婚約破棄された王宮女官―人違いの媚薬の夜から、側近公爵令息の執着が始まりました

恋せよ恋

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もう迷わない

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 春の午後、バークレー辺境伯領の庭は、子どもたちの声で満ちていた。

 学院の授業を終えたオレーリアは、書類を抱えたまま、木陰に立つ。その視線の先で、ローランドが走っていた。

「待ってー!」

 転びそうになった瞬間、男の腕が支える。

「ほら、足元をしっかり見なさい」

 叱るでもなく、抱き上げるでもなく。ただ、支えて、立たせる。

 その男――エドワードは、今やドリス伯爵として、領地経営と教育事業を兼ねてこの地を度々、訪れていた。

 婚姻は、していない。

 それでも、時々、エドワードはここに来て、用事が済めば自領へと戻って行く。名目のない日常が、すでに習慣になっていた。

 ローランドは、もう一度走り出し、今度は振り返って叫ぶ。

「ねえ!」

 呼び止める声。

 オレーリアは、ふっと息を詰めた。これまで、ローランドは“その男"を呼んだことがなかった。

 ローランドは、少し考えるように首を傾げ――

「……エド」

 一瞬、風が止まった。

 エドワードは、すぐに返事をしなかった。否定もしない。ただ、目を伏せる。

「……どうした」

 低く、穏やかな声。

 それで十分だったらしい。少年は満足そうに笑い、再び駆け出す。

 オレーリアは、その背を見送りながら、言った。

「……今の、訂正しなくてよかったのですか」

「選ばせたかった」

 短い答えだった。

「名前も、距離も。僕が決めるものじゃない」

 オレーリアは、何も言わなかった。その沈黙が、同意だった。

 木々の向こうで、ローランドが転ぶ。二人は同時に歩き出す。

 誰が先でも、誰の役目でもない。ただ、並んで。婚姻という名はない。それでも、家族だった。名を与えず、縛らず。それでも、離れない。それが、彼らの選んだ形だった。




 ローランドが眠ったあと、家は静まり返っていた。ランプの灯りが、卓の上にやわらかく影を落とす。

 オレーリアは湯を注ぎ、向かいに座るエドワードを見た。

「……何か、話があるのでしょう」

 エドワードは、しばらく黙っていた。言葉を探しているのではない。覚悟を整えている沈黙だった。

「オレーリア」

 名を呼ぶ声は、昔より低く、落ち着いている。

「君が好きだ」

 飾り気のない、断定の言葉。

「最初からだ。……おそらく、学園の同級生だった頃から、君が気になっていた」

 オレーリアは驚かなかった。ただ、目を伏せる。

「君はいつも、少し距離を保っていた。誰に対しても親切で、好ましい女性だった」

 彼は、そこで一度、言葉を切った。

「……あの夜、僕は、愛したのではない。奪ったんだ……」

 オレーリアの指先が、わずかに震える。

「優しくしたつもりだった。拒まれなかったから、同意だと……都合よく解釈した」

 視線を上げないまま、彼は続ける。

「でも、本当は、怖かったんだ。君が、自分のものでないと突きつけられるのが」

 沈黙。

 ランプの芯が、小さく鳴った。

「父としての責任は、逃げない。伴侶としての支えも、惜しまない」

 けれど、と彼は続ける。

「君に決めてほしい。僕と籍を入れるかどうか。ドリス伯爵夫人になってくれるかい?」

「……あなたは、ずるい人ですね」

「ふっ……知っている」

 苦く、しかし穏やかに笑う。

 しばらくの沈黙のあと、オレーリアは言った。

「……今の言葉、もっと早く……あの頃に、聞いていたら――」

 彼は、何も言えなかった。ただ、深く、深く息を吸い――

「……それでも、好きなんだ」

 小さく、しかし確かに、オレーリアは、微笑んだ。

「ええ。知っています」

 その夜、二人の語らいは長くは続かなかったーー

「……ねえ、エドワード」

 オレーリアが、ふと彼の名を呼ぶ。それだけで、彼は視線を上げた。

「うん」

 いつもの返事。けれど、その声には、待つ覚悟が滲んでいた。

 オレーリアは、少しだけ息を吸って――言った。

「わたし……あなたと、結婚したい」

 その瞬間、エドワードは、言葉を失ったまま、彼女を見つめた。

「……本当に? 結婚してくれる?」

 冗談めかした問いに、オレーリアは頷く。

「本当……です」

 視線を逸らさず、はっきりと。

「あなたが、やっと、言葉にしてくれたから。」

 エドワードの喉が、小さく鳴った。

「オレーリア……」

 名を呼ぶ声が、震えていた。

「僕は――」

 言葉を探す前に、彼女が一歩、距離を詰める。

「愛しています」

 短く、逃げ場のない言葉。

「ずっと。好きだったのだと思います」

 そっと、彼の胸に手を当てる。

「あなたの名前を、呼びたい」

 その瞬間だった。

 エドワードは、堪えきれないように彼女を抱き寄せた。腕に力がこもる。確かめるように、離さぬように。

「オレーリア……オレーリア……」

 何度も名を呼ぶ。祈るように、確かめるように。

 彼女も、背に腕を回した。

「エドワード…さま」

 呼び返す声が、柔らかくほどける。

 額が触れ、鼻先がかすめ、ほんの一瞬のためらいのあと――初めての口づけは、静かに落ちた。

 深くも、激しくもない。けれど、長い沈黙を越えてきた二人には、十分すぎるほどの温度。

 離れかけて、また重ねる。

「……好きだ」

 彼が囁く。

「愛してる」

 今度は、はっきりと。

 オレーリアは、目を閉じたまま、微笑んだ。

「ええ。わたしも」

 抱き合う距離は、もう迷いのそれではなかった。これからの人生を共に生きることを決めたのだ。

 その夜、二人は初めて、未来を“約束”として抱きしめた。それは誓いではなく、静かな合意だった。

 ローランドの寝息が、二人の間を満たしている。その小さな命を挟むようにして、二人は寄り添った。

 愛することも、共にいることも、もう――迷う必要はなかった。

ハッピーエンド

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「エール📣」と「いいね🩷」で、ハッピーエンドへの祝福をお寄せいただけましたら幸いです✨

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