婚約破棄された王宮女官―人違いの媚薬の夜から、側近公爵令息の執着が始まりました

恋せよ恋

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エドワードの告白

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 エドワード・チャーチルは、王宮に辞表を提出した。

 エイドリアン王太子の側近という地位は、彼が若くして得た栄誉であり、同時に責任でもあった。だが、その肩書きを名乗るたびに、胸の奥で何かが軋むようになっていた。

――自分は、王太子の傍らに立つ人間であってよかったのか。

 その問いに、もう誤魔化しは利かなかった。

 辞表を受け取ったエイドリアン王太子は、何も言わなかった。ただ一瞬、視線を伏せ、それから静かに頷いた。

「……お前が選んだ道なら、止めはしない」

 それだけだった。

 チャーチル公爵家に戻った夜、家族を前に、エドワードは深く頭を下げた。

 公爵家嫡男の立場を、弟に譲ること。
 自分は従属爵位のひとつ、ドリス伯爵位を受け、当主として独立すること。

 父は、長い沈黙の末に言った。

「逃げるのではないのだな」

「はい」

 母は、何も問わず、ただ息子の手を取った。
 弟は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに覚悟を宿した眼差しで頷いた。

 それは、引き裂かれる別れではなかった。それぞれが、それぞれの場所へ立つための、静かな決断だった。

 数日後、エドワードはノーフォーク伯爵家を訪れた。

 媚薬の件。
 自分が犯した過ち。
 オレーリアに対して行ったすべてを、言い訳せず、正直に語り、詫びた。

 ノーフォーク伯爵は、厳しい表情のまま、最後にこう告げた。

「許すかどうかを決めるのは、私ではありません」

 それ以上、何も言わなかった。



 帰路についたエドワードのもとに、一通の手紙が届いたのは、その数日後だった。

 差出人は――ノーフォーク伯爵家。

 中にあったのは、オレーリアが今、バークレー辺境伯領で子と共に穏やかに暮らしていること。
 そして、エドワードが王宮を去り、家督を譲り、伯爵として独立したことを――彼女も、知ったという報せだった。

 エドワードは、手紙を静かに畳んだ。

 知らせたのではない。伝わったのだ。それでいい、と初めて思えた。

 自分が差し出せるのは、もう追いかけることではない。踏み込まないこと。そして、責任を持って生きることだけだ。

 オレーリアの穏やかな日常の外側で。

 ドリス伯爵エドワード・ドリスは、そうして、新しい立場に立った。

◇◇◇

 その知らせは、特別な形では届かなかった。

 バークレー辺境伯領の朝は相変わらず早く、オレーリアは授業の準備をしながら、届いた書簡に目を通していた。

 差出人は、ノーフォーク伯爵家。

 父の近況。
 領地の収穫。
 そして――末尾に、ひとつだけ添えられた報せ。

 エドワード・チャーチル公爵令息が、王太子の側近を辞したこと。
 公爵家の嫡男の立場を弟に譲り、ドリス伯爵として独立したこと。

 それだけが、簡潔に記されていた。

(……そう)

 オレーリアは、手紙を読み終え、静かに折り畳んだ。

 胸が痛むことはなかった。驚きも、怒りも、湧き上がらない。ただ、妙に納得した。エドワード様は、そういう選択をする人だった。遅すぎたとしても、自分なりの責任をとる方だった。

 彼なりの生き方を否定する気にはなれなかった。

 腕の中で、子どもが小さく身じろぎする。金色の産毛に、淡い青の瞳。その存在を確かめるように、オレーリアは背を撫でた。

 この子の世界に、エドワードの名はない。それでいい、と今は思える。

 そして、自分もまた、ここにいる。
 教師として。
 母として。

 オレーリアは、手紙を机の引き出しにしまい、立ち上がった。

 ローランドを胸に抱いたまま、窓を開ける。澄んだ空気が、部屋に流れ込んだ。
 今日も、やるべきことがある。それだけで、十分だった。

◇◇◇

 バークレー辺境伯領の学院に、来客があると知らされたのは、昼前だった。

 オレーリアは、ローランドを乳母に預け、応接室へ向かった。視線を上げた、その瞬間――足を止める。

 そこに立っていたのは、見覚えのある背の高い男だった。かつてよりも、肩の力が抜けている。装いは普通だが、所作は変わらず端正で。

 エドワードは、先に頭を下げた。

「久しぶりだな、オレーリア嬢」

 その呼び方に、心は揺れなかった。

「ええ。ドリス伯爵。ご無沙汰しております」

 互いに、名と立場で呼び合う。それだけで、二人の距離がはっきりした。彼は視線を逸らさなかった。だが、踏み込んでもこない。

「教育事業の件で、正式に相談に来た。君の実績は聞いているよ。協力してくれるとありがたいのだが。」

「ありがとうございます。ですが……私でお役に立てることがあれば、という形で」

 事務的な会話。穏やかで、他人行儀な会話。そして、沈黙が落ちたとき、彼が言った。

「今日は……それだけだ。……また、改めて」

 引き止めない。だって、“また”会えるのだろうから。

 オレーリアは、軽く一礼した。礼儀であり、拒絶ではない。ただ、今の距離を守るための所作だった。




 数日後、再び面会の機会が設けられた。

 応接室には、二人だけ。エドワードは、最初から言葉を選ばなかった。

「君を選ばなかった過去を、取り消したいとは思わない」

 オレーリアは、驚かなかった。

「だが、あの過去のまま、黙って立ち去ることも、もうしない」

 彼は、深く息を吸った。

「媚薬の件も、妊娠を拒絶したことも、父と名乗れないことも……すべて、俺の過ちだ。言い訳はしない。許されるとも思っていない」

 彼女は、静かに聞いている。

「それでも、今の自分なら、責任を引き受けられる。君を縛らず、子を奪わず、生活を守る形で」

 初めて、彼は視線を伏せた。

「父と名乗る権利が、今の俺にあるとは思っていない。だが、名乗らずに支える道があるなら……それを選びたい」

 沈黙。

 オレーリアは、少し考えてから言った。

「あなたは、あの時、私を選ばなかった。」

 それは、拒絶でも、許しでもなかった。

「一度、ゆっくり……考えます。私と、ローランドにとって、今、なにが最善かを」

 エドワードは、初めて安堵した顔で頷いた。

________________

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【浮気男だと思っていた同期の騎士が実は一途でした!」
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