに会話はない。
甘い口づけも、確かめ合う言葉もない。
ただ、短い情交だけが、淡々と過ぎていく。
本心では、エドワードはオレーリアを愛し始めていた。
オレーリアもまた、エドワードを憎からず思っている。
それでも――始まりがあまりにも歪だったのか、互いの想いは噛み合わず、すれ違ったままだった。
すべてが終わると、エドワードは無言のまま身体を離した。
乱れた髪のまま動かないオレーリアを、しばらくのあいだ見下ろしている。その目は冷淡というほどではなく、しかし温度もなかった。何かを確かめるようでいて、確かめたくないものから目を逸らしている――そんな曖昧な静けさだけが、そこにあった。
やがて、彼は何事もなかったかのように身を起こし、衣服を整える。指先の動きは整然としていて、迷いがない。
扉へ向かう途中、ふと足を止め、振り返る。ほんの一瞬の逡巡。だが、何も言わないまま、彼は部屋を出た。
終わったあと、エドワードはいつも同じことを思う。
(オレーリアと名を呼べたら。愛しい彼女に口づけできたら。)
その思い込みこそが、二人の間に走る、最初の決定的な亀裂であることも知らずに。
(……これでいい)
そう思い込もうとする自分がいる。
言葉を交わさなかったのは、配慮だ。口づけをしなかったのは、臆病だから。感情を混ぜなかったのは、彼女に嫌われないため。
愛情を求めなければ、拒否されることもない。この気持ちに名を付けなければ、お互いの責任も生まれない。
(これは、ただの逢瀬だ)
互いに合意している。拒まれてはいない。だから問題はない。
そう結論づけるたび、胸の奥で何かが軋む。
彼女が目を閉じたまま動かなくなる瞬間、エドワードは、決して触れない場所がある。
――顔。触れてしまえば、感情を読み取ってしまえば、その瞬間、自分はきっと、口づけを欲してしまう。
(だから、触れるな……愛しているんだ)
その言葉を、彼は心の中でしか使わない――使ってはいけない言葉だと、そう決めている。始まりが悪かった。自分は、彼女を傷つけた側の人間だ。
だから、優しくしてはいけない。期待させてはいけない。好かれるようなことをしてはいけない。
(……俺は、逃げているだけだ)
それを認めてしまえば、次に取るべき行動が、はっきりしてしまう。
だから彼は、何も言わない。何も求めない。何も変えない。そうすることで、彼女を守っているつもりで――本当は、自分の罪悪感と独占欲を、同時に満たしているだけだということに、目を背け続けている。
彼にとってこの情交は、愛ではない。慰めでもない。――オレーリアを「手放さずに済む、最小限の関わり」。
そう名付けている限り、自分は、まだ踏み込まずにいられるのだから。
◇◇◇
オレーリアが、エドワードと関係を持ち始めてから、彼に期待することをやめたきっかけ。それは、とても些細なことだった。
行為の最中、オレーリアはふと顔を上げた。
エドワードが、こちらを見ていた――いや、正確には、見ているようで、見ていない視線。
目が合うよりも先に、彼は視線を逸らした。それは、いつものことだった。
(……あ)
その瞬間、胸の奥で小さな音がした。何かが、きれいに切り離されるような感覚。
エドワードは、変わらない。言葉もなく、求めることもない。
それを“優しさ”だと、彼自身が信じていることも、オレーリアにはわかっていた。
(私が、何も言わないから……)
そう思いかけて、そこで思考が止まる。
――違う。
自分が黙っているからではない。エドワードは最初から、踏み込むつもりがないのだ。その事実が、遅れて、静かに胸に落ちた。
(……違うわ)
言わないのではない。言えないのでもない――もう、言わなくなったのだ。
期待していないから。期待していなければ、がっかりすることもない。否定されることもない。なにより、エドワードの沈黙に意味を探さなくて済む。
オレーリアは、自分が少し楽になっていることに気づいた。それが、決定的だった。胸の奥にあった、かすかな灯りが、ゆっくりと小さくなっていく。
好きか、嫌いか。
許すか、許さないか。
そんな判断を下す以前に、彼に何かを“求める場所”が、消えてしまった。
(……これでいい)
彼女は、静かにそう結論づける。関係を壊す必要はない。終わらせる必要もない。
ただ、期待しなければいい。
情交は、これまで通りに重ねられるだろう。言葉のない時間も、変わらず続く。でも、もう、その先を想像することはない。振り返られることにも、意味を見出さない。
エドワードが何を思っているのか、知りたいとも、思わなくなった。それは諦めではない。怒りでも、悲嘆でもない。
――関係を壊さぬまま、想いだけを退かせた。
オレーリアは、資料を抱え直し、何事もなかったように歩き出す。
彼女が――ひとつの想いを、そこで置き去りにしたことには、まだ気づいていなかった。
◇◇◇
ウィリアムは、オレーリアの変化を、ずっと前から見ていた。ここ最近の彼女は顔色もよく、以前より少しふっくらとしている。エスメラルダ王女と並び、穏やかに微笑む姿を見て、彼は人知れず安堵した。
「どうだ、最近は体調のほうも、もう落ち着いたか?」
その、気さくで温かな声に、オレーリアも自然に笑みを返す。
「はい。おかげさまで、もうすっかり戻りました。ご迷惑をおかけしましたわ」
「そうか。王女殿下も心配しておられたからな。きっと、安心されたことだろう」
「はい。今後は気をつけて参ります」
それだけの会話だった。当たり障りのない、世間話で終わる、穏やかなやり取り。
――だが。
それを遠くから見ていたエドワードの胸中では、嵐のような激情が渦巻いていた。
(……なんだ、その顔は)
安らいだ表情。余計な緊張のない声。自分の前では、決して見せなくなったもの。
(オレーリア。君は――あいつの前では、そんなふうに笑うのか)
胸の奥に、黒い感情が沈殿していく。
(やはり、俺では足りないのか?結局……俺“なんか”では、だめだったのか)
その思考を、エドワードは否定できなかった。それほど、心は既に、嫉妬と執着に呑まれていた。
そして、その週末。
定期報告のためにチャーチル公爵邸を訪れたオレーリアを、エドワードは夜通し離さなかった。
言葉を交わすこともなく、確かめるように、逃がさぬように。夜が明けるまで、ただ繋ぎ止めることだけに、彼は執心した。
そこにあったのは、愛情ではない。思いやりでも、安心でもない。
――奪われる恐怖。置き去りにされる焦燥。そして、オレーリアを自分のものだと信じ込みたい、歪んだ独占欲。
(……俺のものだ)
そう思わなければ、彼の心は、崩れてしまいそうだった。
________________
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【口づけした同期の騎士が、
慕っていた女の先輩と一線を越えていました。
モテ騎士と優しい副団長、どちらを選べばいいですか?】
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そこに会話はない。
甘い口づけも、確かめ合う言葉もない。
ただ、短い情交だけが、淡々と過ぎていく。
本心では、エドワードはオレーリアを愛し始めていた。
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それでも――始まりがあまりにも歪だったのか、互いの想いは噛み合わず、すれ違ったままだった。
すべてが終わると、エドワードは無言のまま身体を離した。
乱れた髪のまま動かないオレーリアを、しばらくのあいだ見下ろしている。その目は冷淡というほどではなく、しかし温度もなかった。何かを確かめるようでいて、確かめたくないものから目を逸らしている――そんな曖昧な静けさだけが、そこにあった。
やがて、彼は何事もなかったかのように身を起こし、衣服を整える。指先の動きは整然としていて、迷いがない。
扉へ向かう途中、ふと足を止め、振り返る。ほんの一瞬の逡巡。だが、何も言わないまま、彼は部屋を出た。
終わったあと、エドワードはいつも同じことを思う。
(オレーリアと名を呼べたら。愛しい彼女に口づけできたら。)
その思い込みこそが、二人の間に走る、最初の決定的な亀裂であることも知らずに。
(……これでいい)
そう思い込もうとする自分がいる。
言葉を交わさなかったのは、配慮だ。口づけをしなかったのは、臆病だから。感情を混ぜなかったのは、彼女に嫌われないため。
愛情を求めなければ、拒否されることもない。この気持ちに名を付けなければ、お互いの責任も生まれない。
(これは、ただの逢瀬だ)
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――顔。触れてしまえば、感情を読み取ってしまえば、その瞬間、自分はきっと、口づけを欲してしまう。
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その言葉を、彼は心の中でしか使わない――使ってはいけない言葉だと、そう決めている。始まりが悪かった。自分は、彼女を傷つけた側の人間だ。
だから、優しくしてはいけない。期待させてはいけない。好かれるようなことをしてはいけない。
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だから彼は、何も言わない。何も求めない。何も変えない。そうすることで、彼女を守っているつもりで――本当は、自分の罪悪感と独占欲を、同時に満たしているだけだということに、目を背け続けている。
彼にとってこの情交は、愛ではない。慰めでもない。――オレーリアを「手放さずに済む、最小限の関わり」。
そう名付けている限り、自分は、まだ踏み込まずにいられるのだから。
◇◇◇
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エドワードが、こちらを見ていた――いや、正確には、見ているようで、見ていない視線。
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(……あ)
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――違う。
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オレーリアは、自分が少し楽になっていることに気づいた。それが、決定的だった。胸の奥にあった、かすかな灯りが、ゆっくりと小さくなっていく。
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胸の奥に、黒い感情が沈殿していく。
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